吾日吾が身を三笑す

煩悩日記

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11月28日

 Kちゃんの友人がやって来たので、皆で京都観光をしました。永観堂などなど。紅葉がきれいでした。すごい人だったけどね。

 一保堂「くきほうじ茶」を買う。わたしはこれが好きなのです。京番茶を好むほどには京都になじんでいない私です。
 

11月27日

 前野隆司「脳はなぜ『心』を作ったのか」(筑摩書房、2004年)を読みました。

 もし、今まで一冊も「心脳問題」に関する本を読んだことがない人が読者であれば、とてもインパクトのある本であると言えるでしょう。でも、この分野の基本図書中の基本図書であるノーレットランダーシュ著「ユーザーイリュージョン―意識という幻想」(紀伊国屋書店、2002年)(ベンジャミン・リベットによる運動準備電位の研究を一般向けに解説した啓蒙書)を読んだ人には、この本に述べられていることは「心脳問題」を考える際にすでに折り込まれていることばかりです。

 また、進化の過程で「エピソード記憶」の能力を獲得するために「意識」が生み出されたとしているのですが、その根拠がほとんど述べられていません。

 作者は、リベットの実験から導かれる結論に新たに「受動意識仮説」と名づけているのですが、「はあ、前野先生はそう名づけますか、、」という感じです。文章も、中高生を対象にしたようなちょっと幼稚な印象を与えるのですが、これは多分わざとでしょう、、、内容もいわゆる「素朴心脳同一説」に終始していて、ま、その範囲では矛盾は出てこないわけですが、、、

 それと、一応、自然科学の本なのだから「心の謎がついに解けた!!」(オビ)とか「私の考え方によれば、心が実に単純なメカニズムでできていて、作ることすら簡単であることを、誰にでもわかる形で明示できる」とか、言わないほうが戦略的には良いと思うなあー。本書に何度も出てくるコペルニクスやガリレオは「私は宇宙の謎が解けた!!」とも言わなかったし、アインシュタインだってそんなおろかな発言はしなかっただろうに、、、

 ハードプロブレムについても「デザイン上の未解決問題ではあるけれど、もはや、最大かつ手の届かない謎だというほどのものとは言いがたい」としているけど、じゃあ、それを解く方向性だけでも提示してみて欲しいなあー。(ご本人のサイトには本書についてのQ&Aがついていて、Q5,6などで言い訳?している、、、、)

 実を言えば、「意識」の大まかな位置づけについて、私も前野先生と同様に「単純なモデルですっきり説明が可能なのだから、問題ないだろう。哲学的な議論はあまり意味がないのでは?それから先はこれまでの自然科学的手法ではアプローチ困難だし」と思っていて、前野先生の本の内容の主旨には異論はないのです。でも逆に、自分の見方とほとんど同じこの本を読んだことで、「ホントにこんな単純な次元に終始した話なのか?抜け落ちた部分の中にも自然科学的にアプローチすべき(外部から観察できる)大きな問題が潜んでいるのではないか?」とかえって不安感が増したのでした。はは。(哲学的には大きく抜けているのは自明ね。)

 前に eBay で落札したロシアのブロンズ・イコンが届いた。聖ニコラウスのもの。左右の聖人のモチーフも、これまでに集めたブロンズ・イコンには含まれていないので、新鮮。一般的な三面のブロンズ・イコンとしては薄いものだけど、なかなか味がある。ラブリー。
 

11月26日 ヨンさま来日

 昨日成田でおばさまたちがぎゃーぎゃー騒いでいるテレビ映像を見て、腹を抱えて笑っていた私でしたが、その後ろの方で一生懸命写真を撮っている弟(ポンちゃん)の姿があったことにはトント気がつかなかったのでした。

 ポンちゃんは「もういやだ」と言いながら帰ってきましたが、今日もヨン様の(もちろんおば様たちにまみれた)撮影に出かけたそうです。

 「ばばあ達が気持ちわるい」と言ってたらしいです。ご苦労さまなことでした。

 あ、かなりアップで良く撮れてるそうです。引き伸ばしてもらおうかにゃー。
 

11月25日

 お仕事してました。
 

11月24日

 仕事の合間に「太陽の塔」を読みました。頭を空にして読めました。

 ついでに小川 洋子著「博士の愛した数式」も昨夜読みました。これは、多分、きっと、皆が言うように、良い本なのでしょう、、、でも、なにも感じられなかった。私はこの手の本にとっての良くない読み手なので、、、 はあ、、、、で? という感じでした。

 中高生用の読書感想文のための課題図書にぴったり!といった内容でした。
 

11月23日

 お昼は Trattoria Saltinbanco で食べました。店の前になぜか芝生があるレストラン。感想は特になし。

 新風館でHariboを仕入れました。

 京都はすごい人出だったので街外れのスーパーでパンツ(ブタ柄)などを買ってました。寂しい休日、、、 
 

11月22日

 今日はミャーちゃんの誕生日
 

11月21日

 ロイヤルホテル北の、グリル・ノルマンディで食事。結構昔からある店で、変に力が入り過ぎない良い感じの内装の店で落ち着きます。味も良く、値段も手ごろでオススメ。
 

11月18日 今日は喜田くんとみどりさんの誕生日

 新しく国務長官になるライス補佐官、ZAKZAKによるとIQ200だそうな。

 わたし:「すごいねー。IQ200だってー。ブッシュの倍以上あるねー。」
 
 植村くん:「仮面ライダーの本郷猛はIQ600ですよ。」
 

11月17日 誰と入れ替わりたい?

 今日はドラフト会議。ラボで楽天の若い三木谷社長のことが話題に。ラミレスにポケットマネーで給料の上乗せを出すなんて、、、

 植村くん:「葛谷くん、三木谷社長と入れ替わりたいと思う?」

 葛谷くん:「思いませんよー」

 植村くん:「葛谷くんはプライドが高いからなあー」

 わたし:「私は入れ替わりたいー。貧乏はもうイヤぁー」

 わたし:「植村くんは、誰と入れ替わりたい?」

 植村くん:「うーん、水戸黄門かなあー。匿名性があるのに、いざという時には権力がふるえるから」

 わたし:「ふーん、私は小倉優子だなあー」
 

11月15日

 「絵でわかる進化論」などを買いました。題名からの印象とは違っておもしろそうな本です。まだ、読んでないけど。
 

11月14日 オタクと小倉優子

 日曜なのに会議があってなんか納得のいかない私です、、、

 夜にテレビ(EZ!TVという番組)で秋葉原のオタクの特集をしていて、Kちゃんに呼ばれて見ました。いやあー、クラクラしました。あんなお店があったのかあー。

 番組をキャプチャーしている人がいました。ヤラセっぽいとはいえ、現実に起こっている或る事象の一面は伝えている番組でした、、、

    http://www.geocities.jp/maid_cafe_2004/eztv/index.html

 その後は小倉優子の情熱大陸見ました。昼間の会議の反動か、、、
 

11月13日

 佐々木君夫妻とめなみでお酒を飲んでいました。
 

11月12日 「自由と決定論−自由意志は幻想か?」

 午前中に仕事を片付けて、国立京都国際会館に今年度の京都賞を受賞したユルゲン・ハーバーマスを囲むシンポジウムを聞きにいきました。

 注:下に記したシンポジウムについての記述はいい加減なメモと曖昧な記憶を元に
書いているので誤解や理解不足が多いと思います。それに実はまだ書きかけです。
ハーバーマスの思想に精通しているわけでも全くありません。というかほどんど知りません。
ちゃんとしたパンフレット(pdf)もでているので、正確さを求める人はそちらを読んでください。

 表題は「自由と決定論−自由意志は幻想か?」というもの。英題は Symposium "Freedom and Determinism - Is Human "Freedom of Will' an Illusion?"

 自然科学的な意味での答えは、私は明らかに「自由意志は幻想である」と思っています。これ、前置きね。

 話題(自由意志)そのものは19世紀的なテーマです。(カントは18世紀だけど)

 シンポジウムの冒頭で坂部恵氏合庭惇氏が触れたようにカント的な命題です。つまりカントの(「純粋理性批判」の中の)有名な4つのアンチノミー(二律背反 antinomy)の中の3つ目、
 


の正命題と反対命題が共に明らかに証明されるという地点から現時点まで論争は決着していないというわけです。

 シンポジウムはハーバーマスの受賞者講演から始まりました。彼は、自由意志の問題が現在のドイツで良く取り上げられるテーマであり、新聞などにも良く「自由意志」についての記事が出ると言いました。

 ベンジャミン・リベットの運動準備電位について軽く触れた後、神経科学の発達がこの古典的な課題について、新たな光をあてつつある現状を指摘。

 しばしば自由意志は自転車の「補助輪」のような、脳の機能の随伴物であるという見方があるけれど、そうだろうか?と述べ、

 カントとダーウィンに代表されて対比される二元論、叡知界と自然界の二元論、文化と自由の二元論などについてコメントし、

 ハーバーマスはいわゆる決定論が間違っており、「非決定論」を支持する、そのことについて話すと述べ

 先のベンジャミン・リベットの実験に戻り、リベットの実験での「決定」は脳のプロセスであり、いわゆる「作為」は複雑なものであることを指摘。またリベットの実験での決定が、(内的な思考によるものではなく)実験者に「右手を上げると決定してください」と言われて「決定」したもので「理由がない」ものであって、実験の設計が不完全だ。

 Vieriを引用しつつ自由の定義、例えば「不自由とは意志に反して行為させられる」と定義してよいか?

 ジョン・サールを引用しつつ

 観察者とコミュニケーション当事者の2面
 経験主義的な立場、他者からの反論の2面性に耐えうる理論の必要性を指摘し
 配られた要旨を写すと「還元主義的解釈では、それぞれ一人称と三人称に定位した言語ゲームをする唯心論者と経験論者の間に広がる溝の意味することろが、十分に考慮されない」とのことです。

 ジョージ・ハーバート・ミードなどの心理学者の研究を元に

 「霊長類は『他者』としてみない」=間主観性を持つことはない。人間は9ヶ月で「他者」を学ぶ(一人称・二人称)

 共感的パースペクティブ

 チンパンジーは支えあうことはない

 霊長類の脳はヒトの脳と違う

 ヴォルフ・ジンガーについて触れる

 生得的⇔獲得的

 心的因果⇔文化的因果

 自然的因果によって見る時に抜け落ちてしまう物がある(主観的な心的因果、クオリアうんぬん)

 心的因果と脳の機能解析の二つをまとめるような方法論ではダメではないか?
 配られた要旨を再び写すと「(自由という現象の存在可能性を認める)認識論的二元論と、(一貫した宇宙観を追求する我々を満足させてくれる)存在論的一元論を結びつけることを提案したい」とのことです。

 次にパネリストに移り

 理化学研究所の西川伸一氏の講演

 初めにスライドでベンジャミン・リベットの実験についての時間軸上に「準備電位」「意識が決定を認識」「動作の中止?」「動作」などがプロットされたものが映し出された。ちなみに説明は原典からなのかドイツ語の専門用語。西川氏はリベットの実験を既知のこととして話を進めたので、スライドについての具体的な説明は最後まで全くなし。あのシンポジウム会場にいた人たちの何人があの重要なスライドの意味をわかっていたかは不明、、、 ちなみにこんな感じのものでもっと説明的でないやつ

 今の自由意志についての見解の相違は、昔と逆転しているのは興味深い。以前はダーウィニズムが「非決定論的」であり、神学が「決定論的」だったのに、今は自然科学側が「決定論的」、哲学側が「非決定論的」。

 自然科学者としては還元論的だが、そうでない立場も尊重する。例えば、科学では物質の存在の証明は厳密には不可能。主観は五感を通じてのみ外界を認識しており、カントの物自体、、、云々(現象学的なお話をしてました)

 哲学者デネットの「ダーウィンの危険な思想」の8章、「生物学はエンジニアリングである」が面白い視点を提供する。

 科学と哲学の関係では、間違った科学の援用に対してソーカルによる批判などがあるが、西川氏の立場は、哲学が科学の概念を援用するさいの厳密さはそれほど追求すべきではないのではないか?哲学の本質はその思考の自由さにあるのだから、と表明。(私の個人的感想:西川氏は哲学の視点を尊重する主旨の発言をしていたが、ソーカルの指摘したような問題について寛容であるのは、哲学を甘やかす、別の言い方をすれば、学問として二級であるとみなしているがゆえの寛容さとも受け取れかねない危険性がある。)

 また、「自然科学的決定論」という表現は適切ではない。人文科学系から見て、自然科学が決定論的であるというのは誤解である。

 (後の討論の中で)現在の最先端の機器を使った実験では自然科学者だけでは実験系をうまく組めず、哲学者との共同作業が必要となっている。哲学者、哲学者と繰り返していた。(私の個人的感想:多分最先端の機器とはfMRIのことではないだろうか?そうだとすると実験系を組む際に非常に重要な役割を果たしているのは「哲学者」ではなくて「心理学者」特に「実験心理学者」のことなのではないだろうか? これは現在の共通認識になっていることだ。)

 個人的には西川氏の講演が一番わかりやすかったし、共感する部分も多かったです。

 二人目のパネリストは門脇俊介氏。予定原稿をそのまま、ものすごいスピードで読む。哲学的な内容はいたって正統的でまともでした。

 自由意志というけれど、体制順応的な真面目な人間が第二次大戦前のドイツに生まれればナチスとして戦争犯罪人になり、アメリカに生まれればノルマンディから上陸し英雄となる。この場合、時代の中で自由意志の絶対性は?などの提起などをしていました。

 三人目のパネリストは水谷雅彦氏。表題は「コミュニケーション的自由の条件−科学技術的議論における「素人」の位置」というもの。

 自由の定義、外的強制がなければ「自由」なのか? 心神喪失はどうなんだ? など刑法とのかかわりなどを指摘してました。

 パネリストの提起としてはちょっとキレがありませんでした。なにせ「素人」の位置ですし、、、

 またホンデリック論争などにも言及してました。(でも説明的ではなかった。ホンデリック論争についてはここその続報を参照。)

 パネリストの討論では時間を取った割には内容的に深まらなかった印象があります。

 ハーバーマスは挑発していたんだろうけどね、、、誰も乗ってくれず、、、パネリストの一人が少し不器用にハーバーマスに反論したら、司会の三島憲一先生がむっとしたように「それは違うだろう」とハーバーマスに代わってピシャリとやっていました、、、

 坂部恵氏は途中で前かがみになってました。うつむいて考えていたのか?それとも?

 ハーバーマスが「シンボルのシステムを持つヒトの脳同士でのインターラクション」という着眼を重視していたのが印象に残りました。これはハーバーマスの言う「間主観性」という言葉の言い換えでもある。例えば、岩波書店の「科学」7月号の特集「言語の起源」の中で澤口俊之氏が提起していた「脳内操作系」と「脳間操作系」を軸にして言語を考える視点と似ているとも言え、ハーバーマスが「自由意志」をテーマに取り上げるのも、ある意味必然的なわけですね。

 最後の質疑応答では会場にいた早稲田大学の名誉教授の北村氏
 

「還元論は間違っている。ブレイン・プロセスだけではなく、その上部にメンタル・プロセスがある」
 
とぶった時には、私は正直驚き呆れ、ついには(実りのすくないシンポへのフラストレーションも手伝い)憎悪さえも感じたのでした。あ、個人的な恨みはありませんよ。

 日本料理を食べに行ったのに、口に合わないフランス料理を腹いっぱい食べさせられたような妙な満腹感をもって会場を後にしたのでした、、、

 自然科学の立場で「意識」(とその周辺、いわゆる「心脳問題」)について研究しているパネリストが一人もいないシンポジウムって、、、 稲盛財団はお金があるから誰でも呼べるはずなのに、、、 はっきり言ってハバーマス以外は「素人」ですよ、、、、 進化について語っていたのは主にハバーマスだけでした、、、 (パネリストはみんな引き立て役なの?そういうシンポだったの?受賞者はコミュニケーション論の大家なのに?!)

 例えば、あたかも自由意志が(自分同様、他の個体にも)存在するかのように感じないとヒトの群れの中での裏切りへの懲罰などの統制機能がなりたたなくなる。「自由意志」とは、ヒトが群生する過程で獲得した「意識」の見せている錯覚(共同幻想)ではないだろうか?といった類の発言をガンガンする人が居ればおもしろかったのに、、、 ま、その辺を既知として議論していたならいいんだけどね、、、

 その後、大学に帰って、ねずみの世話をしました、、、

 大学では夜にとても実際的な技術についての教育講演があったので、出席しました。こちらはとてもためになりました。
 

11月11日 ハーバマスを見てきたよん

 京都賞を受賞して京都にやってきたユルゲン・ハーバーマスを見に行ってきました。でも、受賞講演では私には彼がなにを喋っているのかわからず、、、仕方なく同時通訳を聞いていました、、、せっかくなのに、、、

 内容は個人的な経歴を喋るという珍しいものでした、、、(受賞者は全員そういった内容で喋らされた。遅刻したのでちゃんと聞けたのはハーバーマスだけだったけど。)

 彼は現在も発語に障害があり、生後まもなく手術を受け(口蓋裂・口唇裂か?)、5歳の時にも再手術を受けたそうな。コミュニケーション論について関心を強めたのは、そういった事情が影響しているのだろうと述べていました。
 

11月10日

 お仕事、、、
 

11月9日 マツケンサンバな我が家

 妹のポンチャンが京都へ、Kちゃんが接待。はでに飲み食いする(ちなみに費用は私持ちである)。私は夜更けになか卯でうどんをすすっていたのに、、、

 ポンチャンがアパートにやってきたので、植物マニアのポンチャンに10冊ほどの植物関連の美術書などをあげることになりました。ホントは20冊ほどあげたかったのだけど、彼女は良いもの(シーボルトの「日本植物誌」を含む八坂書房の6巻シリーズなど)だけセレクトしてました。マニアらしく、選ぶのも早く適切でした。で、私の手元にはいまいちのもの(平凡社の荒俣宏の花のシリーズなど)が残ったのでした、、、 

 ほんの少し本棚にスペースが空いた、、、積んである本を入れよう、、、(焼け石に水、、、写真の部屋も四面とも本棚である、、、)

 数日後に届いたポンチャンからのメール
 

じゅんちゃん(わたしのこと)ちは、ちょっとマツケンサンバに似ているね。

松平健さんが言ってたけど、舞台で時代劇やった後マツケンサンバやると、お客さんがさっき観た時代劇忘れて、頭にはサンバだけが残るんだって。

私も日本庭園観た後、じゅんちゃんち観たら、ちょっとそんな感じだった。

本ありがとう。嬉しいけど、もう送らないでね。

うちがマツケンサンバになっちゃうから。


とのことであった、、、
 

11月8日

 地味に仕事してました。

 大学の生協で白水社の本が2割引だったので、「本棚の歴史」を買いました。それとナショナル・ジオグラフィック(英語版)に数年ぶりに世界地図がついていたので、買ってきました。世界地図、以前のものよりふたまわりほど小さくなってました。

 夜に妹のポンチャンから電話。なんかやたらハイである。その上、今、京都に来ているそうな、、、 
 

11月7日

 最近は
 
Medieval Illuminators and Their Methods of Work
by Jonathan J.G. Alexander


とか
 

A History of Illuminated Manuscript
by Christopher De Hamel


などを買って見てます(読んではいないです、時間無くて)。
前者は邦訳作業が進行中です(少なくとも一昨年の時点では)。

個人的に見ていて楽しいのは大きい版の
 

Codices Illustres: The World's Most Famous Manuscripts
by Ingo F Walther, Norbert Wolf


とかですね。Taschenなので安いしねー。
 

11月6日

 辻先生が音頭をとったシンポジウムがありました。

11月5日

 ボン・モルソーで食事。
 

11月4日

 ぼちぼち仕事してました。
 

11月3日

 二日酔いだけど、朝からお仕事。
 

11月2日

 徹也くんが日本に一時帰国中なので、ラボの人たちで飲み会。三次会が終わったのは夜中の2時半でした、、、
 

11月1日

 朝、Freshness Burger で気分転換してから、ラボへ

 お昼に出たついでに、百万遍でやっていた古書市をのぞいてきました。サザビーのオークションカタログを買ったりしました。今年はあまり収穫なし、、、
 

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