吾日吾が身を三笑す

煩悩日記

2004年3月

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2004年
4月

3月31日

 移動の途中に本屋で、四方田犬彦著「ハイスクール1968」(新潮社、2004年)を佐々木マキの昔の絵につられて中を見たら、つい引き込まれてしまってそのままレジに行くことに。通常、この手の青春回想ものは、読まないんだけど(そりゃそうだ)、ついね、、、 いやあ、なんとも懐かしくて、切なくもあり、涙なしには読めない本です。

 彼の方が一世代?上だけど、かなり懐かしくも苦しい思いをもって読むことが出来ます。

 中ほどのカラーのページには倉橋由美子著の「聖少女」の例の美しい装丁の単行本が出ていて
 

「『聖少女』は、わたしの周辺では聖書のような小説だった。」


とあるの。あの時代の中高生ははまったわよね(年取ると恥ずかしくて読めないけど)、、、 血の様な赤い箱にある著者近影も皺のよった堅い紙への印刷だったから程よくボケていたし。

 ああ、ジャズにもはまったし、変な詩も書いていたわ、、、と多くの多感な(=かんちがいな)文学少年(青年)が歩んだ王道をいっています。紆余曲折はあるにせよ、その姿勢を通し続けている四方田さんってステキ。なんちって
 

3月30日

 大川玲子著「聖典『クルアーン』の思想―イスラームの世界観」(講談社新書、2004年)を読んでます。若くてきれいなお姉さま(年下だけど)が書いたクルアーン(コーラン)の世界観を明らかにする入門書。クルアーン関連の本は読んでいると混乱して疲れる本が多いけど、この本は新旧約聖書とクルアーンでのトピックについての記述の比較検討などが中心で、キリスト教にそこそこなじんでいる人には読みやすいです。天地創造に先立って全てが記された「天の書」と人間の「自由意志」との関連をムスリムの人がどうとらえているか、など興味深いトピックをうまい具合に選んでいます。

    http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061497111/
 

3月29日

朝は恒例の勉強会、その後、サンシャイン・カフェ。その後、ボスからの下請け仕事の書類書きをしてから、ネズミと戯れる。
 

3月28日

 昼にインド料理を食べに、河原町御池の某店に行く。普段は結構客層も悪くないはずなのだけど、本日はなんか混んでいるし、なんかスゴイ。隣の席の品の良いご婦人の二人連れは、「ごめんなさいね。いつもはこんなじゃないんだけど」と謝ってました。もしや、それって私のこと?とも思いましたが、私以上に見るからに危険な目の据わった人々が、、、 きょわい、、、 夢に見そう、、、

 夜は中華を食べに、木屋町御池の広東倶楽部に行く。なんとこの3月末日で祇園に移動するそうな。安くて、味も悪くないので、気軽に行けて便利だったのになあー。
 

3月27日

 河原町二条のテアトリーノで昼ごはん。
 

3月26日

 春日武彦著「不幸になりたがる人たち―自虐指向と破滅願望」(文春新書、200X年)を読みました。

 「猫おばさんと4匹の猫」(猫を3匹飼うまでは大丈夫。4匹目になると危険な領域に、、、というなんとなく同感できる共通認識)という言葉に引かれて買ってしまったのだけど、おもしろかったです。「家屋と妄想の精神病理」(河出書房新社、2003年)は、精神病領域を対象にしていたのだけれども、本著は所謂「精神病質」に近い領域の人々についてのお話。著者の一種露悪的な文章にはじめは戸惑うのだが、読んでいるうちになんとなく納得してしまうのは、臨床経験が豊かな著者の力量ゆえか。

 読者にとって、著者は同じ側にいるのが前提ではあるのだけど、著者が勝手に半分あちら側に行ってしまうので、ふらふらと読者もあちら側に引きずられてしまう。自分の内面のネガティブな面を見るというのは嫌なものだ。よって、著者も書いているように、読み終わった後、なんともいえない「いやあーな気持ち」になる。
 

3月25日 大福3つ目

 朝、大学に行くとラボにふたばやの大福がある!! 昨夜の大福はイマイチだったので、口直しに一ついただく。

 夜は「白い巨塔」の総集編を見る。まあ、あんなものかなあ。
 

3月24日 大福2つ

 今日はチューチューちゃんと遊んでいました。でも途中でマサヨ(仮名)にかっぷりと噛まれたり、尻尾の先端が(検査のために)切られたキヨコ(仮名)が私の袖口から服に侵入してきて、尻尾から出血しながら背中の方を逃げ惑ったので、私のシャツが血だらけに、、、 その上、私はネズミ・アレルギーなので鼻水もだらだら、クシャミも止まらず、、、

 夜のお仕事に行く途中のデパ地下で、かわいいおねえさんが大福を売っていたので、つい買ってしまう。二つほど。
 

3月23日

 夜、「僕と彼女と彼女の生きる道」(最終回)の後半を見ました。

 リンちゃん、かわいい。世間では皆でそろって、学校職場などで「ハイ!」「ガンバリマスッ!」と高音で受け答えしているようだ。およそ似つかわしくない人(わたし)までやっているので、顰蹙を買うことも多いという。

 eBay のオークションなど買ったウィンケルの顕微鏡が届いた。写真で見る以上にちょっと変てこなデザインの顕微鏡だ。あんまり変で(幾つかの顕微鏡の部品を合体させたような)違和感があるので、返品しようかとも思ったくらい。でも、ネットで検索すると、元からそんな変てこなデザインで、パーツごとに塗料の塗り方がバラバラだったり、塗料の色も違ったり、ネジなども場所によってはシルバーであったり真鍮であったりするのでありました。うーん、こんな会社だったからカール・ツアイスに吸収合併されたんだね、、、
 

3月22日

 夜のお仕事場からふらふらと大学に戻って勉強会。その後、サンシャインカフェでお昼ご飯。

 午後は図書館の薄暗い書庫にこもって、(日本語の)論文探しをする。図書館のPCで検索ができるんだけど、調べたい事象について研究者によって、名称が全く違っていたり、切り口が違っていたり、マイナーな雑誌ばかりが引っかかり図書館になかったりとかするので、結局メジャーな雑誌の目次をしらみつぶしに調べることになる、、、これじゃ20年前と同じですね、、、、有名どころ2誌について15年分の目次を見たところでギブアップ。それでもそれなりの収穫がありました。

 コピーした論文を読みながら、某施設に移動。お仕事してました。

 夜にスマスマの後半を見ました。リンちゃんが出てました。リンちゃんを見ながら思うのは、30年後に杉田かおるみたいになったりしないだろうか心配、ってこと。チイちゃん(「パパと呼ばないで」の)、あんなにかわいかったのに、、、
 

3月21日

 夜のお仕事。ネットに接続できず。結果、オークションで負ける、、、シクシク、、、
 
 「家屋と妄想の精神病理」(旧題:「屋根裏に誰かいるんですよ。」)を読み終わりました。わたしにとってはおもしろい本でした。著者の実際の臨床経験に基づいた妄想論?でした。

 医学的な論文を引用することは少なく、引用されるのは新聞や週刊誌の記事、ミステリ小説、マンガなどサブカル領域が中心です。とは言え、著者はおかしな仮説を持ち出したりせずに、ある意味実証的に症例を提示して、かつ過剰な論理展開をあまりしていないので、おかしな精神分析論の本よりよっぽど学術的な印象を受けました。

 私達の精神がバランスを崩した時に立ち現れる妄想は、血縁関係を中心にした小規模な群れの中で、社会的にうまく立ち回って生きるための本能的な思考(というか情動)に根ざしているはずであろうから、いくら学識のある人の妄想といえども「高尚」な妄想などではなく、うんざりするくらい凡庸で類型的なものなのですね。その凡庸さのありようを、上手に理解する手立てを与えてくれる本でした。一種の人間論とも言えるかも知れません。
 

3月20日

 午後からお仕事。移動の途中で子羊美容院で刈り込まれる。アーニーになる。

 ついでに本屋によって春日武彦著「家屋と妄想の精神病理」(河出書房新社、2003年)をふらふらと買う。これは以前、「屋根裏に誰かいるんですよ。」って題名で1999年に出版されていたもの。
 

3月19日

 講談社現代新書の新刊で永田諒一著「宗教改革の真実」って本を買いました。

 図もたくさんで、色々面白いことが書いてありそう。逃避的読書にはぴったりかも。著者は工学部出身で博士課程は文学部という変な人。アナール学派に倣って宗教改革を書いてみるという姿勢でこの冊子を書いたようです。電車の中で3分の1ほど読んだけど、良い感じです。ルターがぶくぶく太っている様を時系列で肖像画を並べたり、反キリストとしてオオカミやロバや悪魔に描かれた法王各種を並べたりしてます。

 小見出しは「トリビア風」が多く、「ルターは『95か条論題』を教会の扉に貼り出さなかった」など、へー・へー・へーって感じです。

 後半の一章のテーマである、旗を揚げての行進によりカソリックとプロテスタントがいがみ合うのは現在の北アイルランドでも見られるけど、当時と今では旗を揚げて行進する側が逆なのがおもしろいねー。宗教改革期はカソリックで今はプロテスタント(カソリックもするけど)

(最後まで読んだけど、なんとなく散文的な感じの本でした。時々ちらっと入る著者の価値観が、マイナスの印象を与えます。そんなこと書かない方が良いのになあ、、、一応歴史書なんだし)

 夜は探偵ナイトスクープ。
 

3月18日 「白い巨塔」最終回

 帰宅して、「白い巨塔」を後半から見る。その後、巻戻して、最初から見ました。よくまとまっていましたね。

 現職の外科の教授が脳に転移巣を抱えているとはいえあんな青臭い作文をするだろうか???と思いましたが、まあ、ドラマだから。白い巨塔マニアのO先生にそう言ったら、原作ではもっと青臭い作文だそうだ、、、

 現職の教授で思い出したけど、某東鴨川大学の現職外科系教授が業界某雑誌に「白い巨塔」についてのエッセーを書いていて、
 

「国立大学の教授があんなに良い生活をしているのは、おかしい。視聴者に誤解を与える。」(要約)
と言っているそうだ。現実の現職外科系教授の娘さんは、居酒屋(白木屋とかかしら?)でアルバイトをしたりしているそうだ。説得力があるにゃあー。教授もテレビの矢田ちゃんを見ながら、わが娘をかえりみて、「なんかおかしい」との思いを強くしたのであろう、、、

 それにしても矢田ちゃんの「私も一人で生きていきます云々」のセリフは不自然だなあー。誰も矢田ちゃんの人生観なんて聞いてないのに。O先生は、
 

「あんな朝早くから病院の屋上に来て変なセリフを吐かないでよろしい。お家で紅茶でも飲んでいなさい」
って言っていました。
 

3月17日

 ノーマン・コーン著「千年王国の追求」が届く。

 先日買ったクラウス・リーゼンフーバー著、村井 則夫訳「中世思想史」(平凡社ライブラリー、2003年)を読み始める。この本は、ある程度知識のある人が自分の知識に欠落部分がないかをさらっと読んで確認するための本のように思える。なにが言いたいかというと、私のように物を知らない(ちゃんと系統的にキリスト教史を学んでいない)人間には少々きついわ、ってことね。

 背景を知っている(数少ない)ところは、それなりに知識が整理されて良いけど、穴の部分(大部分)は、高校の世界史の教科書のように歴史のダイナミズムを感じさせない「さわり」だけの記述なので、結局頭に入らないのよね、、、(ハイ、私のオツムのせいですね、、、) 

 文章も翻訳のためか、内容のためか、なんか不自然な感じだし、、、 とは言え、テーマ自体はとても興味深いので読めます。なんで年表がないんだろう、と思ったけど、人物や事項列挙の本なので本文と同じくらいの量になっちゃうからね。でも、簡単な年表ぐらい入れたら良いのに。索引と参考文献がちゃんとついているのは親切(当たり前だけど)
 

3月16日 ちょっと eBay など

 eBay でオークションなどをしてみる。金物骨董(理化学機器)は欧米の方が(眼の肥えた)マニアが圧倒的に多いので競争が激しい。けれども、売り手以上に買い手が、商品を見る眼が厳しくて、最終的な落札価格はちゃんと(専門店の店頭価格より2−3割安い)相場に落ち着く。

 Yahoo Japan のオークションは、麻疹(はしか)に罹ったばかりのお子様たちが、法外なビットをしてきて端から全部買い込んだりするのでげんなり。バブルの時期に西洋美術を買い漁った日本企業を彷彿とさせるなあー。(えっ? お前は慢性の悪性疾患に罹っているだろうって?)

 結構好みの顕微鏡があったので入札してみる(落札した)。R. Winkel 社の本体に、Ernest Leitz 社の光学系を付けたもの。同じメーカーでそろえていないので値段が少し安い。ゲッチンゲンのR. Winkel 社は後に Carl Zeiss 社に吸収されるけど、結構個性的なデザインの顕微鏡を作っていた。

 すでにR. Winkel 社の顕微鏡は一個持っていて、主軸が正三角形をしていてかわゆいやつです。古いから顕微鏡としての性能はむむむ、だけど。
 

3月15日

 例によって勉強会の後、サンシャインカフェでランチ。午後は某所へ。

 「精神医学文献事典」(弘文堂、2003年)やら高橋俊彦著「妄想症例の研究」(金剛出版、1995年)などが古書店より届く。
 

3月14日

 日曜日なのに昼から会議、、、4時間も、、、しくしく、、、

 アパートに戻り、雑用しながら、ピングー見てます。
 

3月13日

 御所にを見に行ってきました。途中のアンティークやでガラス器を買う。ブライトンホテルでお茶して帰ってきました。このホテルは出来た当時は(海外のリゾートホテルみたいに吹き抜けになっていて)すごーく立派に見えましたが、今となっては少し古びて、記憶の中より一回り小さくなって見えたのでした。(私が大きくなったせい?!)

 夜にオークションで落とした「薔薇の名前」のLD(レーザーディスク)を見る(日本版のDVDは未発売)。2枚組み、3面で、映画は135分ほどなので、直径30センチの重いディスクを約45分後とに裏返したり、ディスクを変えたりしないといけない。うーむ、すぐにDVDに駆逐されたわけだ、と今更ながらに実感。

 映画は、原作に比較的忠実に出来ているけど、焦点をあてている所がかなりずれている、、、 「映画」だからしょうがないとは言え、、、  クリスチャン・スレーターが若いにゃ。
 

3月12日

 チューチューちゃん達とお友達。←むこうはそうは思っていない。

 夜は探偵ナイトスクープ。

 夜中のオークションでは敗北、、、 きーー! 悔しい。
 

3月11日 ヒランダル修道院で火災(3月4日)

 先日、エーコの薔薇の名前のラストの大量の写本が修道院もろとも燃えるところを読んで、フィクションなのにめいっていたところだったのに、その頃、現実にも同じようなことが起こっていたのでした、、、

 日本でもヒランダル修道院の本が翻訳出版されたりしている程、、有名なとこなのに、、、 

 火事の現場の写真などはここで。

 夜は途中から「白い巨塔」を見ました。毎週、後半しか見られない、、、
 

3月10日 ラブ・アクチュアリーと異端審問

 「ヴァルド派の谷へ」を読み終わった。終わりまでちゃんとした本でした。

 学会から年会費の請求が、貧乏に追い討ちをかける。

 Kちゃんが一歩遅れて、薔薇の名前を読み終わったそうだ。彼女はその足で、友人と「ラブ・アクチュアリー」を観に行ったそうな。

 で、どうだった?と聞くと「うーん、いまいちかなあー」とのこと。どうやら、おとぼけ恋愛コメディ映画を観る彼女の頭の中は、すっかり中世の修道院を舞台に異端審問やら、宗教的狂信の中での殺戮や、皇帝派対教皇派の対立やらで一杯になっていた様子。

 彼女曰く、「あなたも多分、見ても楽しめない。なにせ主要登場人物が19人もいるんだから」とのことです。うーん、これはキツイ、、、 登場人物が、社会的身分に応じて赤いステテコや黄色いステテコを履いていてくれればわかりやすいんだろうけど、、、(それは、不思議惑星キン・ザ・ザね)

 大安売りをしていたDVD「マンハッタン花物語」(1000円)を夜に見た。映画でも大変ご苦労されているのだが、実生活でもクリスチャン・スレーターは暴力妻におびえる生活をしているようだ、、、
 

3月9日 確定申告と不思議惑星キン・ザ・ザ

 お昼休みに確定申告にのこのこと出かけました。私は税金が還付されると思って、通帳を持っていったのに、逆に追加課税されてしまい、半べそになりました。回りにも、同様の目にあったおねえさんがいました。彼女の申告書の手伝いをしていた人は、にこやかに「あ、追加課税になりましたか?ハハハ」と笑っていましたが、金を取られる方は笑ってられません。彼女は係りの人に、「これ、確定申告しなかったらわかりますか?」と聞いていました。横で聞いていた私は、あ、その質問、私もさっき係りの人にしたよ、、、と思ったのでした。

 私の質問の時の答えは「私はバイトなのでわかりません、、、」でした。本当だろうか?職員なのでは?と疑った私(←人を信じられなくなった)です。

 サラリーマン(給与所得者)も全員、確定申告を義務付けて、そのすぐ後に総選挙をするような日程にするべきだと思ったです。社会に不満。ぶー。

 移動の合い間に、西川杉子著「ヴァルド派の谷へ」(山川出版社、2003年)を読みながら、思わず涙してしまうこともしばし(←著者が期待しているような読み方ではない)。

 夜、昨日の続きの「不思議惑星キン・ザ・ザ」を見た。これぞ、名作です。役者がみんな良い味だしてます。アマゾン
 

3月8日 ヴァルド派の谷へ

 朝、勉強会。昼、サンシャインカフェでランチ。

 生協で山川出版が2割引セール中なので、西川杉子著「ヴァルド派の谷へ」(山川出版社、2003年)を買って、移動中に読み始める。とてもとてもおもしろい!!

 ミルトンの詩 "On the Late Massacre in Piemont"で始まり、エル・アラメインでのヴァルド派と思われる兵士の投降のエピソードへと続ける著者の構成のうまさ、また大量の原資料にあたった著者の学問的な姿勢、中立的で抑制の効いた筆ではあるが読者に感情を引き起こす文体など、非常に好感の持てる良書である。強くオススメ。

 日曜の世界遺産でグルジアづいている私は、夜、グルジアの監督による名作SF映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」を見ました。先日、中古DVDで売っていたのを買ってきておいたの。前半見たけど、かなりいけてます、この映画。
 

3月7日

 (夜勤先の蛸部屋で)朝起きてびっくり。真っ白でした。

 昼にトルコ料理をイスタンブール・サライで食べてから、街で買出し。寺町の電気屋街でファミリーのマッサージ器にはまる。

 薔薇の名前をやっと読み終わった。

 夜、世界遺産、グルジアでした。高先生が監修をしているのでした。よかったよ。ちょっと短すぎるのが残念だけどね。
 

3月6日

 朝は雪が。

 夜のお仕事。

 薔薇の名前は6日目に
 

3月5日

 もう、沈丁花の香りが街に、、、

 甚野尚志著「中世の異端者たち」(山川出版社、1996年)を読み終わった。うーん、出版社に対する先入観かも知れないけど、無理矢理に骨組みだけにされた、教科書的な印象を受けました。そのぶん、さらっと読めますが、全く迫って来ません。

 でも、知識を一通り整理して要点(見えにくいけど)を押さえるといった意義はあると思いました。とても知的フラストレーションを与える本なので、「もっと詳しい本を読みたい!!」という気分にさせてくれ、勉強へのモチベーションを高めてくれるかもしれませんね。

 一方、朝倉文市著「修道院にみるヨーロッパの心」(山川出版社、1996年)はなにやら読みにくい冊子です。多分、私の基礎知識がないのが原因だと思うけど。

 薔薇の名前は5日目に入る。
 

3月4日

 眠いわ、、、 大学で事務仕事をしてから、図書館に行って文献のコピー、ついでにお昼を食べて、生協の書籍部で散財。某研究所に移動する間に「薔薇の名前」を読む。研究所では昨日仕込んでおいた物(ブツ)の回収などをする。

 今日買った本は
 


など。山川出版社は2割引だったの(「ヴァルド派の谷へ」は買い損ねた)。なんかこれを見るとあんまり頭を使わない入門書ばかりだにゃー。まあ、電車の中で読むのだけども、、、 それと「ドクター・タチアナの男と女の生物学講座」も売り切れていて買い損ねた。まあ、しばらくしたら古本屋に出るだろう、、、

 ちゃんとした専門書なども買いたかったけど、値段が高いので、題名をメモしておいて、ネットで古本屋に注文しました。貧乏って、、、

 3人目の死体が出てきて、「薔薇の名前」の上巻をやっと読み終えたので、「中世の異端者たち」を道中読みながら帰宅。やっと第4日目(下巻)に入る。

 いやあ、最近、なにが正統で、なにが異端か、なにが正常で、なにが異常か、よくわからなくなることが多いです。クレペリンの教科書の版による某疾患単位の定義の変遷(定義が疾患を規定するので、「存在するか」が問題になることも)を寝る前に復習したりしています。良い夢が見られそうです、、、

 そうそう、「白い巨塔」ですが、今回からしばらく上川隆也に自己投影することにします。伊藤英明は、あてがわれた女性が好みじゃなかったから最後にキレテいたわね。じょじょに不満のマグマを溜め込んでゆく演出がなかなか良いわ。東(元)教授(石坂浩二)は前みたいにもっとドロドロとやって欲しいわね、、、
 

3月3日

 某所で夜のお仕事。「薔薇の名前」はやっと第3日目に入りました。

 ボスの下請けで某学術雑誌への投稿論文の審査をする。遺伝子関連の論文なのでネット上のデータベースにアクセスして、論文で言っていることが既に別のグループが報告されていたり、データベースにすでに登録されていないかとか、解析に使ったプライマーの位置がおかしくないかとか(低レベルだ、、、)調べる。膨大なAGTCの羅列を見ていてると眼がチカチカしてくる。こんなやつ

 あてにすべきデータベースが(某遺伝子について)不完全で混乱させられたけど、案の定投稿論文は保存DNAを使った解析なのに、使っているプライマーが2つのエクソンをまたいでいる(手軽に手に入るmRNAの情報からプライマーを設計した様子)、、、 悲しいくらい低レベル、、、 
 

3月2日 世界中年会議

 自動車保険の更新。完全にオケラ。

 KちゃんがAmazonで買った四元康祐氏の詩集「世界中年会議」(思潮社、2002年)を、興味半分にちょっと読んでみました。

 いやー、表題作の「世界中年会議」は秀逸な作品でした。この作品が心に沁みるのは、私が中年になってしまったってこと?! 私の理性はそうだと言っているけど、心はそれを受け入れたがってはいない、、、 

 あ、でもこの詩集に入っている「第二回世界中年会議」は(共感できるところはあるにせよ)全然ダメでした。 私は、第一回の世界中年会議には出たいけど、第二回の会議にはあんまり魅力を感じないなあー。でも、会場を選べばいいのかしらん。
 

3月1日

 夜の仕事先から、直接大学に行って、朝に勉強会でした。お昼は日伊会館のサンシャインカフェ。毎週同じパターンでマンネリ、、、 でもサンシャインカフェのランチは飽きないです。

 生協で、エーコを読む際の参考としてクラウス・リーゼンフーバー著、村井 則夫訳「中世思想史」(平凡社ライブラリー、2003年)を買う。この新書は前から欲しかったし、良い機会なので。ついでに、ケミストリーの新譜CDも買う。コピーガードCDなのでMP3に落としにくいなあー。クリエで聞きたいのに。ぶー。

 「薔薇の名前」は第2日目に入りました(読むのが遅い、、、)。

 帰り道にある中古CD屋でロード・オブ・ザ・リングのDVDを買いました(Kちゃんの指令)。

 夜、中高と仲のとても良かった友人から電話。近々帰省して、(とりあえず)一緒に食事でもしないといけないなと、思いました。なんか故郷に残してきた諸問題が、ついにコップからあふれ出てきて、その様相を変えつつあるようなイメージです。そういう歳になったってことなのかしらん、、、 うーむ。
 

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