時の樹
古い木の家
- 膝掛けドアの外には
- 語り部祖母は語り部
- 土蔵重たい土蔵の扉
- 遠い記憶に閑寂な冬の陽射しが
- 夕陽まだ雪を残した山並みの向こう
- 積み木の汽車黄ばんだ紙を張りあわせた空を
- 田舎の猫薄暗い玄関の土間に佇んでいる一匹の猫
- 見つめる瞳黙って いつでも
- 見えない手紙まどろみの瞼に
- 古い夢部屋の外で猫が鳴いている
- 野良猫の後を追って気取った野良猫が歩いてゆく
- 合歓の木陰にまた合歓の木陰で休む
- 合歓の木陰に頭上の太陽は
- 障子の向こうに障子を透かして
- 大木の詩幸せな 雨に打たれる
- 古い木の家古い木の家は思っている
- 大木の詩太陽が 僕にさしている
忘れられた少年に
- どうしようもない大人救われることなんて無いよとli>
- 今日をけたたましい声で笑いながらli>
- 僕の魂は僕の魂は広い野原を走り回りたがっているli>
- 言葉生きるごとに言葉は
- 言葉の棘もう何年も前の
- 叫び大きな声を上げて泣いている子供は
- 青い涙何時の間に僕はこんなにも
- 万華鏡小さい時分に貰われていった
- 深く耕された日僕がまた深く耕された日
- 独りよがりの言葉地面にへたばっている
- タイプミスの僕無数の無責任な指は
- 違和感違和感を感じていた。
- 苦き日まだ知らない苦しさがあると知る日
- がらくた布団の中は一人の苦しい世界だ
- 歪み僕は笑ってみせる
- 黒い炎太陽の汚れの僕の影が
- 傷間違って切ってしまった指先
- 悲鳴君はその悲鳴を聞くか
- 中途半端な歌すべてが中途半端な僕だけど
- 化石にその扉を開いたときに
- ある日今更ながらにして
- 失敗こっそりと胸の中にしまい
- 白い歯に僕と目が合うと
- 漆黒の部屋に重く錆びた扉が開かれて
- 酸っぱい涙また野焼きのような不吉な炎
- 風が吹いて風が動き出す
- 生は自分が滅びて行くことが
- 一人でこの体と心とを与えられて
- 何度でも、青空の下で今日もまた 後悔の塵が積もる
- もう僕は何ももう僕は 何も耳にしたくはなかった
- 僕の業に僕は 欲張り過ぎたのだろうか
- 傷口笹の葉の縁で指の先を切った
- 新しい気持ち寒かった風が光りに潤んで通りすぎて行く
- 新しい気持ち泉のように
- 僕は時間を一足飛びに時間を
- 錆かみ締めた林檎は錆の味がした
- 熱病寒々しい静かな夜だ
- 籠の中の小鳥籠の中の小鳥は寂しい
- ここにいてはここにいてはいけない
- 朝の光にごらん
- 忘れられた少年に暗闇から 微かな物音が聞こえて
海
- 海金色の朝日の降り立つ
- ビーチコーミング浜辺で宝探しをしている子供
- 初夏の海の思い出まだ浅い夏の潮風は子供の無邪気さをして
- 海白い窓枠に レースを飾った
- 海に肌理の細かい泡が
- 海に朝焼けと僕の血とが混ざりあった空には
- 涙海は
- 海辺の夕日に夕日は饒舌だ
- 砂上に足元から 砂を
- 海辺にて波でつま先を洗う背中に
- 海辺の午後に随分と遅い時間に目を覚ます
- 海何も語らない海を
- 沖合いで気がついたら小船に乗っていた
- 海真珠色の陽射しを
- 海二枚貝のように舌をのばし