風のささやき

白い歯に

僕と目が合うと
目深に帽子をかぶった
その人の表情は確かに和らいで
僕に歯を見せて笑った

大きな波のようなものが
その胸の内から昇ってきて
顔の上に波紋を作ったのだ

そうして健康的な赤い歯茎から
生えそろっている歯が顔を出した
所々が古びた茶碗のように欠け
彼の日々が襲いかかり傷つけた跡

その歯の白い色合いが
僕にはやけに眩しく思えて
思わず目を伏せていた
直視できない太陽のように

帽子のつばで影になっていた
眼鏡の奥も確かに笑っていたと思う
僕は確かにその人の目の前では
好意的に映る僕ではあるのだ

きっと僕も一瞬は作り笑顔を浮かべて
社交辞令は交わしたつもりだったし

けれど僕の心には人への
あらぬ疑いがいつでもあって

人の心に潜む闇の深さには際限が無くて
笑顔の裏にはまったく別の心があって

何故その人はそんな風に
僕に挨拶をする必要があったのだろう
あんな風に白い歯を見せて

その挨拶にはどんな意味があったのだろう
僕には何の関係もなくて
僕が突然いなくなったとて
その人は歯を見せていつもと変わらず
知り合いと挨拶を交わすだろうに

突然のお仕着せの笑顔に混乱しながら
僕はまた後悔で一杯になっている
いつからか邪推に捕らわれて
素直に笑えなくなってしまった自分に