風のささやき

忘れられた少年に

胸のなかから 微かな物音が聞こえて
一心に 耳を傾けていたら
声を押し殺した 少年の
それは 小さな 小さな
すすり泣きの声だった

いつから その姿でいたのだろう
芋虫のように 丸めきった背中
発酵した寂しさと不安で
蛍のように 光っている

ごめんよ 気がつきもせずに
優しい声を 何度もかける
目が合ったら 随分と
怖い思いをしてきたのだろう
怯えきって何も信じない
上目づかいだった

頬には しょっぱい涙が
塩のように結晶した筋をひく
泣くこと以外を できなかった喉は
言葉を忘れて ヒューヒューと
北風のようになるばかり

いつから 君がいることを忘れて
そんなになるまで 放っておいたのだろう

あるいは 君が
死霊のように見えて
懸命に逃れようと
していたのかも知れない
助けを求めているだけの君が
追いかけて来る恐怖に
支配されていたのかも知れない

振り返れば長い歳月 胸のなかに
忘れられたままの 少年よ
四方八方 手を尽くして
忘れられていた少年よ
君はこんなにも小さな
少年のままだった

さあ 手を差し出して
歩みだしてごらん
曲がった 背筋を伸ばし
大きく息を吸い込んで胸をはり
涙の筋は綺麗に拭い去って

君が我慢して 飲み込んだ	
沢山の言葉を 今は
受け止められる 僕の胸に
少しずつ吐き出して

無理をしなくてもいい
衰えた筋肉も心の力も
少しずつ取り戻せるから
一歩 一歩と進むこと 覚えよう
君を見失うことはしない
ずっと一緒に 手を携えてゆこう