風のささやき

漆黒の部屋に

重く錆びた扉が開かれて
黒い蝋燭の炎がおずおずと
漆黒の部屋に足を踏み入れると
その部屋の空気も壁も不審者に
耳をそばだて鳥肌を立てる

初めて差し込む揺らいだ炎が
蜘蛛の糸からみつく三面鏡の椅子に
消し炭のようなシルエットを
浮かび上がらせている

襤褸を着て星屑の散らばった
暗い地面の底を凝視している目
いつからそこを動かなかったのか
顔の輪郭は煤けて闇に蝕まれている
古びたヤニで塞がれた口は
真一文字に固まって

長い螺旋の階段を長い時を歩き
いつからか途絶えた地上との繋がり
手にあったはずのともし火も消え
辿り着き言葉深く押し殺した部屋に

舌の上に広がったままの
錆びた血の味を拭い去ることはできず
不幸な星の色合いに脳漿を染められたまま
闇に凍りついてしまった体よ
酸っぱい涙をミルク代わりにする黒猫の
よだれのような地下水脈の滴りを聞くだけの

黴臭い冷気が蝋燭の炎に歯牙を立てるとき
揺らめいた光りの触った肩に
その人の中心の心臓が
はっきりと熱く波打っているのを見た

耳を澄ませば
うねりをあげて流れ込んでくる
その人の鼓動の張り裂けそうな音の数々が
僕の血潮に入り込んでくる

その切ない音楽の大きさに
飲み込まれて泣き虫になる僕の
掻き鳴らされて共鳴する体は
しばし耳鳴りの海に
平衡感覚を無くしているだろう

僕の体と同化すべき時を奪われて
閉じ込められていた思いの丈に