風のささやき

古い木の家

古い木の家は思っている
庭に顔出す春先の菜の花
降り止まない梅雨の雨を
自分の中を通りすぎた夏の風のこと
降り積もる落葉 雪の重さを

古い木の家は耳を傾ける
新しい生命の産声に
夕餉の集いの笑い声に
軒下の猫の眠り
仏壇の前の念仏の呟きに

古い木の家は考える
受け継がれて行く人の営み
織りなされる物語の不思議さを
悲しいことさえも乗り越えて
いつしか柔らかな笑顔
身につけるそのしなやかな力を

古い木の家の前に
横たわる広々とした畑
人が耕し丹念に育てた作物は
季節毎に恵みとなり
その人の手に実りの重さ伝えて

秋
沢山の実をなす柿の大木
口を開くあけび
ぎっしりと詰まった栗

古い木の家は
暖かな陽射しに思い出す
山の斜面に生えていた
一本の木であった時のことを
若葉で捕まえた陽射しの感触も
こんな感じだったのかしらと
遠い記憶を懐かしくまさぐり

古い木の家は
一人起きては目を凝らす
明るい月の夜も雲ばかりの夜も
静かな眠りについた家の者を
何人も脅かせはしないようにと

そんなことには
まるで気がつかず
古い木の家に守られて
暮らす家族の
この先に語り告がれる物語に
思いをはせる古い木の家

願わくは それが
末永く幸せであることを
自分がそれを 守り続けることが
できるのであるならば と