風のささやき

障子の向こうに

障子を透かして
ほのかな橙の薄明かりがこぼれます

裸電球を
消し忘れてしまったのでしょうか
月明かりで眠るには
あまりにも心細く思えたので

古めかしい本の
虫食いの黄ばんだ色
顔に乗せて安心をして
いつの間にか眠っていたのです

古い柱時計は二つばかり
真夜中の時間を告げました
遠い木魂を聞いているようでした

僕は半分は目を覚まし
半分は懐かしい夢を見ていました
額には大粒の汗を浮かべて

障子の向こうには
着物を着た女の人が本を読んでいました
風が吹くたび潤んだ目で
窓の外を眺めました

生真面目に伸ばした白いえりくび
まだ見ない未来が
その両方の耳に呼びかけていました

その人の未来に
抱かれるのは僕でした
柔らかな胸に安心をして
名前を呼ぶ声が聞こえます
その名前が僕でした

その人は甘えさせてくれる人
若き母よ
だから息を潜めて
気づいてくれることを
寝たふりをして待っていました

胸に産みつけられる寂しさが
その人のうなずき一つで
消えることを知っていたから

年を重ねて
口を噤むことを求められる
世の仕来りに唇を歪める
僕はここにいるのだと

けれどうつむき本を読んでいる
その人の瞳が
僕の方に注がれることはなく
その人の未来は
障子の向こうに閉じられたままでした

裸電球の色をした夢のなか
その人を懐かしく思いながら
僕は僕の時間で生きてゆくことを
求められているのでした