風のささやき

夕日

まだ雪を残した山並みの向こう
水の張られた田んぼに
薄墨色の雲が流れて行く頃
大きな赤い一つの目が
二両編成の電車に座る
僕を眺めていました

駅毎に息切れをして
長い時間を休む力のない電車を
後押しするように風が吹いていました

田んぼの中の案山子は
これから始まる仕事のことを考えながら
思案に暮れているようにも見えて
それを応援する蛙の声は
力強く感じられました

僕を見つめている一つの大きな眼差しは
優しく潤んでいました
まるで僕の生を慈しむかのように
肌には暖かくはない
けれど胸の内を温かくする眼差しに僕は
いつまでも見守られたいと思っていました

都会に戻ると
たくさんの眼差しに傷つけられる僕の
胸に秘めたる傷に絆創膏が当てられて
そこだけ発汗しています

子供を見守る
母親のような大きな目に見つめられて
牛も鳥も虫も木々も
風景のすべてが優しくなって
言葉を無くし頭を垂れるのでした

僕を見守る一つの大きな目から
僕を引き離そうとして電車は動き出します
僕の心が声にならない軋みをあげて
レールの音に重なりました