風のささやき

間違って切ってしまった指先
切れ味の良すぎる包丁だったから
スーッと一文字に傷つき
赤い血をしたたらせる僕の指
押えても後から後から
流れてくる血は暖かく
ああ僕は傷ついている
確かに僕は傷ついていると
赤くなる右の手の平から流れ落ちる滴り

僕は絆創膏をきつく貼って一息をつく
鋭い痛みがまだ指先には残ってはいるけれど
傷はやがては癒える
傷跡も指先からは綺麗に消えて

―ほんとうは僕の心の方が傷ついているのに
 流した透明の血はこんな限りではないのに

肉体の傷は鮮やかだ
誰もが眼に見えて分かる
浅い傷であるならば
その傷跡を見せて冗談を言ったりもして
同情してもらったりもして

―ほんとうは僕の心の方が傷ついているのに
 いつまでも疼いている傷跡の上に繰り返される傷は深いのに
 
人の心は何故いつまでも
見えてこないのだろう
誰もが負っている傷跡もその深さも

ひけらかす術もないから
ただ一人で透明な血を流し続ける
人寝静まる夜にうめきを立てる

比べることができないから
自分の傷の深さばかりが気になる
自分の痛みばかりで精一杯だ
僕の傷が君の傷よりももっと痛いんだぜと
心の中で思ったりしながら

その傷を癒す処方箋をくれる
医者の在り処を尋ねまわってはみるけれど
そもそもこの傷の由来と痛みの訳を
分かっていない自分がいるから

知っているよ
誰もが痛みを抱えていること
ちゃんとしろと言われても
痛いものは痛いのだからしょうがない

僕は両の手を頭の上で合わせる
それをゆっくりと重ねながら花のように開く
流れ留まることのない透明な血
この手の中に掬い取るために