風のささやき

湧き出す記憶

息をひそめたような冬の陽射しが
細い枝の影を横顔に薄墨とする

手をあげた裸の樹々
そのむき出しになる魂に連なり
遠い故郷からのかすかな木霊をきく

音もなく湧き出す透明な記憶
陽射しのシャボンの風を通り
姿や名を変え続ける魂の旅

陽気な草笛のひとすじ
鹿の踏みしめる枝が弾け
また静かになる若葉の森の記憶
朝の一条の光線に目覚めて
幸福な空腹に
熟した赤い木苺の実を食べる

手のひらに乗せた団栗の
苦さを噛みしめて
明日に続く力とする

言葉こそ通わないけれど
心は分かち合えている
鹿も蝶もここにおいで
赤い実で喉を潤し
花の蜜に甘くなろう

空を鏡のように磨いた湖に
若葉が飛び込めば銀色の魚になる
畔に咲いた白い花を首飾りに
君の家に届けようと急ぐ

飛行機の縫い目もない空の広さは
どこに歩いて行こうとも
心配がないことを教える

足裏に踏みしめる
確かな大地の足場が
ここに生きることを支える

西日が落ちるころは
星の道に沿って
月影を歩めば 心地よい
一日の疲れに
草むらの夜具に
花の子守歌に眠る

陽射しと風との心地よい
織物の上の毎日の暮らし
心は森の生き物たちと通じ合っている。

不意に 痛々しいクラクションで
白昼夢から目覚める

鹿はいない
自動車が走り回る街に
秘めていた記憶までも
踏みにじられて

折り重なる記憶の地層から
ときどき滲みだす記憶に
戸惑いを感じながら
その懐かしさにまた呼ばれ
白昼夢へ還る

僕の中にある遠い記憶に触れながら。Last Updated 2026/02

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