風のささやき

沖合で

気がついたら小船に乗っていた
遠ざかる港
もう帰れない潮流に流されて

街の灯りが滲んで見える
今は懐かしくも思えるけれど
僕はその住人では
なかったみたいだ

僕が吸っていい空気はなかった
不安が足音もなくついてまわった
すれ違う視線が針のように肌に刺さる
ヤマアラシのようになって
無理に笑った
気がついたら一人
漕ぎ出していた

光の差さない黒い水面
どれぐらいの黒い絵の具を溶かし込んで
こんなに黒くしたのだろうと思う位に
意地の悪い潮風はうなっている

助けを求めているわけではない
ただ今さらながら誰かと
繋がっていたいのだと思う
それが素直な気持ちだったと
沖合に流されて分かる
モールス信号のように
闇夜に向かって言葉を放つ

僕はここにいる
僕しかそれを知らないけれど
僕はここにいる
波間に揺られている
この胸は確かに震えている

僕はこのまま 潮流に乗って
遠い海原に流されて行く
届けたい言葉はきっと
海の藻屑と消えた

耳に聞こえる 返信はなくて
言葉を送り出した舌先だけが
ヒリヒリとまだ痛む
結局はすべてが 心の空騒ぎ

空にはまたたいている星
あんなにも遠いところの光が
見上げる胸に届き
誇り高くあれと心揺さぶる

せめてこのまま
その星のまたたきに
見つめ続けられることを願う
漕ぎ出してしまえば
もう帰りつけない
海図なき夜の海の漂流を