風のささやき

二枚貝のように舌をのばし
波は軽やかに僕のつま先を舐める
視線の先の海岸線には
押し寄せる 夕日を乗せた波
(岩場のすきま満ちる波は寂しく)

心地よい潮風は耳に
波は海の鼓動を運び
僕ははるかなる心臓と
一つになって脈打っている

砂浜に貝をひろう小さな姉妹
もろくも砂の城は崩れ去り
さらさらとした白い砂浜に帰る
(そんなに小さな巻き貝では
 耳にあててもきっと
潮騒は聞こえてはこない)

釣り人は細い糸を垂らし
恐る恐る 海の懐に探りを入れる
幸運にも反り返る
魚の手応えを引き上げて

夕日が 溶け込んでいく海が
無尽蔵に 運んでくるものを
拒まずに
例えば打ち上げられた
海草 やしの実 ビールの空き缶
浜辺に光るガラスの破片
(あれは僕の心の刺)

それすらも飲み込み
波は時間をかけて
ゆっくりと小さく削り
おきあみのように
魚の上に投げ降らす
(魚はやがて食卓に並ぶ)

すべては揺りかえす波に
飲み込まれて行くものとして
ふきならす法螺貝の
音色のような雲は
かすかに遠く
夕焼けの空にけぶっている

もう僕は帰るだろう
流木を拾い「僕とは」と
砂の上にささやかな抵抗の
傷跡を残して

あてもなく飛ぶかもめの
不安げな鳴き声を
自分のものにして
僕の帰る所
輝く星も語りかけない
寂しい一人寝のねぐらに