キネマ点心のロゴです

pinキネマ霊園pin キネマフォーラム pin掲示板


 ボイス  「ボイス」の画像です

 2002年作品。韓国映画。103分。配給=ブエナビスタ インターナショナル。製作総指揮=チョン・オクファ。監督=アン・ビョンギ。製作=アン・ビョンギ、キム・ヨンデ。脚本=アン・ビョンギ、イ・ユジン。撮影=ムン・ヨンシク。美術=チョウ・ソンウォン。編集=パク・スンドク。音楽=イ・サンホ。ジウォン=ハ・ジウォン、ホジュン=キム・ユミ、チャンフン=チェ・ウジェ、ジニ=チェ・ジヨン、ヨンジュ=ウン・ソウ


 「ホラー・ムービーをなめとるのか!」と怒りたくなるような、過去の作品の継ぎはぎだらけの内容。大きな音を出せば良いというものではない。恐怖の演出が刹那的で、恐ろしさが高まっていかない。ストーリーがおざなりで、散漫。2時間サスペンスドラマではないのだから、身近な人間関係だけで、物語をまとめないでほしい。

 女優たちは、皆なかなかの美人で、そこそこ熱演している。しかしながら、ホラーに必要なアクの強さが欠けている。ただ、子役のウン・ソウの痙攣的な名演技だけは、評価しなければならない。この派手さが必要。私は、「エクソシスト」のリンダ・ブレアを思い出していた。


 星に願いを。  「星に願いを。」の画像です

 2002年作品。日本映画。106分。配給=東宝。エグゼクティブ・プロデューサー=横濱豊行、岸田卓郎、川上國雄、遠谷信幸、細野義朗。プロデューサー=石原真、陶山明美。監督=冨樫森。脚本=森らいみ、冬月カヲル。撮影=上野彰吾。音楽=野澤孝智。製作=「星に願いを。」フィルムパートナーズ(オメガ・ピクチャーズ/日本ビクター/日活/電通/スターダストプロモーション)。青島奏(あおしま・かな)=竹内結子(たけうち・ゆうこ)、天見笙吾(あまみ・しょうご)=吉沢悠(よしざわ・ゆう) 、葉月優=高橋和也、石川里美=中村麻美、婦長・小口=梅沢昌代、看護婦・宮崎=梶原阿貴、看護婦・須山=由川 尋、市電の運転手=森羅万象、小学生=栗原卓也、DJ=伊藤裕子、青島沙希=牧瀬里穂、霧島 仁=國村隼


 冨樫監督が、「ごめん」に続いて、また忘れられない傑作を届けてくれた。香港アカデミー賞3部門を受賞した「星願(セイガン)」のリメイク。「オー・ド・ヴィ」とともに、函館オールロケ。街のたたずまいを生かして、物語は進む。市電を生と死のはざまとして使うアイデアも「オー・ド・ヴィ」と似ている。最近よくあるタイプのラブストーリーなのだが、冨樫監督らしい自然でさりげなく、しかし繊細な映像に、いつしか心を揺さぶられ、涙が止まらなくなった。

 主人公の看護婦・青島奏役の竹内結子が、驚くほど上手い。「黄泉がえり」でも、つぼを心得た演技をしていたが、今回は悲しみと喜びがダイレクトに伝わる渾身の熱演。派手さはないが、久々の演技派といえるだろう。姉役の牧瀬里穂は、脇役ながら個性的な存在感を見せていた。その成長ぶりが嬉しい。


 ドリームキャッチャー  「ドリームキャッチャー」の画像です

 2002年作品。アメリカ映画。135分 。配給=ワーナー・ブラザース映画。監督=ローレンス・カスダン。原作=スティーブン・キング。脚本=ウィリアム・ゴールドマン、ローレンス・カスダン。音楽=ジェイムズ・ニュートン・ハワード。共同製作=スティーブン・ダン、ケイシー・グラント、ジョン・ハットマン。特殊効果&アニメーション=インダストリアル ライト アンド マジック。編集=キャロル・リトルトン(A.C.E.)、ラウル・ダバロス(A.C.E.)。美術=ジョン・ハットマン。撮影=ジョン・シール(A.C.S.)、A.S.C.。製作総指揮=ブルース・バーマン。製作=ローレンス・カスダン、チャールズ・オークン。ヘンリー=トーマス・ジェーン、ビーヴァー=ジェイソン・リー、ジョーンジー=ダミアン・ルイス、ピート=ティモシー・オリファント、ダディッツ=ドニー・ウォールバーグ、カーティス大差=モーガン・フリーマン、オーウェン=トム・サイズモア


 ハラハラどきどきして、観終わった後にストーリーを忘れてしまった方が良い娯楽作品。面白い物語をつくるために、都合良く設定された点が目立ち過ぎる。登場人物が、個性を生かす前にストーリーがどんどん進んでいく。そして古典的な宇宙人侵略ものとしての結末が用意されている。

 スティーブン・キングの作品だけに、面白い。しかしながら、その面白さのために犠牲になっているものも多い。前半の青春映画的な面白さが、唐突に後半のパニックSF的な面白さに切り替わる。面白いんだけれど、強引すぎる。ハッピーエンドの後「どうやって感染したの」「隔離された人たちはどうなるの」などと、あれこれ考えない方がいい。

 「マトリックス」から「マトリックス・リローデッド」への橋渡しに位置付けられているCG作品「ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス」が同時上映された。ウォシャウスキー兄弟が脚本を執筆し「ファイナルファンタジー」のアンディー・ジョーンズが監督している。短編ながら見どころ満載で、「ドリームキャッチャー」の化け物エイリアンよりも、印象に残った。


 オー・ド・ヴィ  「オー・ド・ヴィ」の画像です

 2001年作品。日本映画。120分。配給=アミューズピクチャーズ 。監督=篠原哲雄 。企画=函館港イルミナシオン映画祭実行委員会。エグゼクティブプロデューサー=宮下昌幸、鈴木孝之 。プロデューサー=荒川礼子、松岡周作 。脚本=鵜野幸恵、篠原哲雄 。音楽=あがた森魚 。撮影=上野彰吾(J.S.C.) 。美術=小澤秀高 。照明=上妻敏厚 。録音=伊藤裕規 。VE=宇津野裕行(東通) 。スクリプター=西岡容子 。コスチューム=石橋瑞枝 。編集=奥田浩史 。 あやこ=鰐淵晴子 、順三郎=岸谷五朗 、火露見=小山田サユリ 、井上=松重豊 、カオル=村田充 、リツ子=朝加真由美 、山田辰夫 、医者=あがた森魚 、群造=寺田農


 「エロス」と「タナトス」に「酒」が絡む最近珍しいタイプの大人のメルヘン。こういう作品が、函館オールロケで誕生したことが嬉しい。人間の屈折した欲動を乱暴にかき集めて蒸留したような味わい。お酒と同じく、好みが分かれるだろう。女たちが微笑みを浮かべて死に、男たちが取り残されるというのが面白い。深い傷をかかえながら、ひょうひょうと生きる主人公・順三郎に人間的な魅力を感じるかどうかが、ポイントだ。

 鰐淵晴子、朝加真由美、小山田サユリ。私の好みの女優が共演しているので、個人的には評価が高い。鰐淵晴子は「遙かな時代の階段を」(林海象監督)、朝加真由美は「純」(横山博人監督)、小山田サユリは「ボディドロ ップアスファルト」(和田淳子監督)。それぞれに代表作を持っているが、この作品も長く記憶に残ることになるだろう。とりわけ鰐淵晴子の熱演には、近年のカトリーヌ・ドヌーブを彷佛とさせるものがある。


 シカゴ  「シカゴ」の画像です

 2002年作品。アメリカ映画。113分。配給=ギャガ・ヒューマックス共同。監督/振付=ロブ・マーシャル。脚本=ビル・コンドン。製作=マーティン・リチャーズ。共同製作=ドン・カーモディ。製作総指揮=クレイグ・ゼイダン、ニール・メロン、ハーヴェイ・ワインスタイン、メリル・ポスター、ジュリー・ゴールドスタイン、ジェニファー・バーマン、ボブ・ワインスタイン、サム・クロザーズ。撮影監督=ディオン・ビーブ、ACS。プロダクション・デザイン=ジョン・マイア。衣裳デザイン=コリーン・アトウッド。編集=マーティン・ウォルシュ。作曲=ジョン・カンダー。作詞=フレッド・エッブ。音楽監修=モーリーン・クロウ。音楽監修/指揮=ポール・ボガエフ。オリジナル・スコア=ダニー・エルフマン。原案戯曲=モーリン・ダラス・ワトキンス。原案舞台=CHICAGO。舞台版演出/振付=ボブ・フォッシー。舞台版台本=ボブ・フォッシー、フレッド・エッブ。舞台版制作=ロバート・フライヤー、ジェームズ・クレッソン、マーティン・リチャーズ。制作協力=ジョゼフ・ハリス、アイラ・バーンスタイン。ロキシー・ハート=レニー・ゼルウィガー、ヴェルマ・ケリー=キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、ビリー・フリン=リチャード・ギア、ママ・モートン=クイーン・ラティファ、エイモス・ハート=ジョン・C・ライリー、キティ・バクスター=ルーシー・リュー、バンドリーダー=テイ・ディッグズ、マーティン・ハリソン=コルム・フィオーレ、フレッド・ケイスリー=ドミニク・ウェスト、メアリー・サンシャイン=クリスティン・バランスキー、ハニャク=エカテリーナ・シェチェルカノワ、ジューン=デイドレ・グッドウィン、アニー=デニーズ・フェイ、モナ=マイア・ハリソン、リズ=スーザン・ミスナー


 1920年代の退廃的なシカゴを舞台にした、ボブ・フォッシーの傑作演劇「シカゴ」。1975年の初演の後、1996年にフォッシーの弟子アン・ラインキングによってリバイバルされている。今回はリバイバル版の映画化。2003年のアメリカアカデミー賞で作品賞を含む6部門を受賞した。舞台の映画化の仕方とミュージカル映画の手法にとって、新しいアプローチを採用した。巧みというより、分かりやすい。ミュージカルの部分は、舞台か幻想シーンなのだから。官能性と退廃感は乏しいが、娯楽性と開放感は十分だ。

 最初から、迫力満点の舞台を見せてくれる。そしてすぐに事件へとなだれ込む。ストーリー展開は軽快そのもの。ミュージカルシーンはどれも魅力的。特に腹話術とあやつり人形の場面は、ユーモアあふれるアイデアが生かせれていた。思いついても、なかなかできるものではない。絞首刑の場面といい、辛らつな場面で笑いをとる姿勢は素晴らしい。それでいて、しっかりと時代を批判している。

 俳優では、キャサリン・ゼタ=ジョーンズの存在感に圧倒される。「トラフィック」の貫禄のまま、歌って踊るのだから。こういった姉御肌のセクシーさは、とても貴重だ。リチャード・ギアの軽妙さは、予想以上だった。さすが。強い女たちの中で、持ち味を発揮している。そして、主人公役のレニー・ゼルウィガー。キャサリン・ゼタ=ジョーンズの迫力の前にはかすんでしまいそうだが、身体的なハンデを、演技力で辛うじてカバーしている。


 歓楽通り 「歓楽通り」の画像です

 2002年作品。フランス映画。91分。配給=シネマ・パリジャン。監督=パトリス・ルコント。脚本&台詞=セルジュ・フリードマン、パトリス・ルコント。撮影監督=エドゥアルド・セラ。美術デザイン=イヴァン・モシオン。録音=ポール・レネ。衣裳=クリスチャン・ガスク。メイク=ジュディット・ガイヨ、イゼベル・ド・アロウジョ。結髪=イザベル・ルゼ。編集=ジョエル・アッシュ。録音編集=ジャン・グディエ。ミキシング=ドミニク・エヌカン、エマニュエル・クロゼ。製作=フィリップ・カルカッソンヌ。プチ=ルイ=パトリック・ティムシット、マリオン=レティシア・カスタ、ディミトリ=ヴァンサン・エルバズ、レナ=カトリーヌ・ムーシェ、カミーユ=イザベル・スパド、ヴィオレット=ベランジェール・アロー、ルーマニア人=パトリック・フロエルシャイム、ルーマニア人の男1=マニュエル・ボネ、ルーマニア人の男2=パスカル・パラマンティエ、ドロレス=ドロレス・シャプラン、キャロル=キャロル・エステール、フローラ・フローランス・ジェアンティ


 パトリス・ルコント監督の優れた作品は、官能的でシャープで機知に富んでいる。しかし、この作品は、娼館が舞台であるにも関わらず官能性が乏しい。物語のテンポは早いものの、展開にシャープさが感じられない。そして、冒頭のシーンの種明かしがラストにあると言う仕掛けは、ルコント的ではあるが、唸らせるような意外性はなかった。大人のおとぎ話に徹するあまり、映像のねちっこさが薄れている。残念。

 ヒロイン役のレティシア・カスタに魅力を感じる人は多いのだろうか。どこか退廃的な美しさは認めるとしても、俳優としての深みには欠ける。主人公プチ=ルイを演じたパトリック・ティムシットは、無償の奉仕に生き甲斐を感じる男を、それなりに描いてみせるものの、イノセントさだけで葛藤がなく、やはり人間的な魅力に乏しい。「ペダル・ドゥース」(ガブリエル・アギヨン監督)の方が、ずっと生き生きしていた。


 青の炎 「青の炎」の画像です

 2003年作品。日本映画。120分。配給:東宝。監督・脚本:蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)。原作:貴志裕介「青の炎」。共同脚本:宮脇卓司。撮影:藤石修。美術:中澤克巳。照明:渡辺三雄。録音:中村淳。編集:川島章正。櫛森秀一:二宮和也(嵐)、福原紀子:松浦亜弥、櫛森遥香:鈴木杏、櫛森友子:秋吉久美子、山本英司:中村梅雀、曾根隆司:山本寛斎


 蜷川幸雄が映画監督したのは、「魔性の夏」(1981年)以来なので、21年ぶりのこと。宣伝コピーは「こんなにも切ない殺人者が、かつていただろうか」 。本当に切なくなる悲劇的な青春映画だった。二宮和也と松浦亜弥が共演しているが、ただのアイドル映画ではない。二人のみずみずしさを生かしながら、丁寧に小説の味わいを醸し出した。「愛する家族を守るために」殺人を犯す17歳の少年の繊細で切実な物語。二人は、アイドルの枠を超えて、熱演している。

 二宮和也は揺れ動く少年の心を何気ないしぐさで表現した。なかなかの感性だ。松浦亜弥は、とがったボーイッシュな役に挑戦。少年の幻想の中だけでアイドルのように微笑む。ラストの無念さをたたえて悔むまなざしが、忘れられない。秋吉久美子の微妙な位置で苦しむ母親役も印象的。俳優デビューの山本寛斎は、怪演といえる。


 スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする 「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする」の画像です

 2002 年作品。フランス=カナダ=イギリス合作。98分。配給=ブエナ ビスタ インターナショナル監督・製作=デイヴィッド・クローネンバ−グ。原作・脚本=パトリック・マグラア。撮影=ピーター・サシツキー。 美術=アンドリュ−・サンダース。編集=ロナルド・サンダース。 音楽=ハワード・ショア。 衣装=デニース・クローネンバーグ。デニス・クレッグ=レイフ・ファインズ、母親=ミランダ・リチャードソン、父親=ガブリエル・バーン、 ウイルキンソン夫人=リン・レッドグレーヴ、 テレンス=ジョン・ネビル、 少年デニス・クレッグ=ブラッドリ−・ホール 


 この邦題は苦しい。素直に「スパイダー」だけで、良かったと思う。映像は近年の雰囲気ではなく「デッドゾーン」(1983年)に近い。過剰な想像力ではなく、研ぎすまされた映像美。湿って冷え冷えとした映像は、少年の深い孤独と悲しみを表現している。献身的な愛する母が粗暴な父に殺され、外見そっくりな娼婦が入れ代わって母になりすましている。少年は、その女を殺す。母親の両面性、父との対立関係という少年期の切実な問題が根底にあるだけに、その妄想は説得力がある。封印していた記憶をむりやり引き出される戦慄を覚えた。

 レイフ・ファインズは、相変わらずうまい。ほとんど独り芝居のようだが、少年期のトラウマを引きずっている統合失調症の男を体現していた。「レッドドラゴン」のフランシス・ダラハイドよりも、リアリティがあった。ミランダ・リチャードソンは、母親と娼婦など複数の対極的な役を、的確にこなしていた。


 
やむちゃ・バックナンバー
1996年       4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
1997年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
1998年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
1999年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2000年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2001年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2002年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2003年 1月 2月 3月

点です バーのカウンター(HOME)へ

 Visitorssince2003.04.06