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pinキネマ霊園pin第52回カンヌ映画祭・結果pin掲示板

 実験映画 「実験映画」の画像です

1999年作品。日本映画。40分。監督=手塚眞。撮影=藤井春日。音楽=橋本一子。美術=磯見俊裕。衣装=阿部由美子。ヘアー・メイク=勇見勝彦。照明=堀之内徹。整音=関谷行雄。特殊メイク=宗理起也。デジタル合成=山本達也。デジタル監修=古賀信明。プロディーサー=田中尚美、手塚眞。制作=梨木友徳。製作総指揮=香山哲。 永瀬正敏、橋本麗香


 シナリオをつくらず、現場でスタッフ、キャストと話し合いながら7日間で7日間の物語を築いていく「実験映画」という題の実験映画。撮る者と撮られる者という関係を象徴するカメラという対立性を乗り越えて二人は出会う...。コラボレーションでありながら、手塚眞の耽美性が全編を覆い、異様なまでに美しい映像が綴られていく。方法論的にも映像処理的にも、実験性にあふれているが、それが魅力となって映画を輝かせている。稀に見る力強い美学に貫かれた傑作だ。

 理由も分らないまま映画を撮影することになった男を永瀬正敏が演じる。自身も映像作品を発表しているだけに、カメラを持つ手付きが様になっている。そしてミステリアスな美しさが際立つ少女役の橋本麗香「白痴」以上に、その美貌が忘れがたい。演技に堅さはあるものの、前向きな姿勢が眩しい。時間をかけて、大きな存在になっていく気がする。


 TUBE TALES 「チューブ・テイルズ」の画像です

1999年作品。イギリス映画。89分。配給=アミューズ。プロデューサー=リチャード・ジョブソン。共同製作者=トニー・トンプソン。撮影監督=スー・ギブソン、デヴィッド・ジョンソン、ブライアン・トゥファノ。編集=ニーヴン・ホウイ、リズ・グリーン。プロダクションデザイン=イヴ・マヴラキス。キャスティングディレクター=サラ・クロウ。コスチュームデザイナー=ヴェリティ・ホークス。サウンドミキサー=ジム・グリーンホーン、シモン・ヘイズ。アソシエイトプロデューサー=スザ・ホーヴァン。ラインプロデューサー=クリス・ウィールドン。


【ミスター・クール(MR COOL)】監督・脚本=エイミー・ジェンキンズ(Emy Jenkins)。原案=ルー・スモールウッド。ルーク=ジェイソン・フレミング、エマ=ケリー・マクドナルド、ジョー=デクスター・フレッチャー
【ホーニー(HORNY)】監督・脚本=スティーヴン・ホプキンス(Stephen Hopkins)。原案=アレックス・ピロ。アレックス=デニス・ヴァン・オーディン、紳士=トム・ベル、少女=リー・フィツジェラルド、鉄道員=フランク・ハーパー、老女=リズ・スミス
【グラスホッパー(GRASSHOPPER)】監督=メンハジ・フーダ(Menhaj Huda)。脚本=ハーシャ・パテル。原案=ゲイリー・デラウェイ。ミスターX=スティーヴン・ダ・コスタ、シャンテル=アリクヤ・イヨー、チャーリー=ロジャー・グリフィス、スティーヴィー=デラ・ジョンソン、リーナ=プリーヤ・カリダス、ロイ=ピーター・マクナマラ、マザール=マザール・ムニアー、モウ=レイヨ・パンザキ、ミス・クリヌック=マルシS・ローズ、ブルラ=アシシ・ラジャ、ジェームズ=ジェイク・ウッド
【パパは嘘つき】監督=ボブ・ホスキン(Bob Hoskins)。脚本=ポール・フレイザー。原案=クリスティン・バリー。息子=トム・ワトスン、父=レイ・ウィンストン、女性=エドナ・ドア、検札官=フランク・ハーパー、自殺する男=ウィリアム・ホイランド、商人=リチャード・ドブソン
【ボーン(BONE)】監督=ユアン・マクレガー(EWan Mcgregor)。脚本=マーク・グレイグ。原案=サム・タガート。ルイーズ=ケイ・カーラム、派手な演奏者=ジョー・ダッティン、オードン=ニコラス・テナント、鉢植えの女性=コーリン・チャートン、ホール・マネージャー=ダグラス・L・メラー
【マウス(MOUTH)】監督・脚本=アーマンド・イアヌッチ(Armando Iannucci)。原案=ピーター・ハート。ヒロイン=ダニエラ・ナーディーニ、気どり屋=マーク・フロスト、花嫁になる女性=ヘレン・クーカー、ガールフレンド=スカイ・グローヴァー、ビジネスマン=サイモン・グリーホール、チェロ奏者=ドミニック・ホランド、恋人=マシュー・エクシア
【手の中の小鳥(BIRD IN THE HAND】監督=ジュード・ロウ(Jude Law)。脚本=エド・アレン。原案=ジム・シルラヴァン。老人=アラン・ミラー、若者2=エド・アレン、検札官=フランク・ハーパー、若者1=モーガン・ジョーンズ、女=クレオ・シルヴェストレ
【ローズバッド(ROSEBUD)】監督=ギャビー・デルラ(Gaby Dellal)。脚本=ギャビー・デルラ、アタランタ・ゴーランドリス。原案=トレイシー・フィンチ。アンジェラ=レイチェル・ワイズ、ローズバッド=レオニー・エリオット、エリザベス=ドナ・クロル、検札官=ダニー・サークエイラ、検札官=フランク・ハーパー、タイプライターの男=イアン・プレストン=デイヴィス
【スティール・アウェイ(STEAL AWAY)】監督=チャールズ・マクドゥーガル(Charles Mcdougall)。脚本=ニック・ベリー。原案=T・J・オースティン。青年=ハンス・マシソン、恋人=カーメン・エジョゴ、年寄りの酔っ払い=ティム・バーロウ、黒人の青年=ダーレン・カー、検札官=ジム・カーター、疲れた若い女性=エマ・カンニフェ、ウォークマンの少年=アネット・エクプロム、中年女性=ジェロー・エドワーズ、少年の母=アネット・エクプロム、白いピンストライプのスーツを着た男=サイモン・ガンズ、秘書=サイモン・ペグ、運転手=ショーン・ピートウィー、浮かれる男=リー・ロズ、牧師=ドン・ワリングトン
 予告編が最高にかっこ良かったが、本編もテンポが良い。「ミスター・クール」は、導入部としての軽いコント。回送電車の冷たさとその中の孤独が伝わってくる。「ホーニー」は、セクシーな女性に挑発されてうろたえる中年紳士の物語。Hな話にサッチーや王室の映像を忍び込ませるアイデアが笑える。「グラスホッパー」は、ドラッグを運んでいた青年の大いなる勘違い。ブラックだが、もう一ひねりほしい。「パパは嘘つき」は、地下鉄への投身自殺を子供とともに目撃しおびえる子供に「落ちた」と嘘をつく父親の姿が悲しい。背景に妻との離婚と子供との再会があるから。「ボーン」は、ユアン・マクレガー監督。アイデアは良くあるパターンだが、嫌味なくまとめるセンスはさすがだ。

 「マウス」は、もっともインパクトがあった。地下鉄に乗り合わせた魅力的な女性とのかかわりを、それぞれに妄想する乗客たち。その彼女が、突然大量のゲロを吐き、周囲を汚しまくる。汚物をなめる犬に熱演賞。ジュード・ロウ監督の「手の中の小鳥」はしぶい。淋し気な老人の手の中で息を吹き返す小鳥。地上へと急ぎ、小鳥を空に放つ老人の姿にうたれる。「ローズバッド」は、子供の目線での心地よいリズムがあり、ささやかなファンタジーがうれしい。最後の「スティール・アウェイ」は、「銀河鉄道の夜」だった。アクションシーンから始まって、感動的なドラマがあり、意外な結末へとつながっている。見ごたえのあるストーリー。ただ、やや宗教くさくなって、それまでのポップ感覚が一気に薄れた。終着駅での失速は、評価が分れるだろう。


 HYPERNATION 2000 「ハイパーネーション札幌」の画像です

 D's Garage21主催Hypernation tour 2000@sapporoが、9月23日に札幌のKING XMHUで開かれた。クラブカルチャーの延長で語られているVJ(ビジュアル・ジョッキー)の映像表現しての可能性を多くの人にしてもらうのが狙い。音楽と共振ながら、場の雰囲気で即興的に映像を編集し創造していくVJは、パソコンの高性能化、廉価化、専用ソフトの普及によって、映像表現の新しい可能性を開いている。何といってもスリリングで面白い。札幌会場には、東京からgooddy*とTomoGrapherが参加し、その圧倒的な個性を発揮した。胸を借りる形の札幌勢は@nn@、PROJECT CAD.、τ(タウ)、TANAKA、TECHNOJAPANcorp.。午後8時開場、午前4時終了という長丁場だったので、 TANAKA、TECHNOJAPANcorp.は観ることができなかった。残念。6人編成のPROJECT CAD.は、めまぐるしく変化するセンス抜群の映像に会場のビデオ映像をリアルタイムで取り込んだり、日本とアメリカのオリンピック・サッカー戦の結果を折り込んだり意欲的な試みを見せて、会場を盛り上げていた。札幌のVJ普及にとって、大きな刺激になったことは、間違いない。


 BEING JOHN MALKOVICH 「マルコヴィッチの穴」の画像です

 1999年作品。アメリカ映画。112分。配給=アスミック・エース エンタテインメント。監督=スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)。脚本・製作総指揮=チャーリー・カウフマン(Charlie Kaufman)。製作=マイケル・スタイプ、サンディ・スターン、スティーヴ・ゴリン、ヴィンセント・ランディ。製作総指揮=マイケル・カーン。撮影=ランス・アコード。プロダクション・デザイナー=K.K.バーレット。編集=エリック・ザンブランネン。衣裳=ケイシー・ストーム。音楽=カーター・バーウェル。キャスティング=キム・デイヴィス、ワグナー&ジャスティン・バッドリー。クレイグ・シュワルツ=ジョン・キューザック(John Cusack)、ロッテ・シュワルツ=キャメロン・ディアズ(Cameron Diaz)、マキシン=キャスリーン・キーナー、ドクター・レスター=オースン・ビーン、フローリス=メアリ・ケイ・プレイス、J.M株式会社の最初の客=W・アール・ブラウン、ラリーの依頼人=カルロス・ジャコット、レストランの男=ウィリー・ガースン、J・マーティン=バーン・ピヴン、バーの酔っ払い=グレゴリー・スポレダー、チャーリー=チャーリー・シーン、デレク・マンティーニ=ネッド・ベラミー&スパイク・ジョーンズ、ジョン・ホレイショ・マルコヴィッチ=ジョン・マルコヴィッチ(John Malkovich)


 まず、とんでもない思いつきを発展させて、見事な作品にまとめあげたチャーリー・カウフマンの想像力に拍手を送ろう。そして、日常シーンとウィットに富む会話の積み重ねによって、次第にリアリティを高める手法を生かし切ったスパイク・ジョーンズ監督。CMやビデオクリップでの経験を、奇をてらうことなく、何気ない手付きで映画に持ち込むことで、実は映画の地平を広げている。

 マルコヴィッチを体験することで自分の「男性」に目覚めたロッテを演じるキャメロン・ディアズは、ぼさぼさ頭ばかりが話題になるが、演技の素晴らしさを強調しておきたい。ジョン・マルコヴィッチ本人も、渾身の演技だ。自分の頭の中に入った時に見る、すべてがマルコヴィッチに埋め尽くされているシーンは、俳優の虚栄を余すところなく表現して見事だった。トラウマを抱えるチンパンジーも、重要な役を演じていて忘れられない。


 チューブ・テイルズ・ナイト 

 9月19日に、札幌のプレシャス・ホールでシアター・キノ主催「チューブ・テイルズ・ナイト」が行われ、アンダーグラウンド映画の代表作と若手自主制作作品が上映された。麻生知宏&中島洋監督の『YOURSELF』(1970年、8ミリ、約12分)は、2画面のマルチ上映。北大の構内で裸で8ミリを向け合った2つの映像がスピーディに駆け回る。荒々しい力がほとばしる。寺山修司にほめられたのもうなずける。居田伊佐雄監督の『オランダ人の写真』(1976年、16ミリ、7分)は、写真をコマ撮りしてアニメのように見せる。入れ子構造になっていく過程が刺激的で、古さを感じさせない。一つのアイデアをとことんまで追求する姿勢に感動した。この夜の最大の収穫。同じ監督の『子午線通過』(1977年、16ミリ、5分)も、かなり凝った映像。どのようにして撮ったのだろうという疑問が膨らむ。小池照男監督の『生態系5番』(1988年、ビデオ版、16分)、『生態系9番』(1993年、ビデオ版、13分)は、ノイズ系の作品。目まぐるしく動く映像、神経を逆撫でする音楽が切れ目なく続く。5分くらいなら我慢できようが、15分となるとかなりきつい。周りの人たちは耐えきれずに席を立っていった。ケミカル系のコンセプトなのかも知れない。

 若手自主制作作品では、短編集『デジタル トンデンヘイ』(2000年、20分、菊池玄摩監督)が、奇妙な味わいがあって面白かった。長沼里奈監督の『威風堂々』(2000年、13分)は、思春期の女性のゆれる感性を定着しようとしているが、まだ手付きがぎこちない。関原裕司監督の『We were born to die or kill』(2000年、7分30秒)は、ハードボイルドタッチのアクション作品。銃を使った緊張感は見事。センスの切れは抜群に良い。『moment』(2000年、11分)は、アメリカン・ショート・ショート・フィルム・フェスティバル2000in札幌でも上映されたが、再編集されて格段に良くなった。蛇足だったラストシーンをカットした勇気を称えたい。吉田学園デジタルステージ札幌学生CG作品集は、3D作品が多かったが、あっと驚くような映像には出会えなかった。


  「顔」の画像です

 1999年作品。日本映画。123分。配給=東京テアトル。監督=阪本順治。脚本=阪本順治、宇野イサム。製作=宮島秀司、石川富康、寺西厚史、中沢敏明、椎井友紀子。音楽=coba。撮影=笠松則通。照明=石田健司。録音=橋本文雄。編集=深野俊英。衣裳=宮本まさ江。吉村正子=藤山直美、中上洋行=豊川悦治、狩山健太=國村隼、吉村由香里=牧瀬里穂、喫茶店の女=内田春菊、狩山咲子=早乙女愛、吉村常子=渡辺美佐子、山本俊郎=中村勘九郎、花田英一=岸部一徳、池田彰=佐藤浩市


 阪本順治監督の女性が主人公の初めての作品。主人公は藤山直美。藤山直美の存在感に対抗するように、配役がすごい。この濃さは、ただ事ではない。豊川悦治、國村隼、中村勘九郎、岸部一徳、佐藤浩市。男たちは、とりわけ個性の振幅が大きい。それにしても、中村勘九郎が酔っ払って藤山直美を強姦したのには、心底驚いた。終った後、香典袋のままのお金を中村勘九郎に渡して「取っとけ」と叫ぶシーンにも、ひっくり返ったけれど。

 自閉症気味の生活を送っている正子(藤山直美)は、母が急死したことをきっかけに妹への長年の憎悪が爆発し、妹を殺して逃走する。逃走先で、さまざまな人々に出会い、心を解き放っていく。動くことがおっくうなしぐさを見せていた正子が、自転車を覚え、最後には海を泳いで逃げ続ける中で、軽やかさを身につけていく。表情も豊かになっていく。この辺の変化は、藤山直美だけあって、さすがにうまい。過酷な状況の中での笑いも板についていた。今年の邦画の収穫のひとつだ。


 SCARY MOVIE 

 最終絶叫計画 

「最終絶叫計画」の画像です

  2000年作品。アメリカ映画。89分。配給=日本ヘラルド映画。監督=キーナン・アイボリー・ウェイアンズ(Keenen Ivory Wayans)。脚本=ション・ウェイアンズ、マーロン・ウェイアンズ、バディ・ジョンソン、フィル・ボーマン、ジェイソン・フリードバーグ、アーロン・セルツァー。製作総指揮=ブラッド・グレイ、ピーター・サフラン、ボー・ゼンガ、ボブ・ウェインスタイン、ハーベイ・ウェインスタイン、ケリー・グラナット、ピーター・シュウェリン。製作=エリック・L・ゴールド、リー・R・メイズ。共同製作=リサ・スザンヌ・ブラム。衣装=ダリル・ジョンソン。音楽=デビッド・キテイ。編集=マーク・ヘルフリック,A.C.E.。撮影=フランシス・ケニー,A.S.C.。視覚効果監修=ブライアン・ジェニングス。製作補=ロブ・ウィルソン・キング。キャスティング=マリー・ヴァニュー、アン・マッカーシー、クリスティン・シークス。提供=ミラマックス・インターナショナル、ディメンション・フィルムズ。製作=ウェイアンズ・ブラザース・エンターテインメント、ゴールド・ミラー、ブラッド・グレイ・ピクチャーズ プロダクション、キーナン・アイボリー・ウェイアンズ フィルム。ボビー=ジョン・エイブラハムズ(Jon Abrahams)、ドリュー・デッカー=カーメン・エレクトラ(Carmen Electra)、バフィ=シャノン・エリザベス(Shannon Elizabeth)、シンディ・キャンベル=アンナ・ファリス(Anna Faris)、シェリフ= カート・フュラー(Kurt Fuller)、ブレンダ=レジーナ・ホール(Regina Hall)、グレッグ=ロシリン・ムンロ(Lochlyn Munro)、ゲイル・ヘイルストーム= シェリ・オテリ、ドゥーフィ=デイブ・シェリダン、ショーティ=マーロン・ウェイアンズ、レイ=ショーン・ウェイアンズ


 まず、何よりも宣伝のうまさを誉めておこう。「アメリカン・ビューティー」(サム・メンデス監督)に対するスピルバーグ監督の賛辞をパロディ化した上で「早くもアカデミー賞絶望!」のコピー。心地よいギャグだ。そして、映画の冒頭は「シックス・センス」(M. ナイト・シャラマン監督)の「お願い」のパロディ。最初から徹底している。ストーリーの基調は「スクリーム」(ウェス・クレイヴン監督)。そこに、さまざまな映画のパロディを詰め込んでいく。「スクリーム」自体が、ホラー作品のパロディの色彩が強いので、メタ・パロディになっているとも言える。

 パロディ映画は、アイデアだけになりがちだが、「マトリックス」(ウォシャウスキー兄弟監督)のカンフー・パロディは、技術力も光っていた。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(エドアルド・サンチェズ、ダニエル・マイリック監督)の鼻水シーンは、抜群のギャグ。ラストのオチは、 「ユージュアル・サスペクツ」(ブライアン・シンガー監督)。この作品のオチ自体が、かなりいかがわしかったので、パロディ化が作品批評にすらなっていると評価するのは、深読みだろうか。ペニス殺人という下ネタさえ、ホラーのフロイト的解釈と深読み可能なのが、恐ろしい。オバカ映画に翻弄されてしまった。

  登場人物は、ほどほどのアクがあって、作品にふさわしい。ドリュー・デッカー役のカーメン・エレクトラは、「ベイウォッチ」のお色気を振りまいて惨殺されるし、セクシーなバフィを演じたシャノン・エリザベスは、首だけになっても熱演していた。ドゥーフィ役デイブ・シェリダンの危ない演技には、別の意味ではらはらしたが、ラストのどんでん返しで、帳消しにする巧みさだ。そして、逸材は、シンディ・キャンベル役のアンナ・ファリス。本当は、彼女が最も怖い存在だ。ひょうひょうと、とんでもないことをやってしまう。彼女の前では、マスクマンも形無しである。


 HAPPINESS 「ハピネス」の画像です

  1998年作品。アメリカ映画。134分。配給=シネカノン。監督・脚本=トッド・ソロンズ(Todd Solondz)。製作=テッド・ホープ、クリスティン・ヴァション。撮影=マリゼ・アルベルティ。美術=テレーズ・デペレス。編集=アラン・オクスマン。キャスティング=アン・グールダー。音楽監修=スーザン・ジェイコブス。音楽=ロビー・コンドール。ジョイ=ジェーン・アダムス(Jane Adams)、アレン=フィリップ・シーモア・ホフマン(Philip Seymour Hoffman)、ビル=ディラン・ベイカー(Dylan Baker)、ヘレン=ララ・フリン・ボイル(Lara Flynn Boyle)、トリッシュ=シンシア・スティーブンソン、ビリー=ルーファス・リード、モナ=ルイーズ・ラッセー、レニー=ベン・ギャザラ、ヴラッド=ジャレッド・ハリス、クリスティーナ=カムリン・マンハイム、ダイアン=エリザベス・アシュレイ、アンディ=ジョン・ロビッツ


 ほのかな甘さに包まれた猛毒。監督の人徳なのだろうか。とんでもない出来事が続発するのに、登場人物は大騒ぎしない。事実を受け入れる。すべてが悲しくてユーモラスな日常の中に溶け込んでいる。犯罪者のセンセーショナルな犯罪告白は、意外なかたちで静かに行われる。映像はけっして騒がない。観る者に判断を委ねる。監督の人間に対するまなざしの深さは、尋常ではない。ただ、あまりにも淡々としているので、時折かったるい気持ちになる。「たるさ」が、この作品の一つの持ち味なのは理解できるが。

 三姉妹をめぐる物語に見えて、観終った後に圧倒的な印象を残すのは、姉妹の周りの人たちだ。妄想をいだきながらいたずら電話をかけ続けているアレンの焦躁が伝わってくる。しかし、アレンに関わる人物の方が、さらに屈折していることが、しだいに明らかになる。人恋しいがセックスが嫌いなクリスティーナは、レイプした男を殺して細切れにして少しずつ捨てている。精神科医のビルは、幸せな家庭を築き、良き父親であるが子供の友達を眠らせて犯してしまう。犯罪が発覚し、子供に静かに真実を話すシーンが秀抜。監督は、どんな人物からも距離をおいて、やや斜めから優しくみつめている。


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 Visitorssince2000.09.04