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欧州運転免許

機関車及び列車を運転する列車運転士の認定

運転免許制度の統一化

ヨーロッパは、国境をまたぐインターオペラブルな鉄道運行を実現するため、鉄道の技術基準についてはインターオペラビリティ指令(2008/57/EC、現在は(EU)2016/797)によりTSIを定め、安全を守るためのマネジメントについては共通安全指令(CSM)(2004/49/EC、現在は2016/798/EC)により共通化・統一化を進めています。

しかし、運転をする人材については、列車の運転士の認証条件に関するEU加盟国間での差異が非常に大きいことが障害となっていました。しかし、EU域内の鉄道システムの安全性を維持するためには、運転に関する制度の共通化に手を付ける必要があるため、列車運転士の認定に関する共通ルール化を進めることとなりました。

具体的には、運転免許証(licence)と、調和補完証明書(harmonised completementary certificate)という、2段階構成の証明書で構成される制度を決め、最低限の要求事項とモデルを定めてこの欧州共通の制度について鉄道運行事業者に働き掛けていき、各国の行政機関の理解を得ていきました。

2008年に実際に欧州共通運転免許が発行された際には大きなニュースとなったほどの大きな変革です。

この新しい免許制度は、現場を熟知している方からみると不必要な規制強化とも見えるものだそうで、例えば本来は行わなければならないとされている筆記試験を課さない、等、完全な移行は完了していない国も多いです。その前提でご覧ください。

※なお、アメリカ英語では[License]や[harmonized ...]と綴ると思います。鉄道の世界ではイギリス英語が使われています。アメリカ英語でも全く問題はありませんが、できるだけイギリス英語で記述したほうがベターです。英語教材の「Callan method」や資格試験の「IELTS」はイギリス英語で、TOEICは米英加豪の英語で出題されますので、イギリス英語を知っていて損はないです。

licence(免許証)と、harmonised complementary certificate(調和補完証明書)

【図1】EUモデルの運転免許証(Licence)

上の図1は、EUの運転免許証です。運転免許証(licence)を得る上では、欧州で共通する技術基準であるTSIに熟知していることを運転士に求め、その上で、各国・各鉄道会社・各路線の個別の知識の習得が必要という2階建て構成になっています。
 具体的には図3にあるように2007/59/EC(運転士の認証)という欧州指令において、(1)一般的な専門知識(付属書IV)、(2)車両に関する専門知識(付属書V)、(3)インフラ構造に関する専門知識(付属書VI)、そして、(4)一般的な言語知識安全運行に関する鉄道用語(Oral Communication)の習得 が必要であることが定められており、鉄道運転士の能力の共通基盤とされています。

このEUの運転免許証の取得試験は、EU加盟各国の行政機関(実際には行政機関から認定された運転士養成所)が実施する点は従来の制度と変わりがありません。また、運転士養成所の認定基準についても各国の行政機関がEUの基準に準じて作成し、養成所の認定を行っています。認定された養成所で上述の(1)〜(4)の所定過程を修了し(※(4)は母国語話者の場合は省略される運用ですが)、養成所の行う試験に合格すると、Licence(ICカード)の発行を当該国の行政機関に申請できるようになります。

日本では、運転免許証(動力車操縦者運転免許証)は電気車、内燃車 等、動力別に分かれていますがEUでは一区分のみです(保存鉄道や専用鉄道は一般的に別制度で、免許制度がなく安全監督のみの場合があります。鉄道ネットワークから独立した路線の場合はケースバイケースです)。

こうして、EU加盟各国の鉄道運転士の知識の基盤を整備したうえで、各国・各会社・各路線ごとに異なる個別の技能については、調和補完証明書(図2)の取得により確認を行います。

調和補完証明書については、前述の欧州指令において必要最小限の事項を「欧州コミュニティモデル」として定めています。しかし主に書式だけなのですが。それでも、ともかくも欧州レベルの運転免許証(licence)を土台にして、調和補完証明書が発行されている、という関係性を規定しています。

※余談ですが、「欧州コミュニティ」(European Community:EC) は、かつての欧州共同体(EC)のことで現在は統合度合いが増して欧州連合(EU)になったためECは失効していますが、「欧州単一市場」の意味合いでは新聞等でも使われています。


 調和補完証明書の具体的な発行ルールは、図3にあるように、欧州各国が規則を定めています

例えば、ドイツの場合、運転士免許令(TfV)によって、調和補完証明書は鉄道事業者が発行すること、その手順は安全管理システム(SMS)により定めること、有効期限ないこと、調和補完証明書に書かれている路線及び車両でのみ有効であること、等を定めています。調和補完証明書は、勤め先の鉄道事業者を離職すると無効になることにもなっています。

運転できる列車区分は、図2左上の「3.Categories of driving」の枠に列記されるのですが、大きな分類としてはカテゴリーA(入換運転)と、カテゴリーB(営業運転)です。日本のように電気車、内燃車等の動力別にはなっていません。

 

後述しますが、英国の場合にはBrexitにより、欧州レベルのlicenceが2022年からは英国内では無効、英国で発行されたlicenceも欧州域内では無効となるため、英国内では英国のregulationに基づく免許取得が必要となっています。

【図2】調和補完証明書(harmonised complementary certificate)表面

【図3】EU法の体系

この欧州法を受けて欧州各国の法令が整備されていますが、具体的にはこちらに掲載しています。ご参照ください。

なお、licence(欧州免許)においてシミュレータによる訓練については、(日本も同じですが)義務ではありません。ですが異常時の訓練や、発生頻度の低い規則を適用する場合の訓練において非常に効果的だ、という、推奨する言葉が規定されています。

日本の鉄道運転免許

日本では「動力車操縦者運転免許」という国家資格(国交省実施)が、鉄道運転士の資格です。根拠法は鉄道営業法に基づく、「動免省令」(動力車操縦者運転免許に関する省令(昭和31年運輸省令第43号)です。

20歳以上であれば受験でき、身体検査、適性検査、筆記試験、実技試験の4つあります。
 このうち実技試験は、当然線路と車両が必要なわけですが、国交省では試験を実施する場所を受験者が用意することを求めていることから、鉄道事業者に所属しない方が受験をすることは極めて難しい状況です。

つまり、「実技試験のための試験官を派遣しますが、試験に必要となる設備(線路と車両)は受験者がご用意ください」と言われてしまうわけです。後述するような指定養成所が無い中小民鉄さんでは、他社の指定養成所に委託するか、又はこうして試験に必要な設備を用意し、派遣された試験官による実技試験を受けております。


また、自動車運転免許の教習所のような、動力車操縦者養成所(養成所)を大きな鉄道事業者さんは設置しています。養成所は教習所と異なり、鉄道事業者に所属されている方しか入れない運用になっています。
 ・・・こうした背景事情があるため、資格のガイド本では、「鉄道事業者に所属していないと事実上取得できない資格」、と紹介されています。

さて、養成所は基本的に、養成所の講習過程と教科書が、通達で定めている所定の時間と質を満たしていることを国交省が確認しており、「指定動力車操縦者養成所」として指定しています。

指定動力車操縦者養成所のうち、学科と技能の両方が講習できる養成所の養成課程修了者は、前述の、身体検査、適正検査、筆記試験、実技試験の4つの全部が免除されるため、養成所で行われる試験に合格修了することが、動力車操縦者運転免許試験の代わりとなっています(各地方運輸局において、地方運輸局長から免許証の授与は行われます)。

最近はほとんどの養成所で運転シミュレーターが活用されています。動免制度上は、養成所の「教科書」には鉄道運転シミュレータ含まれると解釈されています。


・・と日本の制度の概要を紹介しましたが、動力車操縦者運転免許(動免)についてよく誤解されている点を述べたいと思います。

  • 有効期限 :ありません。更新期限もありません。
  • 運転可能路線の指定:動免上はありません(車両の種類(電車、内燃車など)はあります)。しかし、所属する鉄道事業者さんの各社ルールでは運転できる区間や車両形式を指定していることが多いです。
  • 動免は他社でも有効か:上述のとおり路線指定はありませんので法的には有効です。ですが、上述のとおり鉄道事業者さんのルールによって制限がかかっているはずです。
【図5】日本の動力車操縦者運転免許(動免)の表面書式
(※三つ折になっています)

日欧の違い

必要な知識や、訓練のツボ、運転心得のような内規の存在、メディカル面については類似点が多いため、ピックアップ的に相違点を述べたいと思います。

  • (1)免許の有効期限が欧州では10年です。一方日本では有効期限はありません。欧州では、さらに各国法により1年〜3年おきの能力確認を求める場合もあります(鉄道運行事業者さんやインフラマネージャー(※線路や車庫の管理会社)のSMSで規定されています)。
  • (2)日本の動力車操縦者運転免許は、車両の種類別です。例えば「甲種電気車」区分の動免は、JR線でも地下鉄線でも中小民鉄線でも貨物列車の電気機関車でも有効です(鉄道事業者の内規は別として)が、欧州ではTSIが適用される、都市部の地下鉄やLRT等以外の路線において有効ですが、地下鉄や私鉄線は別の制度になっている国があります。
  • 例えばドイツでは、保存鉄道は適用対象外となっています(運転士免許令(TfV)第1条(2))

  • (3)欧州では、一般的な言語知識と、英語で行われる安全運行に関する鉄道用語の知識が確認されます。
  • 以前は国境を超える列車の場合、乗り入れ先の乗務員交代駅までの区間の言語や信号システムの習得を行っていた歴史を反映しています。この話は奥深いため別のページに記載します。

  • (4)欧州では、欧州共通の運転免許(licence)と、個別の調和補完証明書(harmonised completementary certificate)の2階建て構成の制度となっていますが、日本では法的には動力車操縦者運転免許のみです。調和補完証明書に当たるものは各鉄道事業者が、安全に運転業務を行うために内規に基づいて担保しています。

・・と相違点を挙げてみましたが、主要部分は各国法令やそれに基づく鉄道運行事業者さんのSMSに定められていますので、表層的な違いの説明になってしまいました。

また、あえて名前を挙げなくてもいいのでしょうけれど、欧州communityの中でもフランスのような労働組合の強い国では、(1)の継続に関しては国の施策上、激変緩和策も取られている実態があります。

 

韓国では、権威のある機関が認定した運転シミュレーターによる標準路線データの運転を必須科目としているような違いがありますので受験者の幅が広いと聞いています。それに比べれば実質的には同じ状況と言えそうです。

Brexitの余波

Brexitによる影響は鉄道事業についてはあまり生じていないのですが、鉄道運転免許に関しては比較的影響を受けてしまっています。

2022年1月31日までの猶予期間終了後には、上記のEUルールで発行された運転免許証は、英国では無効になりました。
 欧州共通運転免許(EU TDL)の所持者は、上記期限までに英国の行政機関(鉄道道路局、ORR)から、新規申請者としてORRから列車運転免許証を取得しなければならなくなりました。

ですがもともと英国の鉄道路線が運転できた方にとっては必要知識が増えたということではありませんので、どちらかというと手続きの問題といえそうです。図6は英国列車運転免許のEUモデル(2021年まで)と、Brexit後の英国モデルによる書式です。

ユーロトンネルについては、英国とフランスとの間で鉄道運転士免許及び補完証明書に関する英仏二国間協定(CS France No.2/2022)が2022年1月に締結されており、ユーロトンネルを運行される列車の運転士は、英国免許又は欧州共通運転免許の両方を書しせず、運行できることを取り決めています。ただし、適用範囲はユーロトンネルの両端にある両国の入国チェック駅であるカレーフレタン駅(仏側)と、アシュフォードインターナショナル駅(英側)間のみがこの協定の適用範囲です。両駅以遠に乗り入れるためには、旅客/貨物列車の運転士が交替するか、または両方の運転免許証(licence及び調和補完証明書)を取得している必要があります。

【図6a】旧英国発行免許・EUモデル

【図6b】英国発行免許(2022年〜)

source:ORR-Train Driving Licences and Certificates Regulations 2010