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日欧の鉄道技術の比較 まとめ 

主観的?

 

日本の優れた鉄道技術とは

このページはNo.39になる予定です。No.38をまだ書いておりませんが、日欧の鉄道の違いについてまとめます。

そんな意見もあるのか、くらいの気持ちでご覧下さい。


一方で国土交通省鉄道局の公式見解「我が国鉄道の海外展開について」はこちらのリンク先です。大学のレポートを書くために「優れた鉄道技術」について資料捜索中の方は、このサイトではなく、国交省の公式見解をご参照ください。最近では海外プロジェクトが鉄道に限らず少しうまくいっていないため、何が課題か現実を踏まえて検討されるようになっていますので、公式見解のほうが役立つと思います。


さっそくですが図1をご覧ください。これは「優れた(質の高い)日本の鉄道技術」・・という言葉で連想するものを書き出して、それらが「鉄道事業者」「メーカー」「旅客の要望(環境)」のうち、どのセクターの寄与が大きいから実現できているのか、という観点から位置・距離を決めて配置してみたものです。かなり割り切って配置しており、相当主観的です。
 なお、これらは輸出競争力について語る際に言われる「強み」とは別です。なぜなら、「強み」「弱み」は相手国に合う/合わないで変わるからです。とはいえ、一般的に強みだと考えられるものをで示しています

「旅客の要望」は、例えば日本では鉄道旅客数が多いですが、そうなるとお客さんの声を無視できなかったり、お金をかけても赤字にならないような、鉄道の社会的な走行環境を指しております。

【図1】日本の鉄道技術の優れた点と、その寄与者
[Fig.1] Excellent points of Japanese railway technology considered by Japanese-ourselves and contributors

図1では、日本の鉄道が優れていると言われる「定時運行性」や「高密度運転」、そして「高速鉄道の先進的技術力」のような、普通に考えるとメーカーが持っているはずのものまでが「鉄道事業者」が貢献しているものとなっている様子を示しています。つまり、鉄道事業者さんの守備範囲(図中では青の破線で示していますが)は非常に広いことが示しています。この、鉄道事業者さんの存在が大きい点は、この後、図2に示す欧州の場合とは大違いです。

「旅客要望」というのは、鉄道利用者が多いことや、バリアフリーへの要望のような鉄道利用者に由来する事項です。これらは輸出できません。日本の場合には鉄道旅客数が非常に多いため、旅客の需要に答えるために運行本数が非常に多くなっています。旅客数が少なければ運転本数は増やせませんから、地域特性のようなものを「旅客要望」と呼ぶことにしました。

「絶対安全」という暗黙知

※すみませんがこのサイトをご覧になっておられる方の中で、大学のレポート類の材料を探しておられる方には、以下は参考にならないはずです(個人的な見解ですから)。むしろマイナスです。インフラ整備事業や、水道事業(水ビジネス)などの情報を調べられるといいと思います。

 

まず、日本の鉄道の事故は、比較の上では少ないです。ATS整備の観点からここで触れたりこの資料のp5でも触れています。日本の鉄道は高速鉄道に限らず、全体的にも安全性は高いです。安全性については後述します。


最近は安全性が高いことも含めて「日本はオペレーション&メンテナンス(O&M)が強い」と表現することが多いのですが、O&M、を商品にしようとするには、信号や運行管理装置を売った(買った)だけではダメで、現地向けのマニュアルを作ったり、教育活動に手を尽くし、それでも現地で実現できると限らないという難しい商品です
 例えば「定時性」は、製品の品質が良くても路線網が複雑になるとトラブルの波及を受けると定時運行性を保つのは難しくなるため、海外の環境下でも日本のような定時性が実現できるとは限りません(注記参照)

注記 日本の高速鉄道は、ほぼ在来線を走行しない専用線です。専用線だから簡単、というわけではなくて詳しくは「34.高速鉄道の在来線線路走行」フランスの高速鉄道路線図としてまとめておりますが、もし、日本でも新幹線が、JR中央線や上野東京ラインを経由して東京駅や新宿駅に乗り入れてくるならば、定時運行性は下がるはずです。この点、海外の専門家から、「日本は環境上のアドバンテージがあるのだから、遅れにくい(つまり、欧州は在来線を走行するせいで遅れが多い。技術の問題ではない)」、という趣旨のことを口にしています。

フランスの高速鉄道の運行経路は、日本よりずっと複雑です。ですが、旅客が少ないので本数は少ないです。

この話は逆の立場に立つと分かりやすいです。例えば日本の近隣国の高速鉄道会社や大都市の地下鉄事業者さんが、「当社は平均〇秒しか遅れていない」と話されたら、「何かしら事情が違うのでは?」と思いませんか。そのような感じで受け取られているのです。

一方の安全性については話が別です。日本の新幹線の乗客の死者はゼロであることは非常に実現困難な成果です。開業初日の緊張感をその後も持ち続けて、1日1日と安全運行をつづけた結果の50年以上の安全実績であって、時には偶然に助けられつつも、疑いようがない大変な成果です。

安全性が優れているのは間違いないのですが、この偉業を語った上で、その実現理由について「製品品質が優れているから」や「『絶対安全』の理念で取り組んでいるから。そのノウハウは教えます」・・・というセールスをするのは考えものです。外国ではその実績をもたらしたノウハウは、目に見える形のマネジメントルール(規程)としての提供を求められるからです。マネジメントについては日本国内ではノウハウ(暗黙知)の部分が多く、また、そもそも何をどうしたから安全になる、と単純に説明できない性質のものです。絶対安全の理念は、外国人に具体的に説明できる形になっていないです。

マネジメントの文書化

安定性・定時運行性等を、そのような経験がない国に移転させようとする場合、何をどうすればよいかを少し考えてみて下さい。

賛同いただけるかどうかわかりませんが、日本国内ならば「できて当たり前」「やって当たり前」な内容を一から伝授するための、相当広汎な内容を持つ分厚いマニュアルを用意して教育に当たる必要がある気がしませんか。

こうした取り組みは、現状でも、日本から専門家を派遣して、日本にあるマニュアルを現地で役立つ形に補填した教材を作って(←結構ご苦労されています)教育することや、相手国の要望に沿って欧州流のSMSを作って提案することを行っていますが、後述するように欧州ではそれらは出来合いのものになっています。

ヨーロッパの優れた鉄道技術

欧州の場合についても、図1の日本の場合と同じ方式で図2のように切り分けてみたいと思います。

欧州については、欧州委員会が発行し公表している「Study on the competitiveness of the Rail Supply Industry Final Report」という文書があります(最新版は2019年9月発行のものです)。ここに輸出入に関する自己分析がなされておりますので、これを参照したいと思います。

もっとも、この文書には当事者(メーカー等)でもある専門家も執筆に加わっていると思いますので、このレポートがどこまで客観的・中立かは不明ですから、その点ご注意下さい。

 

この報告書では、ヨーロッパのメーカーの主な強みを、以下のようにまとめています。

  • 技術開発を主導できる立場にあること
  • 高度な設計・製造方法を持つこと
  • 高い信頼性・製品品質とその品質管理プロセスを持つこと
  • システム構築能力の高さ
  • 長い保守・運用プロセスの蓄積

報告書では欧州のメーカーさんの課題や、その解決策も提言されておりますので、この分野に興味のある方はご参照下さい(※市場開放等です)。

【図2】欧州の鉄道技術の優れている点と、その貢献者
[Fig.2] Excellent points of European railway technology and their contributors

図2でも、で優れている点を記載しています。これは原典での分類ではなく、あくまで私の主観的な分類ですから誤解なさらないでください。ご興味がある方は原典をあたって下さい。

日本と異なるのは、メーカーさんの守備範囲(破線で示す赤丸)が広いことだと思います。日常の保守作業も、日本とは異なりメーカーが得意としていますし、1メーカーがシステム構築能力を持っていることは、かなりの強みです。

また、欧州単一市場政策により、メーカーさん・鉄道事業者さんは、明文化された、欧州で共通化した品質や安全マネジメントシステム、TSI(欧州共通技術仕様)等を作成し、業務をこれに準拠して行っていることが特徴と分析されています。

先ほど日本の特徴(図1)について、鉄道事業者さんの持つノウハウのような無形のものが多い(※)ことも特徴と申し上げましたが、これら無形のノウハウをインフラ海外展開の相手先に伝える場合、「専門家を派遣して教育します。基準(ルール)づくりを行います」、という売り方になります。

実際、派遣された日本の専門家は、苦労してSMS(安全マネジメントシステム)を相手国の方と共同して作成し、成果を挙げています。が、欧州の場合にはすでに明文化されているということで、ひな形があるのです。これから作って提供しますという日本に比べれば、相手国の要望にもかなっているので強みとなっている事情があります。

 

RAMSを不要にするには

「RAMSは認証機関が儲かるだけで効率が悪い」旨、日本の鉄道事業者さんや行政機関は考え、日本の優れたやり方を諸外国にPRすべきだとおっしゃいます。

ですが、製品には機能要求的と非機能要求があり、モノづくりでは非機能要求を踏まえて製造しなければならないのですが、RAMSはその非機能要求事項の中に潜むリスクを見つけて起こさないための作業手順を含みます。そのようなものは日本にはありません。なぜなら、端的に言うと「メーカーなら当然考えるべき事項だ」と考えられるような事項を、RAMSでは書類を残させるのですが、日本のメーカーなら黙っていても確実に作業しますしソフトウェアもきっちりできるが特に理由がないためです。最近は「絶対安全の行動原理」を徹底教育しているから、と説明される鉄道事業者さんがおられますが、もしそれが日本以外に普遍性があるならRAMSは不要になるのではないかと思います。

海外では、黙っている(=マネジメントをしない)と製品品質が不安定になる(※当たりはずれが出る)のでRAMSによって確実実施させる必要がある、と考えます。例えば現場技術者が勝手に現場で設計変更できてしまうからです。つまりは海外のプロジェクト発注者は、RAMSによって確実さの保証を求めているのです。

RAMSへの適合性を要求されて困っている海外案件については、過去にその同等製品を使ったことのある鉄道事業者さんが「RAMSは不要だ。もし貴国で何かあったら私が責任をもって保証する」と結果への保証を約束するか、あるいは商社さんが安全証明書を発行していただければ、相手の要望にかなうので(※RAMSはけっこうなコスト増になります)相手国もRAMSに固執しないでしょう。ただ、fair-weatherという英単語があります。言った以上は責任は取って下さい。よく、日本の製品の安全性には長年の実績がある、と気軽に語られますが、海外ビジネスではそういう補償が約束できるレベルで実績があるのか否かが問われているのです

まあそこまで保証しなくとも、日本の鉄道事業者さんが、メーカーさんが業務をしっかり行わせている秘密を海外のプロジェクトマネージャーさんに伝授するか規格化することでも同じ効果があり、日本の従来のやり方を変えずに済むと考えます。こうした日本の暗黙知の明文にすることについても述べたいと思います。

暗黙知の明文化

日本の鉄道技術の優れている点と考えられている事項は無形のものが多く、かつ、主に鉄道事業者さんが持っているものが多いことは前述のとおりです。

これを絵に表すと以下のような感じです。すなわち、日本の定時運行性や事故の少なさは世界中でよく知られていますが「定時性が優れている」→「製品が優れている」→「安全性も優れている」・・という論法、といえそうです。しかし、これでは相手国が聞きたいと思っている「なぜ安全になるのか?」という点について具体的に答えられていない(※少なくとも、まとまっていない)のです。
 メーカーさんは自社製品については答えられると思います。でも、鉄道システムのようなまとまった形のものについて「定時運行性が優れているのはなぜか? 言い換えると「日本以外でも(定時運行性や安全性を)実現出来ると言える論拠はあるのか?」という質問には答えるのは難しいです。

この点について「日本はそういう商法だ」又は「ノウハウは気軽には出せない」と言ってしまえばそれまでで、やっぱりRAMSしかないことになります。「絶対安全の行動理念」や、「いいから、システムごと買って。使ってみれば良さが分かるよ」・・・と説明することは、具体的な説明を放棄しているように見えませんでしょうか?。

相手国には、予算審議する議会もあり、仕様書作成のための技術者やコンサルタントもいるので、日本のものが優れているのは感覚的に分かっても、議会や納税者、上司、技術者を説得する「道具」が無いとなかなか進みませんし、もし落札に成功したとしても、その後、相手国の仕様書に書かれた見慣れない規格等に合わせていくのに苦労をすることになります。

【図】「買ってくれれば良さが分かるよ」商法by日本

このような問の答えとして役立つのが、法令や規格、あるいは国際規格に沿っている、という説明をすることです。(※←日系メーカーさんはこうやって頑張っています。念のため。)

しかし、こうした文書は日本には少ないのです。結論(製品)はありますからもはや不要な文書です。中立的な立場から、相手国に技術面についてメーカーさんの説明を後押しできる機関や人がいればいいのですけれど、英語能力以外の事情(補償はできない)もあって、こうしたこともできません。

その点、欧州では違います。この相手国の思う「?」部分は、私のサイトの「欧州指令」各ページで紹介しておりますようにSMS(Safety Management System)や、従業員管理のようなマネジメントルールは元々あり、裏付けとして使える欧州規格や技術基準は豊富で、これらを輸出相手国に提供することが可能です。何かあったときに補償する・補償しないのような頭にハチマキを撒いたカミカゼ的な議論にならないため、マネジメントをルール化する、品質を均質化する、運行ルールを明文化する、ということに取り組んでおり、こうしたルールにより売買する両者で納得感を出すビジネス手法なのです。考え方によっては冷たいビジネスと言えます。比較して日本は、日本の信頼をバックにした、信頼ビジネス的なものです。

ともかく欧州系のメーカーさんは明文があり、一方日本では、相手国に対して日本流の人材育成を行うことで解決しようと試みますので、ちょっと出遅れてしまいます。

 

じゃあ、日本も明文化すればいい」・・と、技術者ではない方から気軽に言われますが、技術を持っていてもそれを明文化していくにはコストもかかり、貴重な時間も使うことになるので、それに見合うだけの相当なリターンが無いと難しいです。政府の行動計画では、品質を落とさず価格を落とすことが書かれているのですが、高品質のものが作れるなら品質を抑えたものも作れるはず、とい考え方があるようです。実際、そのようなことは機能安全規格では信頼性等をそこそこ妥当な線を目標にして、ある程度の故障は許容する、という戦略が立てられます。鉄道の機能安全規格であるRAMSでも、そうした開発方針を立てることが可能ではありますが、コストのために品質をそこそこにする、という点に心理的抵抗があるので機能安全規格に基づいて製品開発をしても、日系企業の場合にはどうしてもいいものができてしまう(かえってコスト増)。これは、鉄道分野に限らず機能安全規格に対する日本の産業全般の悩みでもありますので、根が深い問題です。いずれにせよコストがかかるため、メーカーに補助金を出してください。

他方、メーカーさんや商社さんは「国交省がお金を出せば」「JIS化を進めるべき」と言われますが、国交省に予算はありません(もし出せても、JIS審議委員の旅費にもならない額しか出せないかと。

欧州鉄道庁の予算(リンク先は2021年11月決定分)p20によると、30百万ユーロ(40億円くらい)/年が、欧州の単一鉄道のための予算として使われています。これとは別に各国の運輸省の予算もあるため、実際には旅費に消えていく日本とは規模に差があります(※日本は5千万円くらい(欧州の1%)で、その割にはがんばっているのではないかと)。

 

欧州では、欧州の単一市場化のために政策として各国のマネジメント手法の統一を法的に進めています。また、「20.波動伝搬速度」で紹介しましたように、調達したい製品の大まかな性能と関係規格を示し、受注したメーカーさんがあの手この手で適合性を立証することがあります。もし立証できないと製品を受け取ってもらえないリスクとなるため、試験・評価方法、保守方法等を公的な規格にしておくことがメーカーさんにとって重要という事情もあります。また、欧州の法令に定める義務的事項への適合性は、規格への適合性で判断される(ハーモナイズド規格)「ニューアプローチ」が採用されており、いわば法令上の技術基準と規格がセットになっているために規格化が進みます。こうしたことが結果的に強みになっているので欧州ではできるが、日本ではできない、という事情があります。

しかし、日本では今後の人手不足(←これは前述の欧州委員会の報告書でも危機感をもって指摘されています)に備える必要がありますね。

輸出のためではなく、今後の人材育成のためとお考えいただき、各社でベテランと呼ばれておられる方におかれては、ぜひ絶対安全とは何か、暗黙知の明文化にご理解をお願いいたします

ある分岐器メーカーの社長さんが、「今は、OJT(※先輩から後輩への実地教育)は難しいけど文書マニュアルを作る必要はないよ。若い人には、動画で撮って、ナレーションを入れるほうが見てくれるし、すぐ作れるんだよ。」・・・と教えて下さいました。そうですね。文書にこだわっても仕方ないです。媒体は問わず、ともかくも暗黙知の明文化が必要だと思います。単に明文化するとコスト増ですので、若手の役に立つをまとめておく感覚と、製品にまつわるリスク分析のインプットを分かるように残して下さるとよいかと思います。