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日本の鉄道の強みと、欧州の鉄道の強みについてはこちら(日欧の比較 39まとめ)に、鉄道車両の輸出先についてはこちら(日本の現状 6.)にまとめています。

  

日本の鉄道の現状

イメージと違います

鉄道車両輸出は横ばい

最近、インフラ海外展開が増えているというニュースが増えていますので、鉄道車両が多数輸出されているイメージを持ってしまいますが、実際のところ鉄道車両は国が言うほどには輸出できていません(日系車両メーカーさんの輸出先の一覧表はこちら)。最近は、日立製作所さんが買収した旧アンサルドブレダ(イタリア)さんの傘下工場が受注した案件を、日本の鉄道車両の輸出先にカウントしていますが(スペイン、イタリアやハワイ等)現地生産ですから、貿易としては日本から輸出したわけではないのです。

 下の図は、国の統計から作成した鉄道車両(図1)、鉄道車両部品(図2)、鉄道信号(図3)の生産額です。図1(a)内の仕向け国名は、各鉄道車両メーカーのプレス資料からの算出です。

 

各図とも、青色や水色は国内事業者向けの生産を表しており、赤色が海外向けの生産であることを表しております。
 鉄道車両については、毎年度、1〜数件の海外プロジェクトを獲得しています(別ページにシェア関係表を示します(2010年〜2015年度))が、輸出相手国は偏在しています。世界中に輸出しているイメージは誤りです。

各社の海外工場生産分については、米国工場は米国向け、在英工場はスコットランド地域向け車両を製造していますが、輸出先が偏在していることは変わりません。

中国やインド向けについても、高速鉄道輸出のニュースの印象があるようですが、中国には2007年度以降は車両輸出がなく、インドの高速鉄道は入札も行われていません

注記:インド(Mumbai-Ahmedabad)の軌道構造の設計からコミッショニングに関する入札は、一昨日(2021年8月23日付け)始まりました。インフラは入札も済んでおりますので、車両についても入札されると思います。


また、下図1(a)、(b)や図2にみられるように、青と水色のグラフ(国内の鉄道事業者)がロイヤルカスタマーだということも読み取れます。
 一方、鉄道車両部品(図2)については、右肩上がりに伸びているということがわかります。日本の技術として伸びているのは鉄道車両よりも、鉄道車両部品や信号保安装置なのです。

図1(a) 車両生産両数(国内工場)

輸出先については後述する6.輸出先とホモロゲーションコストを参照ください。

図1(b) 車両生産額(国内工場)


図2 車両部品出荷額(国内工場)

図3 信号保安装置 出荷額

 

欧州の鉄道車両・信号工業

2019年9月に欧州委員会が発行し公表している「Study on the competitiveness of the Rail Supply Industry  Final Report」という文書があります。これはシェアが分かるので大変面白い資料です。
 調査の対象製品や統計の取り方に差がありますので単純比較はできませんが、2017年において欧州28国の鉄道車両産業の生産額(production value)は31.2十億ユーロ、鉄道信号等産業の生産額は1.4十億ユーロ とのことです(p9参照)。

日本円にすると、車両は4兆2千億円くらい、信号については2千億円くらいです。

日本の鉄道車両輸出振興

政府の資料「海外展開戦略(鉄道(平成29年10月))」では、世界の鉄道の市場規模が伸びている(p4)一方で、日本の鉄道は優れている(p8)が、鉄道車両輸出には課題がある(p9、p10)という説明で、さまざまな対策を進めることが述べられています。

しかしながら、世界の鉄道の市場規模が伸びているというUNIFEの資料の原典の「SGI調査レポート」によると、世界の市場規模(※p4の棒グラフ)は伸びているのですが、その伸びのほとんどは、「アジア太平洋」の伸びです。このアジア太平洋のうち、ほとんどは中国国内の需要の伸びで、最近は中国とインドの新線建設によるものであり、東南アジアなど世界中で需要が伸びているのではないとわかります。

また日本の鉄道車両メーカーの海外展開先は、上記のとおり、各メーカーがで基盤を持っている特別な国・地域(※)ですから、基盤を離れて世界中の市場に参入する環境か、というと全く違います。

※タイ(総合車両製作所のパープルライン)については新規開拓した例ですが、上記資料のp10では失敗例になっていますので、除外して考えています。

「喜ばれる技術」を売りたい

日本のメーカー

ニーズに合った車両・技術が喜ばれます。

 

ちょっと比喩を申し上げます。中国さん(例に出して、すみません。)には、下の写真のようにドア幅も広く、窓が大きく、ちょっと高いきっぷを買うと前面展望まで楽しめる高速鉄道車両があります。ちなみにCRH3というSiemens Velaroがベースになっている車両です。
 この車両についてセールス時に「乗降ドア幅を見てください! 乗り降りしやすくて世界一優れた車両です。」など、もしもドア幅を売りに宣伝されたら「ちょ、ちょっと待ってよ」、と言いたくなりませんか? 日本に技術がなくて作れない訳ではないですからね(←繰り返しますが、これは単に、たとえ話です。)。

 でも、我が国の人も、勢い余って、こんな感じのセールスをしていることはよく見聞きします。鉄道車両の良し悪しは洋服選びと似ていて十人十色、お好み次第なので、優れているとかいないとか、そういう価値判断とは別世界です。

※日本の新幹線のドア幅が1枚のスライドドアで、狭めなのは、開口部を減らして気密性を高くすることで「耳ツン」が起きにくくすること(27-トンネル断面積 参照)コストをかけずに実現するためです。実際、車椅子席を設けている号車の車両は、ドア幅も広くなっています(例えばE5系は1230mmです)。

日本の良さは、優れた技術よりも相手に喜ばれる技術を売る点だったはずです。

ですが、今は、日本国内の諸事情が鉄道プロジェクトに投射されるようになっています。「日本の優れた技術がどうやったら売れるか」、という観点の計画がいろいろ作られているのですが、その前提である優れている、あるいは優れていない点がどこか、という戦略のスタート地点からして、相手国目線ではなく日本の尺度(思い込み)が強く反映されています。

その一方、調査・分析性には乏しいため、なかなか強気な世界戦略が出来上がります。この、うぬぼれがあふれている点は、しばしば態度が「尊大だ」と批判されるヨーロッパの某F国と似ている気がします(※F国は、自分のことばかり主張し、相手に一方的に意見を述べてくる傾向があると批判されています)。

台湾高速鉄道の700T車両には、ベース車(700系)にある「乗務員扉」が無い、乗務員の扱う無線の種類もベース車とは変えています。これはかなりの手間となる設計変更で、いくら相手のニーズに合わせて喜ばれたくてもすべて反映できるものではないわけで、大変労力のかかるカスタマイズをしたわけです。こんな、相手国のニーズをうまく採択・不採択を見極めていくことが鉄道プロジェクトにおける腕の見せ所です。



この部分を追記(2022年)

インフラ海外展開行動計画2022

以上の話を書いてから3年経ったのですが、現在の国土交通省インフラシステム海外展開行動計画2022では上記の「尊大」さがちょっと変わっていました(さかのぼって調べたところ、2020年版から変わっていました)。

鉄道分野に限らず、全体的に現状では「我が国企業は厳しい競争状況」にあるとされ、トラブルとなったり失注した案件も挙げられるようになり、相手国のニーズにも合わせようというように変わっています。

以下に、イケイケだった2018年版と、現在の2022年版について記載します。2018年版は、2016年5月のG7伊勢志摩サミットに先立って、総理から発表された「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」を受けて「質の高いインフラ」や「強み」という語が多用されています。政府が引っ張っていくという強い意志があり、書けることは何でも書かれていましたが、2020年版以降は大幅削減となりました。

  • 国土交通省インフラ海外展開行動計画 2018年
    • 〇5つの戦略 (1)高速鉄道[p5]
    • (中略)土木、軌道、電気、機械等に関するノウハウやそれらの要素間を全体として調整する機能を有する鉄道・運輸機構に、民間企業等と連携・協力して海外の高速鉄道に関する調査、設計、工事管理等の業務を行わせるとともに、出資規定も設けて、新幹線システムの海外展開を強力に推進する。

    • T.競争力強化のための方策[p59]
    • (1)安全性、信頼性、ライフサイクルコスト等の我が国の強みの売り込み
       我が国鉄道インフラの海外展開を推進するためには、相手国の要人に我が国の鉄道の強みをアピールする必要がある。(中略)今後も引き続き、安全性や信頼性、ライフサイクルコスト等の我が国の強みを積極的に売り込む

  • 国土交通省インフラ海外展開行動計画2022年版(最新)
    • D海外における競合の状況[p65]
    • 我が国の鉄道技術の強みを活かしつつ、相手国のニーズに応えられるインフラシステム展開を進めることが重要

    • 我が国の強みを活かした案件形成」[p43]
    • (中略)相手国の実情又はニーズを考慮せず、国内市場で培い、成熟させてきた技術を前提とした提案を行ったため、相手国の採用に至らなかった場合がある。このため、「質の高いインフラシステム」について、相手国の実情やニーズを踏まえ、質を維持しつつもコスト削減が可能なオプションの提示についても検討していくとともに、競合国が技術力を向上させていることを踏まえ、我が国企業が比較優位を有するコアとなる技術は何かという視点を意識し、新技術の活用も含めた我が国の強みを改めて検証し特定していく

    • 国際標準の獲得、国際基準化の推進[p22]
    • (中略)海外展開時に要求されることが増えている鉄道製品の品質を保証するための組織のマネジメントシステム(RQMS)の認証については、(中略)我が国としても、我が国鉄道関連事業者も当該認証を円滑に取得できるよう認証機関への日本人審査員の採用の働きかけ等の取組を進めるとともに、同規格を国際的にオープンなものにするために同規格の改善点を踏まえた我が国発の認証ルールの策定に向けた検討を進める必要がある。

日本のものをそのまま売り込むと相手国のニーズや検証等の流儀とマッチしない・・・ということは昔も今も同じです。日本の都合を投影した海外案件は、昔から、どこかの段階で座礁してきました。順調に進んだ話日本しばり円借款をつけてもうまくいかなかった案件を比較すると分かるはずです。

顧客の要求事項を製品仕様に反映する

上述のように日本の製品が良すぎたかのような言い回しですが、相手国に合わせてカスタマイズすべきということは、実は、2018年版のインフラ海外展開行動計画に既に書かれています(p8「相手国の目線に立ち、そのニーズに応じてカスタマイズしていく視点が重要」)。この文章の背景には、「品質がいいものが作れるなら、カスタマイズするのは簡単だろう」という発想がありそうですが、これは違います。後から何かを付け足す(あるいは引く)のは簡単ではなく、別物開発レベルの取り組みが必要になります。

製品品質は、QDC(Quality, Delivery, Cost)の3要素が関係しています。Q、D、Cは相互に関連するのですが、Qは筆頭要素で、(品質)≧顧客の要求 を満たす中で、DとCを適正に決めていこうというものであり、前提となるQの設定がおかしいと、適正な製品作りは難しいです。

私が思うに、現状で日本で不足しているのは、ここで紹介したように相手国の事情に合っているという製品説明だと思います。

RAMSでは(といいますか、ISO9001やISO TS22163も同じですが)、顧客要求事項を把握して、それを要求仕様として設計・開発というモノづくりをしていく順序で、要求仕様に合っていることを示す書類(RAMSの第2段階やトレーサビリティ)が作られるのですが、こういう書類作りはかなりの地味作業ですが、こういう書面で相手国が必要とする仕様になっていることを説明し、かつ機能を取捨選択・適正化することが必須ではないかと思います。

 

ところで、とりまとめ役技術者がいない、という話もよく言われます。確かにそうなのですが、鉄道は多くのメーカーが関わるため、窓口になる人の仕事の大半は日本国内向の説得や調整ばかりで、どちらを向いて仕事しているのか分からなくなります。まして日本の政治が関わる案件は報告やお伺い作業が多くなるので、やりたい人は限られます。これを一言でいうと「人材がいない」となります。

ともかくも「日本の質の高いインフラ」「強み」については模索中ですが、資源の少ない日本は輸出を伸ばしていくしかないですから、自認している実力と海外の評価の間のギャップが少しでも解消していく方向が見えることはいいことです。(追記ここまで)


「ニーズに合わせること」を、国際標準化

そんな中、日本の良さを生かし、かつ、相手国ニーズに合わせすぎることに伴う相互矛盾を解決するために、日本では、相手国のニーズの優先すべき事項の順位付を行う手法を国際規格化した「ISO TR 21245:2018」(鉄道プロジェクト計画)という規格を提案する、という手を編み出しました。

「優れた技術」を標準化することは多数決に滅法弱い日本では難しいのですが、「ニーズに合わせること」を国際標準化することはなかなか高度な作戦です。いずれこのサイトで紹介しますが、内容については現状で持っている規格化の途中段階で書いた資料(鉄道総研「RRR」誌2017年4月号、p7をご参照ください。

 

車両部品の健闘

数ある車両部品の中でも、特に、鉄道車両の海外鉄道車両の走行性能を決めているのが制御装置です。電車の場合にはインバータ(CI装置)、SIC、列車情報制御装置といった制御装置が中核となる装置でとても重要なのですが、日系メーカーの製品は高性能で、強い競争力をもっています。

 例えば三菱電機さん(※)では、これまでに35カ国の56,000両に納入しているそうで、鉄道車両としては強力なライバルである諸外国の車両メーカーからも引く手あまたなほど、きわめて強い競争力を持っていることが分かります ((出典)「三菱電機の海外交通ビジネスと規格・標準化への取り組み」より)。

海外向け製品はインターフェースの違いがあり(例えばケーブルの引き出し方向が違うなど)、電力に関する準拠規格が違う点はあるものの、性能としては日本で使用しているものと変わりませんので、日本の優れた技術を輸出する、という文脈上では大変うまくいっているといえます。車体はシンボリックではありますので目が行きますし、車体が海外製だと全く注目されませんけれどコアの車両部品は健闘していることは間違いありません。この現実について、昔の言葉では「和魂洋才」、今は「コアジャパン」と言っています。

先述の図2は、車両部品の生産又は出荷金額の推移を示したものです。車両部品(出荷額ベース)が安定的に伸びている様子が見て取れますよね。海外の新線建設需要をうまく取り込まれておられます。
 国土交通省のインフラ海外展開行動計画2018のp60では、競争力強化の方策として、こうした部品「単体での納入案件についても取組を積極化していくべき」と言い、競争力のある部品を取り上げる一方で、「車両などプロジェクトの象徴的な部分を我が国企業が受注すること」の大切さを述べ、鉄道車両にこだわりたい未練も書かれています。でも、車両電機機器を単体で納入している相手先とは、すなわち、海外系の車両メーカーさんの車両ですから、日系の電機メーカーが活躍しているということは車両の競争はより過酷になるわけで、・・・あっさりと言えるような話ではありません。

 


車体も電機機器も信号も「日本製」です。