海外の鉄道技術との比較

国内外で得た、日本と海外(主にヨーロッパ)の鉄道技術の違いを紹介します。

日本国内だけでも多種多様でまとまらないテーマなのですが、注目点を総合的に紹介し、上記「鉄道旅行」メニューに掲載のものと合わせ50件目標で展開してきます。

海外鉄道の話は興味がないと聞くだけで苦痛と思いますので、お馴染みの日本の例も挙げています。細かい点は読み飛ばしつつご一読下さい。海外では日本の技術はほぼ知られていないため、いつか、どこかで話のタネにしていただければありがたいです。

なお、内容向上のため、お気づきの点は著者((SNSの)Linkedinにご連絡ください。

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日本と海外の鉄道の違い

パンタグラフ

鉄道運行事業者

鉄道は、国ごと、路線ごとに最適な形に進化してきました。違いの背景は、鉄道の歴史や文化とも言える、とても貴重なものだと思います。

パンタグラフ

都市と都市をつなぐ幹線鉄道(mainline)の車両のパンタグラフについての違いです。地下鉄等については後述します。

この話と対になっている「架線の違い(波動伝搬速度)」については、ここ(その20)に記述しています。合わせてご確認ください。

大きなパンタグラフ

下の写真はスウェーデンの幹線(交流3kV路線)の写真です。

この写真のパンタグラフは、下半分の部材の太さは7cmと非常に太くなっていますし、長さも異様に長いです。しかし、単にこの車両が電圧が高い交流で、かつ車高が低いためパンタグラフが大きい、というだけではないのです。

パンタグラフの下枠が太いし、パーツが長いのね!

架線の高さの標準

パンタグラフに必要な大きさ=架線の高さ−車両の高さ、・・・となります。これが必要な大きさですが、パンタグラフの腕の長さは必要以上に長くて、かなり折りたたまれた状態で走行している路線があります。なぜこのような無駄が生じるのでしょうか。

 日本の場合ですが、新幹線のような高速鉄道と在来線を比べると、在来線の方が車両も線路も小さいイメージが何となくないでしょうか。? 日本では、2001年の改正により、鉄道の技術基準には基本的に数値は定めずに性能要件を規定する、性能規定化が行われています。そのため、具体的な数字は定められていません。そのため、架線の高さに基準はありません。
 一方ヨーロッパでは、車両も架線も、TSIという、非常に細かい内容の技術基準(そこから引用される欧州規格も多数ある)によって規定されています。また、TSI制定以前からある線路についても、何でもデータ化・共有化されています。例えば、RINFと呼ばれる、線路構造を事細かにデータ化するルールが作られることで、様々な鉄道運行会社の車両が、他社の鉄道線路に乗り入れられる環境整備をして、鉄道運行会社同士の競争を促すことが行われています。

 この欧州の技術基準(TSIや欧州規格)と、日本で性能規定化する以前の技術基準(普通鉄道構造規則)を比較すると、線路幅等による補正など細かくはいろいろあるのですが、大まかに比較すると、下表のようになります。

【表】架線(電車線)高さ
  高速鉄道 在来線
日本 5m±0.1m
5.0〜5.4m(旧普通鉄道構造規則)
4.2〜5.1m(現状)
欧州 5.08〜5.3m
(IEC 62486 ,TSI)
ホーム高さによる値(4.5m〜)〜6.2m(EN 50119 の5.10.5)
 

高速鉄道の場合、日本は5mほどです。欧州で採用されているIEC62486やTSIでは5.08〜5.3mですので、ほとんど差はありません(次ページに図を示します)。一方、在来線の場合、日本では柵があるなど、公衆が立ち入りにくい場所に対する例外規定によって、現在の実情では4.2m(パンタ折りたたみ高さ+40cm)〜5m程度になっています。もちろん路線や周辺環境により、場所によってまちまちです。
  欧州の在来線では、交流(電圧が高い)が多いのですが歴史的に路線による差が大きく、架線の高さは4.5m〜6.2mとバラエティに富んでおります。低い方の高さはあまり変わりませんけれど、高い方の数値(TSIで採用されている)は日本とは1m以上の大きな差があります。この差を有効に使い、座席を多くするため2階建てにした長距離列車が多く走行しています。
 
 欧州の長距離を走行する列車は、日本の新幹線のような専用線ではなく、ローカル線や貨物も走行する架線高さがまちまちな既存の線路を運転していく方式が採られています。

高速鉄道が走行する路線は安全上、上の表のように架線高さを揃えられています。しかし、高速鉄道以外の長距離列車は架線高さが違う路線を走行する可能性があるため、さまざまな高さの架線に対応できるようにパンタグラフの腕が長く、かつ、パンタが架線から離れないよう追随性が良い、守備範囲の広いパンタグラフが必要だったのです。

  一方の日本では、欧州のような2mもの架線高さのデコボコはありませんので、その車両が走行する路線の架線高さに合った必要最小限の守備範囲のパンタグラフを特注に近い形で作り、その分客室をできるだけ広くとるためパンタグラフは小さ目になります。

 ところで、中国の高速鉄道線にE2系1000番台(あさま)ベースの車両が「CRH2」として走行しています。
 中国の高速鉄道の技術規定は中国の在来線に合わせたため、架線の高さは5.5mで、日本のE2系のパンタグラフでは高さが足らず、合いませんでした。結論としては、CRH2(川崎重工業製)には、ドイツの大手パンタグラフメーカー・Stemmann Technik社のDSA250パンタグラフを調達して搭載しています。CHR2屋根の上を見ると、見た目が結構違います。

ゴツい構造

【写真1】欧州の幹線鉄道のパンタグラフ(交流)
【写真2】欧州・高速鉄道(交流25kV)
【写真3】日本の民営鉄道(※直流電車)のパンタグラフ

大きさだけではなく、欧州のパンタグラフは結構太く、ゴツい印象を受けると思います。特に下半分(下枠)は図面上70mmあり相当太いです(なお図面は市販の書籍にも掲載されています。Le matériel Moteur 2016)。

パンタグラフは、もし列車走行中の振動によって架線から離れてしまうと、パンタグラフと架線の間で放電(アーク)が起こり、アークの熱により架線が切断されるおそれがあります。また沿線騒音の発生源になるため、アークの発生率を下げることは重要なテーマです。
 そのため、架線に対してはなるべく平滑、かつ(コストと相談しつつ)風に負けないように張る技術改良を進めていますし、列車の走行中に生じる架線の上下変化に素早く追随して離線しない、「追随性」を高めることが必須となっています。
そんなパンタグラフの技術について比べてみます。


・パンタグラフの平滑性
  • 日本:沿線の騒音防止、パンタグラフの風切音減少のため、部材の形をなめらかにする技術開発を推進
  • 欧州:鉄道からの騒音があまり問題とならないため、パンタグラフの各部材の形状はゴツゴツのまま使用。

 ・パンタグラフの押上力
 架線に押し付ける力(押上力)は、パンタグラフが「中腰」状態の場合などで条件が違うのですが、おおむね以下のとおりです。
  • 日本の在来線:4.5〜6kgf、新幹線では 5.5kgf に設定。
  • 欧州:  6kgf〜9kgf。

上記の差は、離線を防止するための設計思想の差です。これについても、以下に簡単にまとめます。

  • 日本:騒音対策のため、舟板(架線に接触する板部分)は1枚で、小型軽量化を追求している。
  • 欧州:舟板は2枚(安定した構造で架線と接触をよくするため)。横幅の広い大型のもの(Euro pan)が利用される。

パンタグラフについての国際規格IEC 60494-1:2013(パンタグラフ)はパンタグラフの基本を定めており、架線に接触する「舟体」の横幅や諸元のような詳細は「IEC 62486に従うこと」としており、引用先のIEC 62486:2017では、TSIに合わせるように、横幅が1600mmの大きなTSI適合形状の舟板(Euro pan)が標準形となっています。そのため、基本的にIEC 62486に合う形状特性を持ったパンタグラフが調達されやすくなります(日本の鉄道は不利)。

【図】Euro pan

 ・架線の高さ変化
  前述のとおり、作用範囲の高さに違いがあります。

  • 日本(在来線):高架橋の下など架線が低い箇所を加えると高さの変化幅は1m程。
  • 欧州  :変化幅は2mほどあり、パンタグラフの作用範囲はより広く必要。2mが技術基準により要求されている。

相違のまとめ

上述のとおり日本では沿線への騒音防止のための工夫が進んでおります。また、路線最適なパンタグラフのために種類も豊富ですが欧州ではそこまでの騒音対策が求められません。高速鉄道では、バンク(堤防)に囲まれている場合もあります。


すり板の違い

見た目では分からない相違ですが、この際触れたいと思います。

 

列車が走行すると、パンタグラフの中でも架線と触れている部分(すり板)と、架線が擦り減っていきます。どちらかというと架線交換は高所作業となり大変ですから、現在は、日本も欧州もすり板側に柔らかい材料を使い、すり板を交換するようにしています。

新幹線の場合、2日おきに交換しています。鉄道車両等生産動態統計「修理」を見ると、「新幹線車両」が3万5千両も計上されていますが、これは(統計の定義上やむなく)すり板交換等の摩耗に対する作業が修理扱いになるためで、決して故障しやすい訳ではありません

やわらかいカーボンは電流を通し、かつ安価なためよい素材なのですが、金属に比べると電流を通しにくいことが課題でした。しかし、20年ほど前、カーボンに金属を配合して電気を流れやすくした新素材、「メタライズドカーボンすり板(カーボン系すり板)」が開発され、実用化されています。

現状でのすり板の材質は、・・・

  • 欧州では、純カーボンすり板や、メタライズドカーボンすり板(銅又は銅合金)
  •  

     ただし、メタライズドカーボンすり板の使用に慎重な国(フランス)、積極的な国(ドイツ)など、導入の積極度合はまちまちで現状では(銅又は銅合金で、AC(交流路線)35%まで、DC(直流路線)40%までとなっています。2019.2時点)

  • 日本では、カーボン系すり板ではなく、鉄系焼結合金すり板、銅系焼結合金すり板、C/Cコンポジェットすり板

ここに書いている材質や固定の仕方の違いは、見た目では全然分からないうえにすり板は全く見えません。でもこの話、続けます。

カーボン系すり板は、速度が高く電流が多く流れると、焼結合金すり板に比べて抵抗によりジュール熱が発生しやすい(日本では90℃、欧州では120〜150℃(EN50119)として設計)弱点があるため、 すり板が割れてしまう可能性があります。壊れたパンタグラフは線路周辺のものを傷つけてしまう恐れがあるため、120km/h以上の運行中に利用されるパンタグラフには、すり板が割れた場合に舟板に発生する回転力によって検知し、主バネの力で強制的にパンタグラフを降下させる、 「Automatic dropping device(ADD)」が、欧州の技術基準(TSI LOC_PAS 4.2.8.2.9.10)により義務づけられています。国際規格にもADDに必要な機能が規定されています。冒頭のスウェーデンの車両のパンタグラフにもADDが映っています。イギリスの高速鉄道HS2でもADDが義務付けられています (車両仕様書参照)。
 日本では、ADDの義務づけも実際の利用例もありませんが、国際規格とJISの整合化を進めているため、JIS E 6302にはADDが規定されるようになりました。
 また、欧州ではPPD(Pantograph Position Detection)、Overheight Detection(OHD)機能がついたパンタグラフが販売されるようになっています。

日本製の車両でも、台湾高速鉄道(700T)のパンタグラフにはADDが搭載されています。この方式は、パンタグラフのアーム部分にあえて「ウィークポイント」を設けてそこをホルダーでカバーした構造になっています。何かあった場合にはウィークポイントが破損しますので、この部分で部品が破損したことを検知し、その場合にはパンタグラフの降下指令が自動的に発出される仕組みになっています。

今後も、騒音対策や発熱による破損の防止をテーマとして、日本・欧州ではさまざまなパンタグラフの技術開発が進められていくと思います。

 

まとめ

パンタグラフの大きさの差は、列車が走行する線路(架線高さ)の歴史的なインフラの違いに起因しています。欧州の高速鉄道以外の鉄道車両では、2mの架線高さの変化に対応できることが必要となっており、パンタグラフは大型化します。

また、沿線騒音問題がある日本ではパンタグラフの平滑化や軽量化が進んでいますが、運行頻度が少なく土地も広い欧州では騒音問題が少ないため、パンタグラフには丈夫さが重視されていることから見た目上太くてゴツい印象のものとなります。

こうした違いは技術力の差ではなく、ニーズの差です。