欧州の鉄道技術・日本の鉄道技術
【IRIS(RQMS)】-1 IRIS認証(国際鉄道産業標準) 概要と要点

IRISについて

スキームオーナー

認証機関

まずIRIS(国際鉄道産業標準)の概要を紹介します。

品質に関する規格としてはISO 9001(QMS)が著名です。これほど著名なISO 9001の認証制度ですが(私もISO 9001審査員)、認証制度自体については規格に書かれておりません。認証制度は、ISO 17021という認証の行動原理を律する規格に基づいて、ISO 9001への適合/不適合を判断していくことで、世界中で利用されています。
 一方ここで紹介するIRIS(国際鉄道産業標準)は、ISO9001に、信頼性などの鉄道部門の特有の事情に合わせた「セクター規格」であるISO/TS 22163に対して、認証を行う制度です。「認証」といっても公的なものではなく欧州鉄道産業連盟(UNIFE)が構築したプライベートな認証です。
  同様の構造のセクター規格としては、自動車分野の品質に関する認証「IATF 16949」が有名です。

IRISやIATFに共通するのは、認証機関を決める「認定」を行う機関、すなわちスキームオーナーが業界団体であり、認定に中立性を要求するISO/IEC 17011の枠外にある点です。一方のISO 9001(QMS)では認定機関はISO/IEC 17011に適合する機関であり、運営には中立性が確保されていますから、ルールメイキングの点では鉄道のIRISや自動車IATFでは、より機動的に動ける点に非常に大きな違いがあり、実際、認証制度改善をみているとビジネスライクな感じがします。
 だからといって中立性が無い、ということではなく、スキームオーナーは利害関係者を参集した会議体を設けるなど工夫はしておりますが、ISO 9001と比べると認定機関の裁量の幅が大きい(可能性がある)と言えます。

【図1】IRIS認証のスキーム
【図2】ISO 9001(QMS)認証のスキーム

IRISで審査を行う基準は、ISO/TS 22163です。これはRailway Quality Management System:RQMSと略されるため、要求事項の部分をRQMS、RQMSに書かれていない認証制度については、スキームオーナーの呼び方に従った「IRIS(International Railway Industry Standard)」という呼び名が広まっています。開発者によると、UNIFEの本部のあるベルギー・ブリュッセル市の市花であるアイリスにちなんでいるということです。

メリット・デメリット

IRISについて「品質管理を外部から認めてもらっても意味がない」、という批判があります。
しかし、これは一面的な意見です。逆の観点から、すなわち製品を買う立場(発注者側)の視点からみれば、コストをかけてわざわざIRIS(RQMS)認証を受ける理由が見えてくると思います。

まず、IRISの最大の存在意義を確認したいと思います。

IRISの最大の目的は、製品を買う側が、自らわざわざ相手工場の監査に行かずに一定の品質監査を済ませられることです。通常、ある程度値が張り、重要な部品等を調達する場合には、その部品が納入される前に1度は必ず相手の工場に足を運び、製品の検査の他に、製造工程の監査に行っていますよね。

例えば鉄道事業者は、鉄道車両を購入する前に車両メーカーを監査しますし、その車両メーカーも、車両部品の製造メーカーに対して監査を行っています。

重要な部品であれば自分自身で監査すべきですが、1回の監査で相手工場すべてを見ることは難しいですし、調達先(サプライチェーン)が広ければ広いほど、例えば世界中から部品・資材を調達しているならば、とても全調達先工場を見ることは難しくなります。

そんな忙しい調達者になりかわって工場の品質監査を行うものがIRISです。IRIS認証書を提出させることで、サプライチェーン全体の品質を確認することが可能となるため、調達者にとっては便利なツール、と評価される訳です。

欧州企業が発注する鉄道案件について、発注元から「当社が行う、製造ラインの品質監査を受け入れること。ただしIRISの認証書の提出がある場合はこの限りではない。」・・・という発注条件が付くそうです。IRIS認証があれば、お客さんの品質監査が省略又は簡素化されるのですから、メーカー側としてもIRIS(RQMS)認証を持っていた方がいいという判断になるわけです。

また、IRIS認証は欧州鉄道庁が作成している、車両の技術基準(Rolling stock- Locomotive and Passenger(LOC&PAS TSI))に付属する解説書(ガイドライン)においても、言及されています。車両の技術基準では、車両の使われ方によりハザードレベル分けした上で、耐燃焼性等を定めているのですが、そんな材料の特性が、製造プロセスの変化によって品質が変わっていないかどうかを証明することを求めています。同じ材料を使っていても製造プロセスが変わると、性能が変わってしまうおそれがあるためのようです。

性能が変わっていないことの証明方法として、ISO 9001 又はIRIS認証により確認することが例示されています(4.2.10.2.1 素材への要求)
 もしも、このような認証書による確認ができないとすると、1年おきか半年おきに、車両材料の素材や製造手順が変わっていないことを確認しに行かなければならなくなりますので、認証書で代替することで削減できるコストは大きいと考えられます。

以上のことから、調達側(買う側)と、販売側(売る側)のメリット・デメリットを考えてみました。なお、品質認証は、何もIRIS(RQMS)である必要はありませんし、品質に関する企業名を冠したプログラムは他にもあります(ボーイング、トヨタ、IBMなど)。ですが、社会的に認知されていないような制度や企業名ではそもそも通用せず話になりませんので、相手に通じるくらいの知名度がある場合の、メリット・デメリットだとお考え下さい。

調達側におけるメリット・デメリット

メリット デメリット
品質監査コスト減
(費用及び時間)
IRIS認証未取得のメーカーにIRIS認証を要求する場合、認証取得費用が上乗せされる
サプライチェーン全体の品質の均質性を保てる 鉄道分野製品のシェアが低いメーカーは、IRIS認証に対応しない。
自ら行う品質監査にメリハリがつけられる IRISは万能ではないため、自ら品質監査を行う必要性は残る

 

受注側におけるメリット・デメリット

メリット デメリット
品質監査を受ける機会減少、コスト減 認証コストは必要
さまざまなサプライチェーンに参加する機会の拡大、受注の拡大 高い品質管理能力があっても、正しく評価されなくなる
一定品質があることを対外的に示す効果がある ライバル社との品質面の比較優位性が低下する
(価格面だけを比較されかねない)

デメリットに挙げた中でもとりわけ大きいのは、上の表中の黄マーカーで示している、比較優位性の低下だと思われます。例えば、他社よりも高い製品品質があるとしても、IRIS認証取得、という点では、最低合格ラインにある工場と同列ですので、同じレベルに見えてしまう(比較優位性の喪失)わけです。もっとも、IRIS自体もその効果も狙って標準化している面があるため、既に術中にはまっているとも言えます。

著名な「ミシュランガイド」の東京版が発行された2007年に、「日本料理がミシュランに理解できるか!!」と話題になったことがありますが、IRISにも同じような批判がでています。

ならば、もしIRISよりもワンランク上を行く品質認証制度を新たに作ればこの術中から抜け出すことができると思われます

・・・ですが、少し上の要求事項が書けるかどうかが第一ハードルでしょう。また、調達側からすると、より広汎に使われている制度を使ったほうがより選択の幅が広がるため、新たな品質認証制度を敢えて使うメリットがあるかどうかが第二ハードルだと思われます。つまり、例えるならばせっかくミシュランガイド的なものを作っても、誰にも読んでもらえないならばどうしようもない、という話です。

わざわざ品質認証制度を作ることのデメリットは、そのための「維持運営コスト」、「知名度が低い認証をわざわざ取る意味がない」、「(メーカーには)2つの認証を維持するコストがかかる」・・・ということはかなり明確だと思いますので、もし日本にとって納得できる内容の、新しい品質認証制度完成した場合のメリットについて下表に列挙します(下表)。

IRISを上回る制度(新品質認証)が完成した場合のメリット

発注者(鉄道事業者)にとってのメリット 受注者(メーカー)にとってのメリット
IRIS以上の水準の品質の製品が調達できる 製品品質が、より正当に評価される。
新品質認証を得たメーカー内から、広く調達が可能 新品質認証の水準に達しないメーカーとの
不利な価格競争が回避できる
より品質の高い製品が調達できることが期待される IRISを上回る品質水準だと対外的に示す効果があり
受注機会の増大になる

 

認証機関の手の内

話を、IRISに戻します。

ところで、私はQMS(ISO 9001)審査員なのですが、品質マネジメントに関する規格の要求事項には、多数の「○○を確実にしなければならない。」という要求事項が挙げられています。

では、確実にする、とはどの程度なのでしょうか・・という点はなかなか判断が難しいところです。そのため、審査を行う際には逆の言い回しをします。すなわち「もし○○が出来ていない場合にはどうしますか?」と質問することで、○○が出来ていない場合の手順がきちんと工場の従業員の方に理解されているかを確認します。もし「出来ないなんてこと、ありませんよ」又は「できない場合の手順がない」という答えが返ってくるようなら、出来ない場合を防ぐ手順がしっかりしていない、すなわち「確実にはなっていないかも」、と考えるわけです。

一方、IRIS(RQMS)認証を受けようとする場合には、何がどこまで出来ていればいいかという、何をもって「確実」とするかが事前に明らかになっています。図1の「Audit Tool」には、その採点基準や致命的な要求事項かどうかなどが書かれていますので、認証機関が何をもって不適合、何ができれば適合とするかという水準が認証審査前に具体的に把握できるので、ISO 9001等と比べて有用な情報が公開されている訳です。
 このような採点基準を示すことはその認証をとるための「指南書」となることから、これはISOの「審査の中立性(コンサルタントの禁止)」に抵触すると考えられています。そのため、ISO 9001のようなISO枠内の認証制度では、こんな情報が公表されることはあり得ません。採点制(成熟度)とその公開をしている点はプライベートな認証スキームならではの特徴だと言えます。

このような認証の指南書が明らかになっているにも関わらず、メーカーにおいては認証取得に苦労した(している)という話を聞きますので、その理由について、一般化した形で次のページで紹介します