このページでは、私が見て、聞いて、食べて思い出したことを紹介したいと思います。
子供の頃の思い出、大人になってからの思い出や経験など、短い作文を書いてみました。
最近は外歩きもかなり寒いと感じるようになりました。まだインフルエンザの話は聞きませんが、
風邪ひきさんは結構見かけます。気をつけないと。。。
やっぱり自分は、相手にとって都合よく使われているだけの存在なのかもしれない
と真剣に思うようになった。
崩壊寸前。
2006年11月7日(火)
ニュースの特集で、不法滞在の一家に対する在留特別許可申請をめぐる話題が放送されていました。
最近、不法滞在の外国人に対する在留特別許可を許可するケースが昔よりは増えているようです。
この在留特別許可が許可されることについては、最初から合法的に日本に滞在し、異文化の中で勉学
に励んだり、また就職して日本人の職員との摩擦にも上手く折り合いをつけて頑張っている外国人に
とっては、様々な言い分があるようです。
「最初から不法滞在するつもりで日本に来て、やれ日本人と結婚したから、子供ができたからビザを
くださいとか、不法滞在の外国人どうしで子供は日本で生まれたから親の国の文化を知らない、言
葉を話せない、だから今さら国に帰れない。だからビザちょうだい、というのはどうかな?」
手厳しい意見です。
チェチリアは、双方の言い分がわかるような気がします。
でも、あえていえばどちらよりの意見に賛成か?というのは、書かないことにします。
さて、チェチリアには日本人の子供の里子がいます。この子を連れてこの夏インドネシアへ行きまし
た。
この子は、それまでは日本でインドネシア人に出会うとか、日本でインドネシア語を聞いていた、日
本でインドネシアの食べ物を食べていたという程度にしか、インドネシアとの接点がない子供です。
外見はもちろん日本人ですから、インドネシアの雰囲気は全くなく、言葉も日本の学校に通っていま
すから日本語ネイティブです。
この子が初めてインドネシアの国を自分の目で見て、生活して感じたことは、おそらく不法滞在ゆえ
に親の国の姿を知らずに育った日本生まれ、日本育ちの外国人の子供に似たようなところがあるので
はないか、と思います。
「あぁ〜、インドネシア語だ。だけど、なんて言ってるの?」
「インドネシアは日本と違って、なんだか知らないけど、町中に乞食がいる。恐い。」
「子供で乞食がいるけど、親はどうしている?働かないのか?もらってばかりじゃ、全員ダメになる。」
「奇形児が生まれたらしいけど、日本やアメリカなら何とか手術できそうだけど、インドネシアだか
ら無理。かわいそう。」
「インドネシアの乗り合いバスは、どこでも止まってくれるから便利だなぁ〜。」
「水道水が飲めないっていうのは困るなぁ〜。」
「友達の家は風呂が水だって。寒い。あり得ない。このアパートはお湯でよかったぁ〜。」
「なんだか食べ物が油だらけ。体に悪そう。」
「全体的に汚く見える。」
「外の空気が臭い。吐き気。」
などなど、子供の目から見えたインドネシア像は、情け容赦なくインドネシアをバッサリ斬りたおすも
のが多い。
とは言え、チェチリアの仕事の都合で、里子はインドネシアの現地校に通わざるをえない環境に置かれ
ました。
向こうに住む日本人の中には、
「そんな現地校ではなくて、インターナショナルスクールに通わせたらいいのに。オーストラリア系や
アメリカ系のインター、ありますよ。」
という人もいましたが、自分がインターナショナルではないのに、何を勘違いして子供をインターナシ
ョナルスクールに通わせるのか?と思ったので
「どうせインターナショナルスクールに行ったって英語が出来ないのだから授業がわからない。同じ
わからないなら、インドネシア人の子供と一緒の現地校でいい。インターナショナルスクールはどこに
でもあるけど、インドネシア人の子供が行く学校はインドネシアだからある。」
というのがチェチリアの結論でした。
アパートから最寄りの私学で、プリブミが多いミッションスクールに入れました。
訳もわからずに、子供にしてみれば行きがかり上、毎日、同じ年格好の子供と生活すること1ヶ月。
おそらく小さな衝突、大きな衝突が毎日あっただろうと思いますが、子供は子供なりにその環境に適応
すべく努力していたようです。
アパートでの生活でも、メンテナンスの人に用を言い付けに出すと、出来ないはず?のインドネシア語
でちゃんと用を足してくる。
シナリオにない展開をするメンテナンスの職員とのやり取り。
「ケンタッキーの宅配は電話何番?って聞いたら、ケンタッキーはわかんないけど、マクドナルドなら
あるって言ってた。どうする?」
「プロパンガス、頼んで来た。で、55000ルピアとかいってた。Lima puluh limaって55000だよ
ね?先にお金もってこいってことかな?で、何本欲しいかって聞かれたけど、どうする?」
「今日の夜の飛行機で日本に帰るから、昼前に私が学校に行って、クラスのみんなと写真をとってあげ
るね。」
といって、送りだした帰国する日の朝。
約束通り昼前に学校へ行き、校長先生に撮影許可を求めようと職員室へ行き、その旨伝えようと途中ま
で話すと、
「あぁ〜、お子さんから聞いていますよ。写真ですよね。担任にも伝えてありますから、どうぞ自由に
とってください。」
と、話が既に通っていました。
「どうやって伝えたのか?友達が通訳した?なんだかわからないけど。。。」
子供は確かに慣れない環境に放り込まれると、しばし呆然とするのです。
でも、うまくフォローすれば柔軟に適応していくこともあるのです。なんでも最初から無理だと決めつ
けずに、ときに厳しい選択肢を選ぶことも、長い人生には大きなプラスになるかもしれません。
チェチリアはこの子供に関しては、あまり手を出さずに、とにかく自分で折り合いをつけて、その中でや
って行くことを知って欲しかったのです。
「あぁ〜、Bisa bahasa Indonesia?(インドネシア語できる?)って聞かれたって、オレ、Tidak bisa.
(出来ない)に決まってるだろ〜〜〜〜。」
と言ってたことがありました。
「Tidak bisa.だってなんだって、できなきゃ困るでしょう!この国でやって行くにはできないじゃすまない
でしょう。出来なかったら、おやつも買いにいけないでしょう。それじゃ、自分が一番困ると思わないか?」
と、からかい半分に言ってみると、
「そうなんだよな。それが問題だ。。。だけど、とにかくBerapa?(いくら?)がわかれば、どうにかなるか。」
子供の視線で考えた『折り合う』方法の1つがこれでした。
できることしか出来ないから、できることの中で何とかしよう、、、そのくり返しが、やがては大きな成長をみ
せることを、この夏の体験から私自身が学びました。
連休も終わりますね。
最近、かなりオヤジモード。休みの日は疲れる。。。
だから寝ていようか、と思ってダラダラ過ごしてしまう。
生産性がない日々。