このページでは、私が見て、聞いて、食べて思い出したことを紹介したいと思います。
子供の頃の思い出、大人になってからの思い出や経験など、短い作文を書いてみました。
【2003・3】【2003・2】【2003・1】【2002・12】【2002・11】【2002・10】【2002・9】【2002・8】【2002・7】【2002・6】【2002・5】【2002・4】
【2002・3】【2002・2】【2002・1】【2001・12】【2001・11】【2001・10】【2001・9】【2001・8】【2001・7】【2001・6】【2001・5】【2001・4】
【2001・3】【2001・2】【2001・1】【2000・12】【2000・11】【2000・10】【2000・9】【2000・8】
夕飯に、塩雲丹を食べました。母が送ってきたのです。食べながら、ふと思い出しました。
小学3年の時、入院したことがあるチェチリアは、病院で出される食事に、勝手にオプショ
ンで塩雲丹を付けて食べていました。買ってきたのは父で、病院側も何も言いませんでした。
ところが、つい最近骨折して入院した子供のお見舞いに行ったら、お菓子類も含めて、いっ
さいの食品持ち込み禁止でした。
昔は、入院といっても、寝る場所が家から病院に移ったくらいにしか思っていませんでした
が、今は、完全に管理されているんですね。
この頃、方言ブームなのかな?沖縄の琉球語のブームに続いて、なぜか青森や秋田の方言も
テレビでしばしば聞かれるようになりました。有名な”大きな古時計”の歌詞がなぜか、東
北の方言に訳され、歌われてますね。
日常、外国語を使って生活するチェチリア。最近、母語ではない言葉での生活に疲れを感じ
ています。だれにとっても、母語が一番リラックスできるのかな。。。
昨日は一日働いて、帰宅したら足が重たいし、体もだるいし。ぼーっとしながら朝に使った
食器を食器棚に片付けていた時。気にいっていたコーヒーカップを割ってしまいました。
「あ〜!」
と思った時は、
「カチャ〜〜〜〜ン」
という音。
そのコーヒーカップは5客セットだったのですが、10年以上も前に、夜中にかなり大きな
地震があり、流しに出しっ放しにして寝たので上から落下した物にあたって、1つは壊れ
てしまいました。その壊れたカップの絵柄は、5つの中で一番好きなものでした。
昨日、割ってしまったのは、その次に好きな絵柄だったのです。
そのかけらを片づけながら思い出しました。
昔、母が大切にしていた大きな皿を洗っていた時、手がすべってその皿を割ったらしのです。
「あ〜!」
というので行ってみると、皿が割れていて、それを片づけながら母が泣いていました。よほど
気にいっていた皿だったのでしょう。
この頃、注意深く聞いていると、「あれ?」と思う言葉遣いがよくあります。
ある日の焼肉やさんで、あいた皿を下げてもよいか店員さんに聞かれた時のことです。
「お客さま、あいたお皿を、お下げしてもよろしかったでしょうか?」
と言ったのです。
「よろしかったでしょうか?というのは、正しくは、よろしいでしょうか?じゃないのかな?」
と思ったのです。
それから、そう日が経たないある日の夕方。駅ビルの食品売り場で、店員さんがお客さんに、
「お客さま、お後はよろしかったでしょうか?」
と聞いているのです。
最近は、何でも過去形にしてたずねるのだろうか?と疑問に思いました。
いつの時代にも、流行り言葉はあるけど、この過去形表現にチェチリアはと違和感があります。
子供の頃も、学校での流行り言葉があり、それを家で使って両親に注意されたことがありますが、
世代によって、流行り言葉から受ける印象が違うのだ、と、二つの出来事を通しで感じました。
今日は天気もよく、風もそこそこにあるので洗濯をしました。チェチリアは、料理はあまり好きではあり
ませんが、洗濯は大好きです。友達が、
「チェチリア=いつも洗濯している、というイメージがある」
と言っていましたが、本当に洗濯が好きです。
一時期、洗剤にもこったことがありました。アメリカ製の洗濯洗剤ですが、香りが好きでしたので好んで
使っていました。ただ、輸入品を扱うお店にしか売っていないことや、値段が日本の洗剤の何倍もするこ
ともあり、この頃は日本製の洗剤を使っています。インドネシアの洗剤や石鹸もそうですが、外国の洗剤
などは、日本にはない香りがします。
今日は天気がよかったので、久々に部屋を片付けました。チェチリアにとっては大掃除。片付けると、結
構たくさんのゴミが出るものですね。ゴミになると思わないようなものでも、片付け作業をしていると捨
てるものが意外と多いことに気づきます。
作業をしながら、子供の頃、新学期が始る前に古い教科書やノートを整理して、本棚に新しい教科書を並
べたことを思い出しました。
チェチリアの小学校時代は、2年に一度のクラスがえでした。担任の先生も転任しない限り、そのまま持ち
上がり。
という状況が、新年度を迎えても、昨年度消化していなければいけないはずの教科書を持ってくるように言
われ、進級しても古い教科書で勉強したことも思い出しました。
昨日の冷たい雨で、桜もだいぶ散ったことでしょう。日本の会社や多くの学校では、新年度を迎える4月。
みんなが気分をあらたにする時です。
チェチリアの小学1年生の入学式の朝は、雨だったように記憶しています。
国語の時間。一番始めに習ったのは、「あさ」でした。
教科書に、「あさ」と書かれてあって、真っ赤な朝日の絵が印象的でした。ひらがなを覚えるのに、何度
も何度も同じ文字を書いて練習しました。子供だから面倒だなどと思わずに、くり返しくり返し練習した
んだろうな、と思います。
担任の先生が、毎日宿題を出しました。
「ことばあつめ」と称して、例えば、”あ”で始る単語を5つ書いてくるのです。そのうち、漢字を覚える
と、習った漢字が使われている単語を5つ書いてくるのです。怠けてやってこない人は、先生のおしおきで
した。といっても、検印用のスタンプで頭をコツンとするのですが。
当時は、体罰!と訴える親もなく、親も子も教師も、お互いの許容範囲だったのでしょうね。