このページでは、私が見て、聞いて、食べて思い出したことを紹介したいと思います。
子供の頃の思い出、大人になってからの思い出や経験など、短い作文を書いてみました。
【2004・3】【2004・1】【2003・12】【2003・11】【2003・10】【2003・9】【2003・8】【2003・7】【2003・6】【2003・5】【2003・4】【2003・3】【2003・2】【2003・1】
【【2002・12】2002・11】【2002・10】【2002・9】【2002・8】【2002・7】【2002・6】【2002・5】【2002・4】【2002・3】【2002・2】【2002・1】【2001・12】【2001・11】
【2001・10】【2001・9】【2001・8】【2001・7】【2001・6】【2001・5】【2001・4】【2001・3】【2001・2】【2001・1】【2000・12】【2000・11】【2000・10】【2000・9】【2000・8】
今日はたまねぎのみじん切りをして左の人さし指の爪もみじん切りの犠牲になりました。
指まで深く切れていないので血は出ませんでしたが、爪を深く切った時のような感じでいや〜な気分。
切れ味が悪い包丁は指がよくきれるようで。。。
最近、卵を食べると体が痒くなる。子供の頃は卵を食べると痒くなるのであまり食べれなかったけど、
成長とともに治まって普通に食べていたのに、また卵アレルギーが復活?
アレルギーといえば、チェチリアはマンゴーも食べれない。そばにあるだけで痒くなる。都会生活が
長くなると、体がどんどん軟弱になっていくのかなぁ。
午前中、外出しました。ここ数日間、家にこもりっきりの生活でしたので、久々に触れる外の空気は
新鮮でした。都会の排気ガスっぽい空気でさえ、家の中では感じ得ない気持ちよさでした。やっぱり、
引きこもりはよくないですね。
今日は暖かい日で、太陽のひかりもやんわりと心地よいお天気でした。春の暖かさを感じました。
教会では、今日から復活祭(イースター)に向けて、四旬節にはいります。イエズス様の受難を思い、
また、洗礼をうけようとする人は最後の準備期間になるのです。今日の御ミサの説教で、神父様が、
「教会ではこの時期を四旬節と言っていますが、私が育った長崎では、昔からこの時期を”悲しみの
季節”と呼んでいました。この時期を適格に表現する言い方ではないかと思います。」
とおっしゃっていました。
今日のような灰の水曜日には、カトリック信徒は、一回の十分な食事(他は少なくすると言う意味で
の断食)と、肉類を食べないことを守る日とされています。
断食というと、イスラム教徒のする断食を思い浮かべるかも知れませんが、カトリックでいう断食と
は、イスラムのそれとはちょっと異なります。
一回の食事以外は量を減らし肉類を避けるというものでさえ、まわりに信仰を同じくする人が少ない
日本のような環境では、案外、簡単なことのようで、難しいものです。
そんな風に考えると、国を離れて信仰生活を送るイスラム教徒はすごいと思います。
チェチリアは、今日守るべきこの大斎、小斎を考える時、ふと異なる環境で生きるイスラムの人の強
さを考えさせられました。
夕方、100円ショップで買った窓ガラスの掃除モップを使って、ガラス磨きをしました。
予想以上にきれいになったので満足。
小学生の頃、学校で掃除の時間は、教室の掃除、窓ふき、廊下、など、分担されていて、一番楽な
のは窓ふきですが、一番成果がわかりやすいのも窓ふきでした。
さぼっていると窓はくもっているし、一生懸命やるときれいに透き通ったガラスに変身。
どこの掃除当番になっても、もともと掃除が嫌いなチェチリアは、どちらかというと、適当にさぼっ
ている方だったように記憶しています。
夕べはとても疲れて、早々と寝てしまいました。この頃、不眠症になりかかっていたようで、一昨
日は朝まで寝られないまま午前中に用事があって出かけたので、その疲れかもしれません。
都会生活では、様々なストレスを抱えて生活している人が多いようで、重症な不眠症に悩む人も多
いでしょうね。
子供の頃、眠れない原因は、翌日、学校で行事がある日くらい。楽しみで眠れないというお気楽な
ものでした。
やらなければいけないことはあるのに、一つの大きな仕事のゴールが見えてきた途端に、燃え尽き
症候群とでもいうのか、気が抜けた感じになって、結局、何もしないまま過ごしてしまいます。
大人になって時々、燃え尽き症候群のような症状を体験しますが、こどもの頃はこんなことを体験
した記憶がありません。
子供の時の方が合況行事も多く、それに向けての練習もし、本番を迎えて、、、という連続だった
のに、一つが終わると、
「はぁ〜〜〜。」
と気が抜けてぼーっとした、などということはなかったです。
体力と意欲が、燃え尽きない原動力になっていたのでしょうか。
子供の頃は、学校が休みだと何をして遊ぼうか、そればかり考えていましたが、大人になったら、
休みの日に遊ぶことを考えるよりも、寝てよっと、、、と休憩を優先するようになっている自分
に気づきました。
時間に追われる仕事が続く時はなおさらです。
今週末はバレンタインデーということで、お菓子の売り場はバレンタイデー用にいろいろなチョコ
レートが並んでいます。
でも、気のせいか、あまりお客さんで賑わっている感じがしません。
バレンタインデーに女性が男性にチョコレートをあげる習慣は、他の国ではあまりやらない習慣の
ようです。
日本は外国の習慣、文化を何でも商売にするのが得意な国かもしれません。
ハロウィンにはカボチャのお菓子を飾り、クリスマスにはケーキが溢れ、バレンタインデーにはチ
ョコレート、イースターが近くなると、ウサギの縫いぐるみ。なのに、それらが休日になるわけで
もない。
本来、それぞれの意味を理解して祝う習慣がある国の人が見たら、世にも奇妙な国ニッポンに見え
るかもしれませんね。
自分が7、8歳の頃のことをどのくらい記憶しているだろうか、とふと考えたチェチリア。あたらめて
思い出そうとしても、ほとんど記憶にないことに気づきます。
覚えていると言えば毎日の宿題で、「ことばあつめ」と、弟が生まれたことくらいでしょうか。
ことばあつめというのは、国語の教科書の欄外に書かれてある新出単語や新出漢字を使った言葉を5つ
ずつ探して、ノートに書くのです。
毎朝の学活で先生が点検して、宿題を忘れると検印で頭を叩かれる、という今、思えば問題になりそう
なことですが、当時は「いやだなぁ〜」くらいに思ったバツでした。
本当は、毎日いろんなことをしていたはずなのに、どうしてこうもきれいさっぱり忘れてしまっている
のでしょう。
昨日は節分でした。といっても、散らかるのがイヤなので我が家では豆まきをしません。子どもの頃は、
家でも豆まきをして、それを拾って食べました。
幼稚園の頃は、節分の近くになると画用紙で豆を入れるマスを作って、園内で豆まきをしました。
当時は落花生と飴を混ぜて先生たちがまいていました。
節分が終わると、お雛祭りの昼食会という行事があって、それが終わると卒園式。子ども時代の2月、3
月は行事がいっぱいで楽しかったです。
大人になっても、本当はできる季節の行事がたくさんあるのですが、チェチリアはついつい、忙しいと
言い訳をして省略してしまいます。