歌合戦:出場歌手 高田みづえ


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高田みづえ:昭和52、53年、54年〜59年

 高田みづえの代表曲として思いつくのは、

くらいだろうか。 歌合戦ではこの3曲は当然歌唱済み。

 オリコンのデータを見ると、実はそれ以外にもヒット曲が多いことに驚く。 昭和53年の歌合戦で歌唱した「花しぐれ」はザ・ベストテンに初めてランクインした曲なので、それなりにヒットした曲だろうとは思っていたが、昭和56年の「涙のジルバ」がわずかに10万枚に届かなかっただけで、昭和57年の「ガラスの花」など地味な曲(谷村新司作曲)でも10万枚を突破している。 さらには落選した昭和54年にも「潮騒のメロディ」という20万枚を突破するヒット曲をリリースしている。

 彼女とデビューが同期で知名度・人気度では彼女を上回る存在だった榊原郁恵は歌合戦に6回出場しながら、「夏のお嬢さん」と「ロボット」しか10万枚を突破したヒット曲を歌っていないのとは対照的。

 最後の出場となった昭和59年(引退の前年)の歌唱曲「秋冬」も10万枚を突破するヒット曲。 当時はまだ翌年の結婚引退の話は出ていなかったと思うが、紅組司会の森光子から「みづえちゃんにとって、忘れられないステージになると思います」と紹介されている。 高田みづえも感極まった歌唱となり、私の母は「なんか下手な新人が歌っている」と思ったそうだ。

 そう、彼女は歌合戦になるとメイクに張り切りすぎてぱっと見では判別できなくなることがあった。 似合っていないという意見もあった。

 個人的にはラストシングルとなったさだまさし作の「カーテンコール」も歌合戦の舞台で歌って欲しかったが、ラストシングルでなければ作られなかった曲だろう。 引退した昭和60年には残念ながらヒット曲は生まれなかったため、キャンディーズや、山口百恵のように引き際のタイミングとしては良かったのかもしれない。

 しかし、引退したとき彼女はまだ25歳。 歌合戦の出場は途絶えたかもしれないが、歌を続けて30代、40代の歌声を聴かせて欲しかった気もする。

最終更新 2006年11月18日