思い出の紅白歌合戦
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NHK衛星放送では、平成15年まで、年末に「思い出の紅白歌合戦」として過去の歌合戦を毎年数本放送していました。 私がこの番組に気付いたのは平成5年なので、それ以前は新聞のテレビ欄からの写しになりますが、これまでに放送された歌合戦は次の通りです。
| 年 | 放送された回 |
|---|---|
| 昭和61年 | 第26回(昭和50年) 第27回(昭和51年) 第30回(昭和54年) |
| 昭和62年 | 第24回(昭和48年) 第27回(昭和51年) 第28回(昭和52年) 第33回(昭和57年) 第34回(昭和58年) |
| 昭和63年 | 第24回(昭和48年) 第30回(昭和54年) |
| 平成元年 | 第14回(昭和38年) 第16回(昭和40年)→全編モノクロ 第17回(昭和41年)→映像の乱れる部分を一部カット 第23回(昭和47年) 第26回(昭和50年) 第31回(昭和55年) |
| 平成 2年 | 第24回(昭和48年) 第30回(昭和54年) 第36回(昭和60年) |
| 平成 5年 | 第14回(昭和38年) 第24回(昭和48年) 第29回(昭和53年) 第33回(昭和57年) 第37回(昭和61年) |
| 平成 6年 | 第25回(昭和49年) 第27回(昭和51年) 第31回(昭和55年) 第35回(昭和59年)→エンディングを一部放送終了後に差し替え |
| 平成 7年 | 第30回(昭和54年) 第32回(昭和56年) 第34回(昭和58年) 第36回(昭和60年) |
| 平成 8年 | 第14回(昭和38年)・第16回(昭和40年、カラー)→まとめて1回分の放送時間で 第23回(昭和47年) 第28回(昭和52年) 第33回(昭和57年) 第38回(昭和62年) |
| 平成 9年 | 第24回(昭和48年) 第37回(昭和61年) |
| 平成10年 | 第25回(昭和49年) 第37回(昭和63年) |
| 平成11年 | 第29回(昭和53年) 第34回(昭和58年) |
| 平成12年 | 第20回(昭和44年) 第30回(昭和54年) |
| 平成13年 | 第14回(昭和38年) 第28回(昭和52年) |
| 平成14年 | 第17回(昭和41年) 第37回(昭和61年) 第40回(平成元年)→第2部のみ 第49回(平成10年) |
| 平成15年 | 第19回(昭和43年) 第36回(昭和60年) |
| 令和 6年 | 第22回(昭和46年) |
| 令和 7年 | 第20回(昭和44年) 第14回(昭和38年) 第20回(昭和44年)→モノクロ映像をカラー化 |
昭和61年は「あの時・あの歌思い出の紅白歌合戦」、平成元年は「懐かしの紅白歌合戦」というタイトルでした。
また、「懐かしの紅白歌合戦」は午前6時に始まり、7時からニュースを挟むという朝に弱い視聴者、ビデオに録画しようとしている人泣かせの放送時間でした。
令和6年は衛星放送ではなく地上波で『懐かしの「NHK紅白歌合戦~第22回(リマスター版)」として前編後編と2日に分けて放送されました。
令和7年は第20回は地上波で『懐かしの「NHK紅白歌合戦~第20回(リマスター版)』として、第14回は衛星放送で『懐かしの「NHK紅白歌合戦~第14回(リマスター版)』、カラー化した第20回も衛星放送で『カラーでよみがえる懐かしの「紅白歌合戦」~第20回~』として放送されました。
平成14年はハイビジョン放送で「ハイビジョン紅白アンコール」というタイトルでハイビジョン放送の歌合戦が再放送されました(表の下段)。 このうち第49回は、前半戦と後半戦をニュースを挟まずに放送したため、放送当日にあった、「このあと5分間のニュースを挟んで…」といった前半戦終了時のシーンがカットされていました。
昭和の紅白は放送時間が大体2時間45分、「思い出の紅白歌合戦」も放送時間は2時間45分なのでノーカットかと思いきや、「思い出の紅白歌合戦」というタイトルやエンディングもあるので、少しだけカットされます。
平成15年は「思い出の紅白歌合戦」の放送時間が2時間50分となり、ノーカット版での放送となった模様ですが、この年で「番組の役目を果たした」という理由で放送終了となりました。
過去の映像が全て残っていたらうれしいのですけど、残念ながら保存されているのは第14回(昭和38年)と第16回(昭和40年)以降です。
第17回(昭和41年)から第20回(昭和44年)と第22回(昭和46年)は、歌合戦で白組司会を務めていた宮田輝(当時NHKアナウンサー)が自宅で録画していたビデオテープがベースだそうです(平成14年に放送された第17回については、別の家庭から提供されたビデオテープも合わせてカットなしの放送となりました)。
第22回は「思い出の紅白歌合戦」での放送はありませんでしたが、中盤を除いた前半1時間ほどと終盤40分ほどがNHKアーカイブスで公開されています(インターネット上での公開ではなく、施設内で視聴できるという意味です)。
第21回(昭和45年)は、当時海外在住の日本人に歌合戦を見てもらうために映像をフィルムへコピーしたもの(セピアがかったカラー映像)がアルゼンチンで発見され、古い歌合戦の映像を振り返る番組で使われています。
今のところ、全編ではないにしろ映像が残っていながら放送がないのは第18回(昭和42年)、第21回(昭和45年)です(第18回は、ウィキペディアによれば画像の乱れが激しいところを一部カットして放送されたことがあるようですが)。
個人的には、第12回(昭和36年、白組:坂本九さんが「上を向いて歩こう」で初出場、泣いていたらしい)や13回(昭和37年、紅組:吉永小百合さん初出場)の映像が残っていたらぜひとも見てみたかった…。
なくなったイベント
昔の歌合戦を見ていると、今はなくなったイベントというものがたくさんあります。
- 入場行進 最後に入場行進をしたのは第41回(平成2年)。 舞台上を行進したり、1階客席通路から舞台まで行進していた時期もありました。 客席通路を行進する場合はほとんど五十音順に並んでいましたが、舞台上で行進する場合は五十音順、歌唱順、そして特に意味のなさそうな順番で歩く年などいろいろありました。
- 優勝旗返還 番組のエンディングで優勝旗授与があるように、以前は番組のオープニングで優勝旗の返還があったのですが、最近は完全になくなってしまいました。
- 選手宣誓 「宣誓。我々はアーティスト精神にのっとり、正々堂々と敵をノックアウトするまで戦うことを誓います。」というのがオーソドックスなせりふでした。 司会者、応援団長、白組ベテラン歌手対紅組若手アイドルなどいろいろな組み合わせがありました。
- 開会宣言 NHKのアナウンサーとか、番組制作局長みたいな人がやっていたような気がします。
- ゲーム 歌合戦自体の勝敗とは関係なく、簡単なゲームをすることがありました。 大抵は仕込みなしでどちらが勝つかわからないのですが、例外としてNHKの人気クイズ番組だった「連想ゲーム」を出場歌手でやることがあり、その場合は必ず白組にオチを持ってくる運びになっていました。
- 地方審査 全国各地に1ヶ所10~100人程を集め、中継も交えて審査していました。 基本的に、その地域ゆかりの歌手が出場している組が圧倒的優勢となることが多かったので、公正な審査とは言いがたかったのですが、それはNHKホールでの審査にも言えることです。
- 電話審査 日本各地の視聴者宅に電話をかける審査もありました。 運がよければ応援ゲストや電話審査会場担当のアナウンサーが応対してくれました。 事前に審査をお願いする人は決まっていたのですが、放送中にどうしても参加したくてNHKに電話をかける人もいたそうです。
- 電報紹介 国内外問わずいろんな所から応援の電報が届きまして、いくつか紹介していました。 平成に入ってからは電報からFAX、そして電子メールに形を変え、何回か復活しています。
歌唱順で並び、一人一人の名前を呼んでいた第35回(昭和59年)~37回(昭和61年)は同日の直前に開催されていたレコード大賞関係で行進に間に合わない歌手がいると目立ちました。 第67回(平成28年)に、一部の歌手でありましたが、一階客席通路を通っての入場行進が復活しました。
現在はデジタル放送の双方向通信やスマホアプリによる投票へと移行しました。