歌合戦:出場歌手 松田聖子


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松田聖子:昭和55年〜63年、平成6年〜8年、11年〜

 昭和55年デビュー。 高校時代にもデビューのチャンスがあったが、父親の猛反対に遭い断念したとか、わかりやすい名前ということで、世界的に有名な企業「マツダ」と「セイコー」から名前を取ったなど、いろいろデビューにまつわる話がある。

 デビュー前から田原俊彦とともにNHKの若者向け歌番組「レッツゴー・ヤング」のレギュラーグループ、サンデーズとして活動。 当時の歌合戦出場のための要素の一つと言われた、「NHKへの貢献度」は絶大。

 さらにはデビュー2作目の「青い珊瑚礁」で早くもランキング番組のトップに立つなどヒットを連発。 その年の歌合戦で初出場というのも納得。

 初出場の歌合戦では、やはりデビュー直後にブレイクしたサンデーズ仲間田原俊彦との対戦。 二人ともやけに曲のテンポが早いが、田原俊彦はスクールメイツ、松田聖子はPLレザンジュをバックに従えるアイドルの王道。 本人もバックも、異様なスピードの中でよくがんばっている。
 一方でがんばりすぎちゃったのが衣装。 ここでお見せできないのが残念だが、「赤ちゃんフェチ向けのコスプレですか?」と思ってしまう。 個人的には、3回目まで残念な気持ちになる衣装が続くから、当時のデザイナーががんばりすぎていたのかな、と思う。
 がんばりすぎた衣装のせいで、いわゆる「聖子ちゃんカット」は「青い珊瑚礁」歌唱時には拝むことができない。 翌56年の大晦日には髪を短く切っており、歌合戦において「聖子ちゃんカット」が見られるシーンは、彼女のパフォーマンスではなく、たとえば石野真子のパフォーマンス(バックでダンスを披露)など別なところになる。

 歌唱時間は初出場の年や2年目こそ短かったが、3回目以降はアイドルとしてはトップクラスの扱い。 そして歌唱時間以上にNHKの扱いがよかったのが演出。
 昭和56年、57年は舞台の一部を舞台の幅いっぱいに少し持ち上げるという趣向。 昭和56年は彼女のミュージックビデオを流すテレビが横一列に並び「夏の扉」を、昭和57年は赤い風車が横一列に回転するその上で「野ばらのエチュード」を披露した。 これも文字での説明が難しいので、是非どこかで画像か映像を見ていただきたい。

 昭和58年にはワイヤーでつるした三日月に腰かけて登場という当時としては画期的な演出が施された。
 リハーサルでは三日月に腰かけながら高い場所で歌うということに戸惑っていた様子。 歌っている最中に三日月が動くと「あーん、こわい」と怖がって歌どころではなく、本番が心配された。
 しかし、本番では紅組司会の黒柳徹子の「デビュー以来発売した15枚のシングルのうち、13枚がヒットチャートの1位を獲得」という彼女の偉業をたたえる曲紹介とともに三日月に腰かけて登場した彼女は恐がる様子もなく堂々と「ガラスの林檎」を歌唱。 リハーサルでの言動は演技だったか。

 昭和59年は噂のカップル対決ということで中森明菜近藤真彦松田聖子郷ひろみという曲順。 中森明菜近藤真彦はまだまだ初々しいカップルという感じ。 対して松田聖子郷ひろみは結婚間近とまで言われたくらいで、大人のカップル。 その割に衣装がまたがんばりすぎているんだが、大ヒットした「Rock'n Rouge」の歌唱は彼女の歌合戦におけるベストに近い出来。 イントロはオリジナルとほぼ同じテンポなのに、歌に入ると加速する謎のアレンジ。 それでも、よく歌番組で披露していた2コーラスのバージョンではなく、歌詞はおそらくフル。 NHK側の扱いの良さがうかがえる。
 この年、NHKスタッフは松田聖子郷ひろみのカップルに「番組中に結婚宣言でもしてもらえたら最高」と考えていたらしい。 しかし、白組司会だった鈴木健二アナウンサーは「この二人は結婚しない」と思ったそうで、その通りに翌年早々二人は破局を発表する。

 しかし、郷ひろみと破局した同じ年に俳優・神田正輝と電撃結婚。 結婚後、しばらく芸能活動を休むが歌合戦には選ばれ、大晦日に久々にテレビに登場。 オープンカーに乗って登場という演出で「天使のウィンク」を歌唱。 歌詞を間違えて苦い顔。 そういえば、この年もイントロから出だしのスローパートはオリジナルと同じかむしろおそいくらいのテンポ、アップテンポに変わるところで、いつも以上の加速を見せている。 謎というか、当時のNHKによく見られた手法か。

 昭和61年も出産準備と子育てのためテレビに登場したのは大晦日のレコード大賞(アルバム大賞受賞)と歌合戦くらい。
 この年は階段上のステージからゴンドラにのってゆっくり降りてくるという趣向で、アルバム収録曲の「瑠璃色の地球」を歌唱。 衣装にも気合いを入れ、きらきら光る糸をドレスの袖から幾重にも垂らし、間奏では両腕を広げて観客の拍手を促すものの、観客はほとんど反応せず、表情が微妙に険しくなる。
 NHKホールの観客から見たら、細い糸はほとんど見えなかったのかな?

 昭和60、61年の出場に関しては「(テレビやコンサートで)活動していないのになぜ?」という声も聞かれたが、レコード売り上げだけでも出場資格は十分。 昭和62年には本格的に活動を再開し、堂々の出場。 全国ツアーを行った関係か、珍しくバックバンドを従えて登場し、「Strawberry Time」を歌唱。
 衣装はぶりぶり。 歌唱は・・・本当に全国ツアーを行った歌手か?と思わせる残念な出来。 声に力がなく、伸びもイマイチ。 ライブ活動をしていなかった過去2年の歌合戦での歌唱の方がよほど声は出ていたし伸びていた。 体調が悪かったのだろうか。
 それとも、この年紅組の司会だった和田アキ子と何かあったのだろうか。

 昭和63年はヒットの規模はだいぶ小さくなるものの、まだまだシングル連続1位更新中で春にリリースした「Marrakech」を披露。 これがまた、全身光沢系の派手なドレスで、なんか「おかまバーのショータイム」のような。 この曲を披露するときはいつもセクシー系なデザインの衣装だったんだけどね。
 でも、歌唱の方は前年の不調っぷりを覆す安定っぷり。

 このまま順調に連続出場を重ねるかと思われた平成元年、彼女は海外進出を敢行し、その結果日本での活動が少なくなる。 デビューした昭和55年から続いていたシングル連続1位記録が途絶えたことも災いし(それでも2位だったが)、歌合戦の選考に漏れる。
 彼女は「日本での活動が少なかったから」と淡々とコメントしていたが、大手事務所から独立したことも関係しているのかなーと思ってしまう。

 平成2年の全米デビューがぱっとせず、日本での活動もぱっとしなくなった彼女だったが、平成4年の「きっと、また逢える」、平成5年の「大切なあなた」と主演ドラマ主題歌でヒットを飛ばし、すぐに第一線に復活する。 それでも5年間は歌合戦には復帰していない。
 一説には過去の曲を歌わせたいNHKと新曲を歌いたい松田聖子の折り合いがつかなかったためと言われている。 ヒット曲がある年には新曲を歌わせてあげて。

 平成6年、「輝いた季節へ旅立とう」のヒットでついに歌合戦に復帰。 第2部トップバッター、ミラーボールから登場、フルコーラスという特別待遇で迎えられる。

 平成7年は「ヒットメドレー」を披露。 「青い珊瑚礁」「時間の国のアリス」と2曲目までの選曲はよかったが、ラストの曲はあまりヒットしなかったこの年の新曲「素敵にOnce Again」。 「ヒットメドレーとは認めない」という意見も。 また、背中にテディ・ベアを背負ったぶりぶりの衣装が物議をかもす。

 平成8年は彼女にとって初のミリオンセラーとなった「あなたに逢いたくて〜Missing You」で出場。 当日高熱のため体調不良ということで、旦那が舞台袖で見守っていたそうだが、口パクなので歌唱には影響なし。
 そして、年明けには離婚を発表。

 平成9年にスケジュールの都合を理由に歌合戦を辞退した彼女は再び全米進出を企んでいたが、前回以上にぱっとせず。

 平成11年、ようやく日本での活動に専念することにした彼女はヒット曲はなかったものの歌合戦に復帰。 以降、平成13年まで当時のポップス系では珍しくなつメロを歌い続けた。
 平成11年は歌合戦初披露となった「Sweet Memories」、以降生歌では歌合戦初披露となった「あなたに逢いたくて」、当時よく共演していた原田真二のピアノ伴奏でキーを下げつつテンポは若干上げつつ、歌詞は歌合戦初となるフルの「瑠璃色の地球」を披露。 当時の彼女の年齢でも違和感なく歌える、言ってしまえば無難な選曲。 昭和50年代の数ある名曲が披露されなかったのが残念。

 平成14年以降はカウントダウンライブなどを理由に、再び歌合戦から遠ざかる。

 意外にも「赤いスイトピー」は歌合戦で一回も歌われていない。 どこかの歌手が数年に一回あの鐘を鳴らすことが許されるなら、「赤いスイトピー」を数年おきに歌いながらあと10回くらい出場してもよいと思うのだが、本人にその意志がないなら仕方がない。

最終更新 2009年5月2日