歌合戦:出場歌手 森高千里


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森高千里:平成4年〜9年

 昭和62年デビュー。 歌手デビュー前後は清涼飲料水のCMに出たり、バラエティ番組でアシスタントを務めたり、ドラマや映画に出演したりとマルチ・タレント的な活動をしていたが、徐々に音楽活動に一本化。 平成元年に発表した「ストレス」の本人による歌詞が話題となり、同年南沙織の代表曲「17歳」をディスコアレンジ、パンチラミニスカートという仰天演出でカバーして初のTOP10入り。 しかし、歌合戦改革の真っ只中であり昭和天皇の崩御と重なったこの年にミニスカート、パンチラは御法度だったのか初出場はならず。

 平成2年に「勉強の歌/この街」「雨」、平成3年に「ファイト!」などヒット曲を出すものの歌合戦とは無縁。 無縁とはいっても、出場しないことが疑問視されるほどのヒットではない。

 平成4年、以前から若い世代では話題となっていた本人による独特な歌詞がNHKのニュース番組でも取り上げられたり、歌謡曲・演歌ファン向けの歌番組に2回出演し「私がオバさんになっても」を歌っていたことから、個人的に彼女の歌合戦初出場を確信したものである。

 同年、めでたく歌合戦初出場となる。 民放の歌番組では既にそれなりの扱いを受けていた彼女、「私がオバさんになっても」は通常約4分の歌唱時間だったが、歌合戦では長過ぎる。 NHKの歌謡曲・演歌ファン向けの歌番組では間奏をカットした3分30秒のバージョンを披露しており、歌合戦でもこのバージョンかと思ったが、歌合戦では間奏ではなく2番をカットした2分45秒のバージョンとなる。

 当時の森高千里と言えば、スパンコールを多用したきらびやかな衣装がトレードマークの一つだったが、この年の衣装はモノトーンを基調にした地味なもの。 かろうじて首飾りがきらきら輝いていたが、対戦相手だった美川憲一に遠慮して地味目にしたのだろうか。

 歌合戦と言えば、金をかけて金銀など光沢系の衣装を着る出場歌手が多い中、決して普段着ではないが、平成5年の純白ミニスカート、平成6年のタータンチェックのやはりミニスカートと、独自のファッションセンスで出場を重ねる。 4回目の出場となる平成7年にはついに総スパンコールで登場。 スパンコールは6回目の出場となる平成9年にも披露された。

 ちなみに彼女がはじめてスパンコールの衣装を着て歌合戦に登場した平成7年、バックダンサーを務めた中に、後にWaTとして出場を果たすウエンツ瑛士がいたらしいが、どこにいたのか不明。

 今のところ最後の出場となっている平成9年には初出場した年の対戦相手、美川憲一が曲紹介。

 対戦相手が美川憲一をはじめ、トレンディ俳優の福山雅治、なつメロの西城秀樹郷ひろみ、トップアイドルのSMAP、歌謡曲の前川清などバラエティに富んでいる。

 初出場はやや遅れた感があるが、初出場後はTOP10ヒットを出している間は連続出場というポップス系としては理想的な出場。 出場順も前半3回が第2部のはじめ、後半3回が第1部の終盤と最後まで比較的重宝されていたようである。
 特に、前半3回の出場では彼女のためだけのセットや趣向が施されていた。 平成4年はミラーボールを中心にディスコのようなセットの中になぜかマンモスが登場し、平成5年は大きな風船の鯨がバックで潮を吹いた。 そして平成6年は巨大なケーキのセットの中から登場するという演出だった。

 歌唱時間も初出場の平成4年、最後の平成9年を除いて3分を超えるというこの年代に出場したポップス系歌手としては良い待遇。 平成5年から7年は2コーラスで、平成8年のみフルコーラス歌うことができたが、過去3年の経験が災いしたか、2コーラス目の終わりを曲の終わりと勘違いして伴奏、周りのダンサーそっちのけで一人で勝手に歌を終わろうとしたハプニングも懐かしい。

 彼女が出場していた1990年代と言えば、ミリオンセラーが数多く誕生した時期。 ポップス系はアイドルでなければミリオンセラーすら歌合戦出場のための十分条件にはならなかったが、実は森高千里はシングルではミリオンセラーを持っていない。
アイドルのような、ニューミュージックのような立場が隙間産業的に歌合戦への長期出場に結びついたのではないだろうか。 似たような例では同じくアイドルのようなニューミュージックのような太田裕美(5回出場)、アイドルのような乳ドルのようなピーターパンのような榊原郁恵(6回出場)、アイドルのようなお笑いのような森口博子(6回出場)などがいる。

最終更新 2007年9月8日