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昭和40年デビュー。
初の大きなヒットは、翌41年暮れの「霧の摩周湖」らしい。
初出場はさらに翌年の42年。
昭和43年、44年と若かった頃の映像を見ると、歌唱はもちろん、衣装にも目がいく。 袴姿やスーツが大半だった歌合戦において、GSスタイルだったりコート姿だったり、歌合戦白組初のベストドレッサーは沢田研二ではなく布施明だったのか。
昭和45年、それまで番組前半で登場していたが、この年から番組後半に登場するようになる。 歌唱曲「愛は不死鳥」のイメージに合わせ、袖に短冊状の布を縫いつけた衣装(母親が夜なべをして縫ってくれたとか)で登場。 見せ場になるまでなるべく腕を上げないように気をつけたらしい。 「蒼空高く舞い上がる」と歌いながら腕を広げ、喝采を浴びる。
この45年と翌46年は作曲家の宮川泰が指揮を担当。 布施明以上に衣装やパフォーマンスが目立つ指揮者だったので、少しご立腹とか。
昭和47年には、フランク・シナトラで有名な「マイ・ウェイ」をトリの一つ前で歌唱。
壮大なバラードだが、当時の歌合戦で歌うには時間が長かったため、イントロはほとんどなし、テンポも早めで、1番が終わると間髪入れずにサビに戻るというちょっともったいないアレンジ。
この年、胸元に400個の豆電球から作ったバラの花を付けており、途中何度も胸元に目をやって光っているか確認していた。
ご本人曰く、「照明が強過ぎてバラが全然目立たなかった」とのことだが、ちゃんと赤く光っていた。
昭和48年には昭和44年以来2回目となる白組トップバッターとして登場。 歌合戦で歌った中では一番アイドルっぽい曲ではないかと思う「甘い十字架」を歌唱。 アイドルっぽいが、かなり広い音域を必要とする。 他のアイドル歌手が歌ったら大変だろうが、布施明は余裕綽々。 ただし、この年の歌唱時間がやけに短い。イントロに入る前(布施明がステージに登場して歌う場所に着くまでの場持たせ)の女性コーラスを入れても1コーラスとサビの繰り返しで2分。
昭和49年はスパンコールが光るセーターを着て「積木の部屋」を歌う。 歌唱順も番組後半へ戻る。
昭和50年、51年はヒット曲をひっさげてトリの一つ前に登場。 50年はレコード大賞など各賞を総なめにした「シクラメンのかほり」。 この曲も歌唱時間が長いので1コーラス+サビという構成だが、それでも3分を超える当時としては破格の扱い。 51年は自身の作詞作曲による「落ち葉が雪に」。 いずれもオリコンシングルチャート1位に輝く。 ちなみに、この2回とも対戦相手はちあきなおみ。 若手実力派の対決だが、トリで対戦してもよかったと思うのは私だけだろうか?
昭和54年は最後の大きなヒットとなる「君は薔薇より美しい」。 これも広い音域と豊かな肺活量を求められる曲であるが、布施明は笑顔で歌いこなす。
昭和55年、女優オリビア・ハッセーと結婚したこの年に歌唱した「愛よその日まで」は、歌合戦で初めて歌われたアニメ主題歌らしい(映画「ヤマトよ永遠に」)。
この出場を最後に歌合戦から遠ざかる。
日本からも遠ざかっていたらしい。
昭和62年、何の前触れもなく歌合戦復帰。
なぜか白組2番手という早い時間に登場し(この年のトップバッターが森進一と八代亜紀、そして紅組2番手が岩崎宏美というのも何とも不可解)、「そして今は」というジルベール・ベコーの曲を歌う。
歌唱力重視の年だったため、彼が復帰したのはわかるが、なぜこの曲を歌ったのかは私にはわからなかった。
この曲、海外で歌合戦を視聴した人からの反響が大きかったらしい。
時代は移り、平成2年。 この年からNHKは「21世紀へ残したい歌」を歌合戦で歌ってもらうという方針を打ち出す。 それまでは「その年に発表された(またはその年に売れた)歌」を歌うことが原則だったが、なつメロが解禁されたことになる。 その記念すべき第一回目に布施明も当然のごとく出場し「シクラメンのかほり」を歌唱。
平成12年、20世紀のしめくくりとして、やはり「シクラメンのかほり」で10年ぶりにカムバック。 賞レースの結果を見ても、レコード売り上げを見ても、この曲が布施明を代表する曲に間違いはないが、個人的にはなぜか「マイ・ウェイ」の方を聴きたくなってしまう。 平成13年には新曲「ア・カペラ」、15年には「君は薔薇より美しい」を歌唱し、16年についに「MY WAY」が32年ぶりに選曲された(なぜかタイトルは英語表記に)。 そして18年は「仮面ライダー響鬼」主題歌である「少年よ」を歌唱した関係で仮面ライダーや俳優・細川茂樹と共演。
意外なことに、歌合戦で彼が最も多く歌ったのは、後年に歌唱回数を稼いだ「君は薔薇より美しい」の4回。
その後、「シクラメンのかほり」と「マイ・ウェイ」が3回で続く。
2000年から2009年の間に8回出場し、「君は薔薇より美しい」「シクラメンのかほり」「マイ・ウェイ」を計5回歌っている。
このように、ベテラン歌手は歌唱曲が代表曲に限定されてしまうこと、ベテラン歌手は連続出場となることが多いが、中堅・若手ポップス歌手へ道を譲るということで、平成22年の歌合戦を機に、歌合戦から勇退する。
彼は、ヒット曲を出した年に相応の歌唱順で歌うことができた数少ないポップス歌手ではないだろうか? もちろん、その卓越した歌唱力があればこそだろうが、一時期のような番組後半に演歌・なつメロが固まる歌唱順の構成の中に、彼が入ればどれだけいいアクセントになるかと何度思ったことか。 現在は番組後半の演歌・なつメロは少なくなったが、それでもやはり彼のような歌手も番組後半に必要だと思う。
ちなみに、本当に短足なのだろうか。 「布施明 お尻の下は すぐかかと」という山川静夫アナウンサーの句が懐かしい。