第46回(1995年)雑記


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雑記
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かっこ内はおおよその歌唱時間です。

 見間違い、聞き違い、勘違いによる誤記や誤植もあると思いますが、発見し次第修正しますので暖かく見守っていただけるとありがたいです。

オープニング
 この年のNHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」でナレーションを務めた江守徹の語りがあって、薄いスクリーンが上へ消えると、ステージ上には出場歌手の皆さん。 この年のメインとなるセットは左右にらせん階段があり、さらに階段は3階分の高さがあり、2階部分、3階部分に人が並べるスペースがあるので、完全に紅組・白組両軍に分かれて立っています。 左右のセットの3階部分と高さを合わせる形で、ステージ奥に通路というかテラスのようなセットもあったようです(トリあたりで登場)。
 紅組司会の上沼恵美子と白組司会の古舘伊知郎はセリから上がって登場。
 この時点では、H Jungle with t浜田雅功は「緊張のあまり楽屋にいる」ということで、ステージにはいませんでした。
 すでに進行が押しているのか、総合司会の宮本隆治と草野満代(ともに当時NHKアナウンサー)はステージ脇から走ってくるような形で中央までやってきました。
 どちらが先攻か、という話をしている間に後ろではシャ乱Qのメンバーが準備中。 ということで、白組先攻でスタート。

ズルい女/シャ乱Q(初) [3:27]
 NHKの「BSヤングバトル」出身。 前年「上・京・物・語」が10万枚を超えるヒットになったことから、一部では初出場の候補に挙げられていましたが、私はまだ早いかと思ってました。 しかし、前年10月にリリースしたバラード「シングルベッド」が、発売当初はあまり売れなかっものの、最終的にミリオンセラーとなるロングセラーとなり、この「ズルい女」ももちろんミリオンセラー。 見事初出場となりました。
 1番の歌詞に登場する「真珠」が、女性に贈る装飾品の真珠なのか、それとも別の目的で使われる真珠なのか、つんくの振りも含めて話題になった時期もありましたが、歌詞が変更されたり、不自然に問題となる部分だけ上半身のアップにするようなカメラワークもなく、NHKとしては普通の対応でした。
 間奏でたいせいがワイヤーで宙吊りになってくるくる回転。 要は、あてぶりってことです。 つんくは早がわり。
リハーサルでは、つんくは最初から上半身裸で、早がわり後に見せる宝塚のレビューのような大きな羽の飾りだけつけてパフォーマンスし、周囲を盛り上げていたとか。

碧いうさぎ/酒井法子(初) [3:29]
 意外にも初出場ののりピー。 アイドル時代は、歌合戦がアイドルに厳しい時代だったし、売り上げも微妙だったからね。 主演したドラマ「星の金貨」主題歌のこの歌がミリオンセラーとなって、ついに初出場。 ドラマの中では、耳と口が不自由で手話を使う役だったため、紅組女性陣が「うさぎ」だけ手話を交えて曲紹介。
 タイトルにあわせて淡い青色のドレス。 ヒット当時は、間奏部分で「あなたの上に星が降りますように」という手話を披露するのがおなじみでしたが、歌合戦では歌詞全部と最後の「ありがとうございました」まで全部手話付き。 本番前は、ずっと手話の確認をしていたそうです。
 ちなみにこの曲、フルコーラスは3分45秒で、当時の一般的なテレビバージョンとしてはわずかに長いため、イントロの途中をカットして3分30秒程度にしたものがよく歌われていました。 歌合戦では、なぜかイントロの途中ではなく前半をカットするアレンジ。 歌唱時間は、ほとんどかわらないんですけどね。
 翌年も「続・星の金貨」主題歌の「鏡のドレス」がヒットしますが落選。 1回だけの出場となりました。

DA.YO.NE/EAST END×YURI(初) [3:24]
 日本でのラップの起源は北海道、青森という細川たかし吉幾三が曲紹介に参加。 吉幾三の出世作「おら東京さいくだ」やよさこいの掛け声は、そういわれればラップかも。
 2番の歌詞は歌合戦オリジナル。 歌詞テロップは出ませんでした。 終盤は大量のダンサーが出てステージを盛り上げましたが、会場の反応はイマイチだったような。

OVERNIGHT SENSATION~時代はあなたに委ねてる~/trf(2) [3:42]
 紅組司会の上沼恵美子から、海原千里・万里時代に全く売れなかったという「伊勢海老音頭」をコンサートで歌わないかとオファーされ、YÜKIが「アンコールあたりで」と苦笑いしながらスタンバイ。
 レコード大賞受賞前(まだ、レコ大が大晦日に開催されていた頃です)。 この年は1月、2月、3月とシングルを連続でリリースし、すべてオリコン1位かつミリオンセラーという大活躍。

ゲスト審査員紹介
 紅組、白組の司会者が紹介。

東京発/堀内孝雄(8) [2:55]
 実はらせん階段状のセットにはエレベーターもついていて、エレベーターから降りてくるという登場の仕方。 この時期の堀内孝雄と言えば、ドラマ「はぐれ刑事純情派」主題歌でおなじみ。

捨てられて/長山洋子(2) [2:32]
 アイドルから演歌に転身した第44回(1993年、平成5年)に初出場。 翌年はヒット曲がなく落選(本当は、10月に発売した「めおと酒」が最終的に20万枚を超えるヒットとなるのですが、選考に間に合わなかった感じ)。 この年は振り付き演歌というニッチなジャンルを確立して「捨てられて」が30万枚を超えるヒットとなり、返り咲き。 曲名が「捨てられて」ではなく、出だしの「でもね」だと思っていた人が多かったんだとか。
 2コーラス歌うと長いので、当時の演歌としては珍しく1ハーフ。

まごころ/冠二郎(3) [2:56]
 セリから上がって登場(後ろでは長山洋子がセリで下りて退場)。 この年「出場できたらプロポーズする」と宣言したことが話題となったからか、めでたく第43回(1992年、平成4年)以来となる返り咲き。
 結局、プロポーズってどうなったんだっけ。

ごむたいな/香西かおり(5) [2:38]
 「ごむたいな」とは、「無茶な」「無理な」という意味らしいです。 この曲も、2コーラス歌うと長いので、1ハーフ。
 それでも、ぎりぎり10万枚を超えるヒット。

(子供ショー)[1:44]
 NHK放送開始から70年ということで、その間に生まれた子供向けキャラクターが勢ぞろい。

キャラクター同士でドンケツ対決。

 ショーの後、白組司会の古舘伊知郎が男のくせにチマチマ言うこということで、紅組が先攻を奪取。

Chase the Chance/安室奈美恵(初) [3:10]
 第44回(1993年、平成5年)に森口博子のバックで踊っていた彼女。 この年は出す曲出す曲大ヒットの大活躍。 この年の最新曲だったこの曲で、初のシングルチャート1位とミリオンセラーを記録。
 SUPER MONKEY’S(後にMAXとして出場)がダンスに参加。 ハードスケジュールのためか喉の調子が悪く、多分歌合戦でのパフォーマンスは口パク。 生歌だと、ラップのトーンがCDよりだいぶ下がるし、2番のラップは息継ぎのために、途中の歌詞が途切れるのね。 それがCDと同じだったし、何よりリハーサルではかすれていた声が本番ではCDと同じだったのが、口パクじゃないかと思った根拠。

風になって~紅白バージョン~/TOKIO(2) [3:27]
 曲紹介にSMAPが登場し「TOKIOあいうえお作文」を披露。 SMAPは5人で、「T」「O」「K」「I」「O」と5文字だから…。 いえいえ、当時は6人でした。 唯一あいうえお作文に参加しなかった元野球少年の中居正広が大ファンだったということで、ゲスト審査員の原辰徳と古舘伊知郎のトークあり。
 「風になって」~「LOVE YOU ONLY」~「うわさのキッス」~「風になって」というメドレー。
 「風になって」の途中でV6が登場(テロップは「応援 V6」)。 その後ジャニーズJr.も登場。 再び「風になって」に戻るときには、東京放送児童合唱団も合唱で参加。 V6は応援なのに衣装変わってる。
 当時、V6はデビュー直後だったため、この年の歌合戦に間に合わず、翌年初出場するんだろうなと思ってました。 まさか初出場があんなに遅くなるとは。
 TOKIOは、白を基調にした衣装だけどシースルーでファンサービス。 うっすいコートの下は、タンクトップと短パンみたいな、なんか4年後にデビューするの前振りのような露出度の高さでした。

北の舟唄/伍代夏子(6) [2:54]
 由紀さおりが連れてきたのは「紅組のきれいどころ」として、「コメディーお江戸でござる」に出演中で、当時美人演歌歌手5人衆と呼ばれていた坂本冬美藤あや子伍代夏子香西かおり長山洋子
 夏子、和服の着付けも自分でするとか。
 10万枚を超えるヒット曲で、歌合戦出場も安泰だったころ。

逢いたくてしかたない/郷ひろみ(16) [3:19]
 この年不惑を迎えたひろみ。 白組司会の古舘伊知郎から「バラード三部作」と言われているように、1993年(平成5年)の「僕がどんなに君を好きか君は知らない」、第45回(1994年、平成6年)の歌合戦でも披露した「言えないよ」に続き、この曲もヒット。 三部作の中では一番のヒットだけど、歌唱順は第2部(ニュース後)だった「言えないよ」よりも早い前半戦(ニュース前)に。
 白いスーツのジャケットの襟に花のレイを縫い付けたような衣装。 結婚式の花婿でも着るのをためらうような。
 普通のテレビバージョンは2コーラスでしたが、歌合戦では間奏ありの1ハーフでした。

あなたといた時間/森口博子(5) [3:05]
 ステージ中央の大きな風船が割れると、中から登場。 これって、すごい歌手にとって大変な演出じゃない? 万が一、一瞬耳が聴こえなくなったら、パフォーマンスに影響する危険なもの(まだイヤーモニターをつけてなかった時代です)。
 この曲も、普段のテレビバージョンは2コーラスでしたが、歌合戦では間奏ありの1ハーフ。

GET UP BOY/藤井フミヤ(12) [2:40]
 セリから上がって登場。 ドライアイスの煙と歌手名テロップで隠れてましたが、歌い終わってステージから去る森口博子にピースサインをしたんだとか。
 生で聴いていた時、「あれ?短い?」と思ったのですが、やっぱりこの年のポップス歌手としては一番短い歌唱時間でした。

二人は恋人/森高千里(4) [3:09]
 ダンサーの一人がスタンドマイクを持ってくるという、それ込みのパフォーマンスのような。
 ブレイクした時、スパンコールの衣装がトレードマークだった彼女が、歌合戦でもついに総スパンコールの衣装で登場。 ダンスはシュガー&スパイスという子供たち。 後にシュガー&スパイス・エンジェルスという名前で何年か歌合戦に登場しますが、日本に住んでいる海外の血が混じった(もしくは完全に外国人の)子供たちが所属する団体だったっぽいです。

ゲスト審査員とのトーク
 白組司会の古舘伊知郎と古田敦也(当時プロ野球選手)と。 わざとらしく、斜め後ろの席に座る中井美穂(元フジテレビアナウンサー)を見つける古舘伊知郎。 おそらくゲスト審査員は、誰かひとり同伴できるんだろうね。
 もう一人はピアニストの中村紘子。 ピアノコンクールの審査員は何度も務めているであろう彼女ですが、「今まで経験した中で一番難しいコンクール」と表現。

胸さわぎ’96/SMAP(5) [3:21]
 「がんばりましょう」~(コートを脱いで)~「俺たちに明日はある」~「どんないいこと」のメドレー。 この次の年、化粧品のCMソングとして「胸さわぎを頼むよ」という曲を出すことが決まっていたので、その曲を含むメドレーかと思わせるタイトルで、実は含まないという。
 どうも、NHKには、発売前の曲を歌ってはいけないというルールがあるそうで(書き下ろしなど、当面発売の予定がない曲は大丈夫みたい)。

TOMORROW/岡本真夜(初) [3:32]
 歌合戦がTVで最初に歌う場所という新人。 曲前にTV初出演の岡本真夜と「紅白の主」島倉千代子(この年で当時最多記録の33回目の出場)の2ショットあり。
 歌い出しに失敗しないようにという配慮か、サビはCDの自分の声をかぶせるという安全策が取られました。
 この方、決してミリオンセラーとなった「TOMORROW」の一発屋ではないのですが、歌合戦出場はこれが最初で最後です。

ラブリー/小沢健二(初) [3:47]
 伯父が指揮者の小澤征爾という小沢健二。 当時いわゆる「渋谷系」と言われた歌手の一人。
 一応、ブラスやキーボードなどがセットの上の方で演奏しているような構成。 白組の出場歌手がバックで応援するという往年の歌合戦スタイル。 シャ乱Qが全身タイツスタイルで目立ってました。 ワイヤレスマイクが主流になってだいぶ経つ頃でしたが、なぜかコード付きのマイクでの歌唱。

ゲスト審査員とのトーク
 紅組司会の上沼恵美子と竹中直人と。 古舘伊知郎ほどはゲスト審査員が何を言っても「白」につなげるというくどさはなし。

花/石嶺聡子(初) [2:56]
 前半戦の紅組トリは、この年のNHK新人歌謡コンテストでグランプリに輝き、いち早く歌合戦出場を決めた歌手。 ピアノは羽田健太郎。 バックのセットは花?
 もともと、NHK新人歌謡コンテストでグランプリを受賞した当初は、コンテストで歌った「私がいる」という曲を歌合戦でも歌う予定だったそうですが、同年映画「ひめゆりの塔」の主題歌となり、チャートの下の方でしたがランクインを続けていた「花」を歌うことになり、年明けのチャートを急上昇しました。
 「花」はもちろん、喜納昌吉がオリジナル。 歌合戦では、第42回(1991年、平成3年)に喜納昌吉が、この年石嶺聡子が歌い、その後もう2回別の歌手に歌われることになります。

精霊流し/さだまさし(7) [3:50]
 前半戦大トリはこの方。 第44回(1993年、平成5年)以来2年ぶりの出場。 前年はなんで出場しなかったんだろう。
 ご本人のバイオリンだけでなく、バックにストリングスがつきました。 「精霊流し」は、かつてさだまさしが所属していてグレープの1974年(昭和49年)の大ヒット曲。 いつも通り、彼の曲は歌詞のカットが難しいので、イントロや間奏をカットして、少しでも短くしようという努力の跡が見られました。

WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント~/H Jungle with t(初) [5:07]
 後半戦はこの曲から。 ダウンタウンの音楽番組で小室哲哉浜田雅功がプロデュースを依頼したことから結成されたユニット。 浜田雅功のHと当時はやっていた「ジャングル」という音楽と小室哲哉のt(Kじゃないんだね)を混ぜたら、このユニット名になります。 歌合戦のステージには、DJとしてtrfDJ KOO、ラップに翌年からglobeの一員として何回か出場するマーク・パンサーも参加。
 2コーラス歌ったあたりでダンサーや白組歌手が登場してステージ上はにぎやかに。 さらには、サプライズでGEISHA GIRLSの格好をした松本人志も登場。 にぎやかを通り越して、ぎゅうぎゅう詰めの状態に。
 ちなみに、GEISHA GIRLSは坂本龍一が関わったのダウンタウン中心のグループ。
 「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」はシングル売り上げが200万枚を超える大ヒット。 この年のオリコンシングル年間チャート2位。 では1位は?

LOVE LOVE LOVE 紅白バージョン/DREAMS COME TRUE(6) [6:53]
 この年からグループ名が大文字表記に。
 「LOVE LOVE LOVE」~(吉田美和が早がわりして、Love Deluxのダンスがついて)~「ROMANCE」を2コーラス~「恋の罠しかけましょう~FUNK THE PEANUTSのテーマ~」をちょっと~「ROMANCE」に戻って~「ROMANCE」のテンポのまま「LOVE LOVE LOVE」のラストに戻っておしまい。
 「LOVE LOVE LOVE」が年間チャート1位。
 変則的なメドレーだったので、当時のこのグループなら余裕でフルコーラス(3分35秒くらい)歌えたであろうオリジナルアレンジの「LOVE LOVE LOVE」が3分弱になってしまったのがちょっと残念だったり。
 この年、前半にリリースした「サンキュ.」がミリオンセラーながら最高2位だったのは、1位にH Jungle with tがいたから、とダウンタウンの音楽番組で吉田美和中村正人が言っていた気もしますが、正確には「サンキュ.」が2位だった時に1位だったのは大黒摩季の「ら・ら・ら」

米米CLUBヒット・メドレー~DYNAMITE DIGEST SHOW~/米米CLUB(3) [5:29]
 TOKIO社中が豊年囃を演奏し、米俵を担いだ森進一堀内孝雄郷ひろみ前川清美川憲一五木ひろしが後ろを向くと、米俵の裏には「米」「米」「C」「L」「U」「B」と書かれていて、当然彼らの登場。
 「JUST MY FRIEND」~「sure dance」~「I Can Be」~「愛はふしぎさ」~「ア・ブラ・カダ・ブラ」~「浪漫飛行」~「KOME KOME WAR」~「君がいるだけで」~「ワンダブル SUNでい」~「Shake Hip」という怒涛のメドレー。
 「愛はふしぎさ」と「浪漫飛行」は短かったね。 特に「浪漫飛行」はイントロでさんざんあおっておいて、「逢いたい」と思わない…、と歌詞まで変えてすぐに終了。 当時カラオケに行ったら誰かしら歌った曲のオンパレード。

松田聖子ヒット・メドレー~SEIKO Chan to La La La/松田聖子(11) [5:33]
 宙吊りになったオープンカーに乗って登場。
 「青い珊瑚礁」サビ~「時間の国のアリス」サビ2回繰り返し?~「素敵にOnce Again」1ハーフというメドレー。
 1曲目の「青い珊瑚礁」の歌い出しまでに、オープンカーから降りないといけないけど、ちょっとドレスの裾が靴に引っかかったようで、ギリギリのタイミング。 「青い珊瑚礁」はキー下げてるけど、ちょっと口パクっぽい気が。 「時間の国のアリス」も「素敵にOnce Again」もだけど。
 メドレーの選曲は、新人賞レースで歌いまくった1980年(昭和55年)の大ヒット「青い珊瑚礁」、大ヒットとは呼べないけど、新曲入れなきゃということで、この年の「素敵にOnce Again」はわかるとして、真ん中の「時間の国のアリス」がちょっと意外。 1984年(昭和59年)のヒット曲。 この頃の聖子って、だんだんヒットの規模が落ち着きつつあって、第35回(1984年、昭和59年)の歌合戦で披露した「Rockn’ Rouge」は60万枚を超えたけど、それ以外は40万枚前後だったような。 それなら、1980年(昭和55年)の「風は秋色」とか、1981年(昭和56年)の「チェリーブラッサム」や「風立ちぬ」、1982年の「赤いスイートピー」など、色々考えられたと思うんだけど、新曲との落差が大きすぎないようにしたのかな。
 そして、ピンクのドレスに花柄の髪飾りで止めたツインの縦ロールまでは許せても、背中に背負ったテディベアは「ちょっとやりすぎでは」という声も。

ゲスト審査員とのトーク
 白組司会の古舘伊知郎とこの年宝塚を退団した天海祐希と。 前年に谷村新司が曲を提供したんだとか。

君のそばにいるよ/谷村新司(9) [4:18]
 天海祐希が在籍していた宝塚歌劇団・月組の踊りつき。 この曲、ヒットはしなかったけど、CMソングとしてテレビで結構流れていたと思うのですが、テレビを見ていた母が「『昴-すばる-』歌えばいいのに…」と一言。 だんだん、視聴者がベテラン歌手に期待する曲が新曲ではなくなってきていました。

ゲスト審査員とのトーク
 紅組司会の上沼恵美子とこの年襲名した二代目・水谷八重子と。 新派の大女優ですが、襲名前の名前は、その昔(昔過ぎて映像が残っていない頃)、何度か歌合戦に出場したこともある水谷良重です。

み・れ・ん/藤あや子(4) [2:58]
 和服姿の伍代夏子坂本冬美長山洋子香西かおり田川寿美森口博子石嶺聡子酒井法子がバックで踊ります。 バックに出場歌手の踊りが付くってことは、間奏があまりカットされないってことです。

情炎/吉幾三(10) [3:25]
 2コーラス目、感極まって歌えなかったような箇所がありましたが、そういう場面がちょくちょくある吉幾三です。 そして、ヒットしていない割に、毎年ちゃんと2コーラス歌えるというポジションを気づいていた頃。

夜の雪/大月みやこ(9) [2:44]
 雪ってことで、紙吹雪つき。 大月みやこは、デビューからしばらくヒットに恵まれず、歌合戦初出場は第37回(1986年、昭和61年)ですが、レコードデビューは1964年(昭和39年)のベテラン。 そして、この曲も10万枚を超えるヒットでした。

クイズ日本人の質問出演者登場
 白組司会の古舘伊知郎が司会を務めていたNHKのクイズ番組の出演者として、大桃美代子、矢崎滋、桂文珍が登場。 高橋英樹だけ本人ではなくパネルでした。 ハワイへ行っているそうです。 芸能人恒例の年末年始の過ごす場所ですね。 紅組司会の上沼恵美子も、歌合戦の司会の話がなかったら、年末年始は家族でビジネスクラスの座席で向かっている場所。

YOUNG MAN(Y.M.C.A.)/西城秀樹(13) [3:30]
 まさかの2年連続の歌唱。 B.M.C.ダンサーズがバックを固めるというのも2年連続。 前年は全員女性でしたけど、今回は半分くらい男性でした。 なんか、スクールメイツに男性がいたことを、ジャニーズ事務所に女性タレントがいたことを知ってしまった時のような衝撃。
 この年は、1月の阪神・淡路大震災で被災した人を励ますという意味での選曲だったそうです。

バラエティ生活笑百科出演者登場
 紅組司会の上沼恵美子がレギュラー相談員として出演していた番組。 相談室長(司会)の笑福亭仁鶴とレギュラーで問題を相談しに来ていたオール阪神・巨人が登場。 「河内おとこの条件とは」と相談しに来ていますが、それ相談違うやん。

河内おとこ節/中村美律子(3) [2:39]
 美律子の髪や衣装にはしめ縄が巻かれ、お祭りモード。
 美律子といえば花柳糸之社中。 そして、伍代夏子香西かおりが太鼓で応援。
 第44回(平成6年)以来となる歌合戦出場。 なにわものだし、3回目の出場で早くも2回目の「河内おとこ節」だし、この曲も被災地励まし枠なのかな。

兄弟船/鳥羽一郎(8) [2:21]
 完全に漁師の衣装。 「これから漁に行ってきます」とのこと。 7,500円だそうです。
 ステージセットの2階席と3階席にたくさんの大漁旗が貼られており、 さらに大漁旗を振る人の姿も。 でも、2コーラス目に入ると、次の曲に備えて大漁旗を外すためか、ひっそりとセットは回転して消えていきました。
 「兄弟船」は初出場した第36回(1985年、昭和60年)、第43回(1992年、平成4年)に続いて3回目となる歌唱。 ぼちぼち「別の曲歌わないかな」と思い始めたころ。

みれん海峡/田川寿美(2) [2:54]
 前年NHK新人歌謡コンテストグランプリの特典として歌合戦初出場を決めた彼女。 この年は、この曲が20万枚を超え、実績を伴っての連続出場となりました。
 大漁旗を張り付けたセットは隠れ、ステージ上はドライアイスによるスモークと夜空のような電飾で夜の海を演出。

「ふるさと愉快亭 小朝が参りました」出演者登場
 春風亭小朝は特に何もしませんが、次に歌う加門亮について、桂三木助、林家たい平、桂あやめ、柳家花緑、三笑亭夢乃助がなぞかけを披露。

男の慕情/加門亮(初) [2:31]
 初めて買ったレコードが石原裕次郎ということで、歌声が裕次郎に似ていると話題になった人。 デビュー7年にしての初出場。 実は、一度も週間チャートのTOP50に入らなかったのですが、売り上げは10万枚を突破。 翌年、翌翌年と「霧情のブルース」「麗子」と同規模の(オリコンのデータとしては、どちらも「男の慕情」を上回っています)のヒットとなりますが、歌合戦出場はこの1回となっています。

だんな様/三船和子(初) [2:18]
 1965年(昭和40年)デビュー。 1965年発売の「他人船」、1983年(昭和58年)の「だんな様」がヒット曲らしいですが、ヒット当時は歌合戦出場なし。 「他人船」と「だんな様」の間、交通事故に遭い、声が出なくなるという不幸に見舞われて一時引退しながらも、引退後に結婚した「だんな様」とお子様に励まされ、リハビリで声を取り戻したそうです。
 なぜかこの年歌合戦初出場。 デビュー30年のお祝いでしょうか。 当時、歌合戦はなつメロオンパレードの選曲になると思っていた人は少なく、芸能レポーターも、この年発売した「午前さま」という歌を歌うのではないかと言っていました。

幸せになりたい/美川憲一(12) [2:28]
 曲前には、美川憲一のものまねでもおなじみのコロッケが登場。
 美川憲一本人の衣装は、相変わらず毒々しく、頭には蓮の花のような冠、そして針金で蝶を何匹もつけています。 白組司会の古舘伊知郎から「黄泉の国からやってきたかのような」と表現されていました。 キャバレーのダンサーのようなB.M.C.ダンサーズの後ろで、白地に金銀の光沢を施したドレスに早がわり。

母ひとり/小林幸子(17) [3:22]
 準備ができるまでの時間は、当時似ていると言われたシャ乱Qつんくと紅組司会の上沼恵美子の2ショットで漫才のようなやりとり。
 幸子は最初から銀(プラチナ?)メインのキンキラキンな衣装。 間奏でロケットの噴射を思わせるスモークを発しながら上昇し、銀色のコートからやや派手なドレスにチェンジしますが、それくらいでは観客の拍手はほとんど起こりません。 2コーラスのサビから背後に大きなキンキラキンの傘が広がったり閉じたり、回ったり。 ここで大きな拍手が起こりました。

ゲスト審査員とのトーク
 両軍司会者と女性写真家の大石芳野と。 衣装対決に拍手を忘れていたとのこと。 そして、舞台装置も気になっていたそうです。
 続いてジャズプレイヤーのジョージ川口と。 幸子は宇宙人みたいと。 宇宙人扱いかよ。

 ここで、総合司会から攻守交替で紅組先攻と告げられます。

あの頃にとどけ/島倉千代子(33) [2:41]
 ショートカットのお千代。 この曲は、作詞はお千代と小田和正、作曲は小田和正。 ということで、曲調は演歌ではないです。 フォークっぽい(ぶっちゃけ「小田和正っぽい」) そして、1ハーフ。

腕に虹だけ/小林旭(6) [3:21]
 らせん階段を下りて登場。
 「腕に虹だけ」はこの年のドラマ主題歌として、1986年(昭和61年)の「熱き心に」以来となるシングルチャートのTOP50入り。 歌合戦で新曲を歌うのは2年前の第44回(1993年、平成5年)以来。 確か、テレビバージョンは2ハーフ(2コーラス後に転調)だっと思うのですが、歌合戦では2コーラス目のサビで転調する構成。 それでも3分超えちゃってるからね。
 ここでも、2コーラス目に入ると、次の企画のため、らせん階段状のセットが回転して引っ込みました。

阪神・淡路大震災の被災者へ向けて
 ここから4曲は、紅組対白組の勝負を離れ、被災者の皆様へ向けて聴いていただきたいそうです。

ふるさと/由紀さおり(16)・安田祥子(4) [2:40]
 1番はユニゾン、2番は由紀さおりメイン、3番は再び2人で、ハーモニーあり。
 ピアノは塚田佳男という、おなじみの組み合わせ。

そして神戸/前川清(16) [2:44]
 この頃としては珍しく、両軍司会者で曲紹介。
 1972年(昭和47年)の内山田洋とクールファイブ時代のヒット曲。 歌合戦では、ヒット当時には歌われず、第42回(1991年、平成3年)にソロとして初出場した前川清が歌ったのが初めて。 それ以来となる歌唱。
 この年、「そして神戸」を大トリで、という要望が多く寄せられたらしいのですが、この枠での歌唱となりました。

ゆずれない願い/田村直美(初) [2:56]
 紅組司会の上沼恵美子の出身地である淡路島から水仙の花が届けられました。
 ちょっとこのコーナーの趣旨に合わあないのでは?という、この年のミリオンセラー。 女の子向けアニメの主題歌。 でも、楽曲自体は普通のポップスなので、NHKの「POP JAM」をはじめ各種歌番組で歌っていたこともあり、ポップス層と女の子がいる家庭への浸透は十分。 ヒットが落ち着いたタイミングで、「NHK歌謡コンサート」や「チャリティーコンサート」といった、演歌・歌謡曲向けの番組に出演していたことから、NHKとしては高齢者へも彼女の歌声を紹介して、出場させる気なんだなと思っていました。
 ライブ経験の豊富な彼女でも、歌合戦は別の緊張感があったのか、出だしのほぼアカペラ状態での歌い出しで声が裏返るという重大インシデント発生。 急きょメロディーを崩して対処しました。
 そして、まさかの2ハーフ(2コーラス後の間奏なし)どまり。 ポップス系の歌唱時間が長い年だったから、通常のテレビバージョン(フルコーラスからアウトロをちょっとカットした3分45秒くらいのもの)で歌えると思っていました。 彼女も「NHKからカットするよう言われてカットしたけど、ほかの人はほとんどカットされてないんじゃないの?」と思ったかも。
 あと、ステージ上には彼女しかいませんでしたが、おそらくどっかでバンドが演奏していたのか、歌い出しの音を確認するためのキーボードの音や、歌い出しのタイミングを調整するためのドラムスティックの音が聞こえました。

上を向いて歩こう/南こうせつ(3) [3:19]
 第43回(1992年、平成4年)と第44回(1993年、平成5年)にかぐや姫時代のヒット曲を歌った彼が、3年ぶりに出場して歌ったのは、被災地からのリクエストが多かったという坂本九の代表曲の一つ。 坂本九は初出場した第12回(1961年、昭和36年)の歌合戦で歌唱していますが、当時の映像は残っておらず、歌合戦に残る映像としては、最も古い「上を向いて歩こう」となります。 多分。
 会場の照明を暗くし、ステージ上は電飾と、街灯を思わせる淡い光、客席は観客のペンライトで夜空を演出。

ゲスト審査員とのトーク
 紅組司会の上沼恵美子と柔道選手の田村亮子と。 女性なので紅組応援を、と明言。
 続いて白組司会の古舘伊知郎と落語家の柳家小さんと。 こちらは「勝負はこれからだよ」と叱咤激励。

あばれ太鼓/坂本冬美(8) [2:43]
 紅組側エレベーターに乗って登場。
 オリコンのデータではなく、レコード会社の公称では、デビュー曲にして売り上げ90万枚を突破したという一番のヒット曲。 とはいっても、デビューした年は、歌合戦に出場できるほどの売り上げではなく、初出場を果たした翌年は「祝い酒」がヒットしたため、「祝い酒」を歌唱。
 というわけで、「あばれ太鼓」はこの年が歌合戦初披露。

酒 尽尽/五木ひろし(25) [3:17]
 こちらも白組側エレベーターに乗って登場。
 初出場した第22回(1971年、昭和46年)から24年経ちますが、この曲も20万枚に迫ろうかというヒット曲。
 若手歌手が2コーラスでは長いため1ハーフになるのに対し、この曲は2コーラスでは短いので3コーラス。 しかも、3コーラス目で転調があったり。

北の女房/石川さゆり(18) [3:19]
 男性が活躍した年だったけど、それを支えたのは奥さん、ということでこの曲につなぎました。
 セリから上がっての登場。 カラオケで最もお手本にされる歌手のひとりと紹介。 この曲も、2コーラスだと短いので2ハーフ。 2コーラス歌ってからの「ヤンレー ヤンレー」という節は太鼓の「ドンドコ ドンドコ」という音だけをバックにさゆりの声を聴かせる趣向。

谷/北島三郎(32) [3:24]
 前の2人が3コーラスだったり2ハーフだったから、サブちゃんもそれくらい歌うのかと思ったら2コーラスでした。 でも、時間は同じくらい。

草枕/都はるみ(27) [3:28]
 もし、歌合戦の司会を引き受けていなかったら、今頃家でおせち料理を作っていただろうと語る紅組司会の上沼恵美子。 いや、あんたは年末年始は家族でハワイのはずや。 「たとえおせち料理を作っていても、この方の歌の時はテレビにくぎ付けだったでしょう」とはるみを紹介するための、セリフですね。
 はるみにしては地味な着物だったね。

悲しみの器/森進一(28) [3:57]
 谷村新司作品。 どこまでが1コーラスなのか、よくわからないスローな曲なのですが、 1ハーフかなあ、2コーラスかなあ。 どちらにせよ、約4分と歌唱時間はたっぷり。

もう一度ふたりで歌いたい/和田アキ子(19) [4:44]
 紅組トリはこの方。 珍しくボリュームのあるドレス。
 彼女の代表曲の一つですが、意外なことにオリコンのシングルチャートにランクインした記録はなし。 それでも、この曲を発売した年の第37回(1986年、昭和61年)の歌合戦に8年ぶりの返り咲きを果たしています。 その時は、2コーラス目のAメロをカットし、2コーラスでテンポも若干速めでしたが、今回は紅組トリということで、歌唱時間もたっぷり。 おそらくフルコーラス。 花火と東京シティー合唱団 Revolutionのコーラス付き。 ラスト、歌詞が「Let's sing this song」とならず、「Let's sing a song」のままで、メロディーも下がらず、ロングトーンで終わるというアレンジ。

望郷じょんから/細川たかし(21) [5:05]
 セリから上がって登場。 ステージ上にはこの曲ではお決まりの大人数の三味線(栗原光康社中)。 これがあるから、トリのアッコのコーラスは、アッコのすぐ後ろではなく、セットの上にいたのね。 紙吹雪が降る中での歌唱。
 こちらは1985年(昭和60年)のヒット曲。 その年の第36回の歌合戦でも歌いましたが、1コーラスが長いので(特にスローなAメロ)、当時は2コーラス目はAメロカット、テンポも速めでした(それでも歌唱時間は3分30秒超え)。 今回は大トリということで、2コーラス目もカットなし。
 2コーラス目のBメロになると横からも紙吹雪が吹き付けるというサブちゃん並の演出。

エンディング
 会場審査の集計は麻布大学野鳥研究部の皆さん (珠算有段者の皆さんはいませんでした)。 客席のうちわは白が多そうに見えました。 五木ひろし谷村新司が「客席審査は勝ちそうだね」みたいな表情をしていました。
 結果は
1階席が
 紅組 213
 白組 297
と、白組優勢(白組にボール2個)。
2階席が
 紅組 305
 白組 674
と、こちらも白組優勢(白組にボール2個)。
3階席が
 紅組 233
 白組 444
と、こちらも白組優勢(白組にボール2個)。
 ゲスト審査員とNHK番組制作局長のボールを加えた結果は、
 紅組4個、白組13個
と白組優勝でした。 この年は客席票が6票あったので、それが全部白となった時点で紅組は相当厳しかったね。
 2年ぶりの白組優勝。 紅組司会の上沼恵美子は紅組歌手に土下座をして謝っていました。 これは、オープニングで白組司会の古舘伊知郎が「今年もし白組が負けたら土下座も辞さない」と言ったことに対するものでしょう。
 「蛍の光」の指揮は宮川泰。 スーツも濃い色(黒か紺)で地味。 胸元のコサージュがちょっと大きいかなと思うくらいで、指揮棒も普通、指揮棒に付けたリボンも赤と白の普通のものでした。


進行
 司会者が時間稼ぎに苦労しているかなというシーンは何回かありましたが、逆にドタバタしているところはあまりなかったように思いました。

選曲
 3回目の歌唱だった「兄弟船」と「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」がちょっと気になりましたが、まだ「もう聴きたくない」という状態ではなかった頃。 ベテラン歌手も、ヒットしていなくても新曲を歌うケースが多かったです。

歌唱順
 白組から始まり、前半戦の途中で攻守交代があり、前半戦大トリは白組。 後半戦も白組から始まり、途中で攻守交代があり、大トリは白組。 大トリが白組なら、前半戦の大トリは紅組とか、半々にできないのかな。

歌唱時間
 紅組に1ハーフの演歌歌手が3人いて、ちょっと気になりました。 後半戦も終盤になると、歌唱時間がどんどん長くなっていったので、ちょっと差が大きかったかな。 でも、「何のための時間?」というものは前半戦の子供向けキャラクターのショーくらいで、その分ポップス系の人気歌手がフルコーラスだったり、「紅白バージョン」や「ヒット・メドレー」として長時間割り当てられていたので、正当な歌唱時間として、扱いの差があった年でした。

全体として
 人気歌手、ベテラン勢の扱いがすごくよかった年だったね。