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 一番 那智山青岸渡寺
 二番 紀三井寺金剛宝寺
 三番 風猛山粉河寺
 四番  槙尾山施福寺
 五番  紫雲山葛井寺
 六番  壷阪山法華寺
 七番  東光山龍蓋寺
 八番  豊山長谷寺
 九番  興福寺南円堂
 十番  明星山三室戸寺
十一番 深雪山上醍醐寺
十二番 岩間山正法寺
十三番 石光山石山寺
十四番 長等山三井寺
十五番 新那智山観音寺
十六番 音羽山清水寺
十七番 補陀落山六波羅蜜寺
十八番 紫雲山頂法寺
十九番 霊麀山行願寺
二十番 西山善峰寺
二一番 菩提山穴太寺
二二番 補陀落山総持寺
二三番 応頂山勝尾寺
二四番 紫雲山中山寺
二五番 御嶽山清水寺
二六番 法華山一乗寺
二七番 書写山円教寺
二八番 成相山成相寺
二九番 青葉山松尾寺
三十番 竹生島宝巌寺
三一番 姨綺那山長命寺
三二番 繖山観音正寺
三三番 谷汲山華厳寺
 番外  華頂山元慶寺
 番外  東光山菩提寺

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熊野古道を歩いてきて、いろいろ文献を調べていると、どうしても熊野詣でとともに西国三十三所巡りが気に掛かりだした。
熊野詣では往復の参詣ルートであるが、西国三十三所巡りは回遊型の参詣ルートである。
そして、一番が那智山で、お礼参りが高野山である。これは避けて通れない。
どうも江戸時代は熊野詣でよりこの西国三十三所の方が盛んだったという文献もある。
じつは、これまで折に触れて西国三十三所の観音様を回ってきた。

なにせ和歌山には那智山から、粉河寺まで3カ所があり、岡寺、長谷寺、清水寺など、近いのでこれまで幾度となく訪れている。しかしそれらを記録にとどめず、またそこに行くまでの街道なども調べずにきたが、熊野古道を歩くなかで、それらのルートが、おもしろいつながりをしている事を知った。
和歌山を例にとれば、熊野詣での終点は那智山で、三十三カ所巡りは、一番が那智山である。
当然、大辺路や中辺路を歩いて行くことになる。
そして大和街道や紀州街道と熊野参詣道が交わるところが、2番の紀三井寺となる。
大和街道を五条方面に行けば、粉河寺。
そして五条から葛城街道を行くと壺坂寺、明日香の岡寺を抜けて長谷寺に行く。
長谷寺からは伊勢街道である。
山辺の道を行けば奈良は近い。
紀州路を北にとれば、槙尾山や葛井寺、そして京都、滋賀。

最初は歴史もわからずガイドブックの地図を頼りに、回っただけである。
せっかく歩いたり、訪れたりするのだから複合的に記録しておくのもいいということから記録をとりだした。
それにより歴史がよりわかるようになった。

西国三十三所巡りは、熊野古道のようにルートがきちんとしてなく歩きとおすことは大変なので、バイクなどを使い気楽に参拝し、記録してきた。
無宗教であるが、日本人としての仏教観や各寺社にまつわる歴史などを遊び感覚で、私なりの西の国にある33の観音様を楽しんで来た。

これまで西国三十三カ所と呼んできたが、西国三十三所が本当のようである。


観音様は、私のように無宗教のものでもよく知っている。
サンスクリット語では、アヴァローキテーシュヴィラといい、正確には観世音菩薩、観自在菩薩という。
救いを求める人を自在に救うという意味らしい。

基本は聖観音であり、これはサンスクリット語でアーリア・アヴァローキテーシュヴィラという。
「アーリア」は、「聖」「聖者」の意味である。

今でも、この観音様の建立がされているが、金ぴかとか巨大なコンクリ製で、なんとなく拝む気にはならない。
般若心経では、「観自在菩薩」の名で知恵に通じた菩薩として登場してくる。
こうしてみると、慈悲・知恵・無畏で衆生を救済する菩薩なのである。
観音菩薩が独立して信仰されるようになってから、種々の仏像が現れた。
しかしいずれも原型は聖観音で、右手に与願の印、左手に蓮華、または右手に施無畏の印、左手に宝瓶をもつ。
聖観音・十一面観音・千手観音・
馬頭観音・如意輪観音・不空羂索観音・准胝(提)観音の七観音、あるいは最後の二観音のいずれか一方を省いた六観音が基本的な像となった。
観音菩薩が人気のある理由は、現世利益にある。
この世にいて我々を救ってくれるのが観世音菩薩なのである。
観音様の所在地は、
華厳経に「南海補陀落山」と示され、南インドの海岸にある浄土と想定され、補陀落浄土に向けての船出は西国1番那智山が有名である。

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