春にうたう
こころもよう
おみくじを結ぶ手万の思いにて満ちた桜の如く開けよ
沈丁花香る真夜中眠られぬ僕に寄り添う月の明るさ
娘たち嫁ぎ賑やか雛祭り絶えて久しく父の溜息
残寒を口に含んだ身震いもほどけ弥生のおひさまの味
解けない縺れた結び目手をかけて空を見上げる心くれる春
彼岸にて墓の周りの草を抜く祖母の背中に思い重なる
帰り来てため息吊るす夜桜や散らしておいて人の知る間に
春の暮れ迷子になったせつなさを思い出したし灰色の日々
花吹雪く風もないのに雀らが悪ふざけして嫌いになるぞ
パンジーの鉢植え並ぶ家の前優しくなりてありがとうを言う
未練なき別れはいつも難しく寂しさ隠す春風吹くよ
桜の香ほのかに漂う食卓に一人食む飯寂しさを噛む
ふんわりと風船のぼる春の空頑張りすぎてる肩の荷下す
春めいた哀しみ隠し卒業の賑わう並木を友と歩めり
来年もこの道でまた会えたなら何思うかな散りゆく桜
あること
この心沈丁花の香の匂い立つごとき気高さ漂わせてあれ
肌は襤褸髪は白髪となる身にも春隔てなし柔き陽まとう
ぽっかりと都会の空き地在った物思い出せない春が陽だまる
梅は散り芝生に赤き花咲かす春の彼岸の南無を彩る
布団干し光潤う風に立つ春はいつでも新たな顔で
仮初めの世に物事は去り急ぐ桜春風涙も泡沫
春風に包まれ僕の解れ行くバラの体は持ち去ってくれ
名ばかりの春にも踊る心いる明日への思い人生きる糧
吠えやまぬ犬は惜しむか逝く春をそれとも夏の隣に酔うか
ほろ酔いて夜の葉桜見上げれば月の見惚れた目線に浴す
花落ちる池の水面の桜色櫂の重さとなりにけり
苺咲く蜂の働きおこぼれの甘い赤い実赤子と頬張る
春の池甲羅干す亀岩に寝て心干す我木陰のベンチに
目を閉じて風の流れに身を倒す春ここにあり我軽く澄む
雑草の類の春の花の名を知りたし祈りのように唱えん
つぼみ持つさくらの根元にたたずみてその日の色に思い巡らす
昨日まで無かった新芽枝にあり耐えて時知る木よ智恵深く
春風のチョッキを着ればコートなど重荷になるだけ菜の花畑
春雨に迷い込みたる蚊の羽音軽きのあまり打つ気にならず
軒先に梅桃飾る平屋から懐かしき顔の戸を開けそうで
春きざし光がコート膨らます早く脱げよと急かされるよう
ふうけい
満開のつつじや昨日の雨残し朝日に照るや化粧の時間
光る風雪のひんやり含みおり雪の残る田自転車で行けば
春一番君は黒髪流しおり冬のかじかみ陽ざしで洗う
春きざす電車待つ人影三本すくっと立つ陽に柔き明暗
シャボン玉春の虹色甘い息丸めろ丸めろ空は満杯
向う岸渡る水鳥追えぬ櫂水より生まれ小舟に漂う
散る桜踏みしめ歩く人の群れ無言の瞳は何に注がれ
春風や動けぬ木々も緩みたりその優しさの謝辞に芽吹いて
散る桜木々の間舞踏す虫のよう生まれ生まれて尽きることなし
老木や触れて抑えんその震え花は吹雪いて止むを知らずに
春となる工事現場の昼休み重機も軽く仮眠楽しむ
黄のパンジー雨に打たれて鬣をしょぼくれ濡らすライオンみたいだ
弾力を持った桜の蕾をつまみ月と占う花咲く時分
夕焼けに一色になる春景色車窓にある顔みんな燃えてる
止まれとのしるべ無視して自転車は滑り行くなり春風に乗り
さっきまで泣いていたのかクローバー涙の名残真珠みたいだ
にわか雨白きこぶしに潜むのを我見逃さず花びら揺する
踏み切りで待つと菫の語りくる春はのどかな会話に満ちる
蜜飲むか匂いをかぐかヒヨドリがせわしないこと花咲く神社
二分咲きの桜に誘われ坂道をゆるりと上がる待つ雲もいる
地蔵さま福々として二月尽慕われている証の大福
春の海波に揉まれる人形の行くも戻るも長閑なままに
裸木にほっと瞬く星ひとつ空も緩んだ春の音信
枝打たれ背筋伸ばした街路樹に力漲る春の立つ頃
野の花も川の音山の新緑も意味深く見え故郷の春よ
透明な肌に優しき音を立てつつじに宿る通り雨
春の陽を取りこぼしたるまぶしさよ柔らかすぎて若葉の手
匂わねば自分の姿にあらざりとレンズいやがる白い梅