私と家族の近況

*あしがらみち*

2026年分:最新は2月度



2月度 ( Feb. 28, 2026 )

 もう2年以上前になりますが、5回目か6回目の「脊椎間狭窄症」の激痛が発症しました。 それより以前、最初に発症したのは、2009年の9月、77歳の時、私が独りで旧東海道五十三次を日本橋から京の三条大橋まで歩いている時でした。  愛知県豊川市に残る赤坂の宿場を過ぎたあたりで、右脚の腿から膝にかけて、激痛という程ではありませんが痛みを感じ、100mほど歩いては数分腰かけて休む・・・を繰り返して、やっとのことで目的地に着いたことを覚えています。

 以来、整形外科で薬をもらったり、各種の治療を受けたりして、治るとまた2〜3年ほどして再発する・・・を繰り返してきました。 いちばん最近は2023年の12月の、5回目か6回目の発症でしたが、この時は痛みがそれ以前のものより格段にひどく、家の中を 「 四つん這いで移動する 」 ならまだしも、「 腹ばいになって床の上を泳ぐように 」 して、やっと移動できるという状態が続きました。 主治医師が最新の手術をしてくれるという横浜の病院を紹介してくださり、診察を受けましたが、たぶん高齢(91歳)が理由でしょう、手術はできないと言われ、鎮痛剤を渡されただけで断わられました。


 この時も、いつもよりは長くかかりましたが、幸い2か月余りで治りました。 所が、この高齢で2か月以上も歩けないでいたので、当然のことながら、脚の筋肉がすっかり衰え、杖を突いても100歩も歩けないという状態になってしまいました。( それまでの5回の発症では、毎日何とか家の内外を歩いていたので、そういうことはありませんでした )

 そして、91歳にして初めて 「 要介護1級 」 という認定を頂く羽目となりました。 家の中には玄関からトイレ、浴室に至るまで、すべての部屋に手すりを取り付け、それを頼りに伝い歩きする状態でした。 2階の自室への往復が独りでやっと出来る状態でした。

 「 このままではそのうちに他人さまのお世話にならないと自宅で生活できない状態になってしまう 」 と考え、リハビリの機能訓練を受けることにし、いろいろ探して、よさそうな施設を見つけ、申し込んで、週1回ですが、半日 ( 実質3時間 ) の訓練を開始したのは一昨年の春の事でした。 2年近く通った現在では、好天なら屋外を杖なしでも1,500歩ほど歩けるようになりました。 認定も 「 要支援2級 」 に向上しました。

 この施設では、3時間の間に8種目11単位の各種の軽度の運動訓練、マッサージ等が行われます。 訓練の前後には軽い体操、体温や血圧の測定等もあります。計3回の水分補給もあります。 この施設で働いている人たち(ほとんどが女性で、年齢は50〜60歳くらいか?・・・上記の諸訓練の付き添い指導や体温、血圧等の測定だけでなく、手の消毒やお茶の調製、配布、片づけからトイレへの往復の介助まで行います。それがまた、非常に丁寧で親切で、こちらが恐縮してしまうほどです。

 若いころ民間の大企業で、一つの目的を達成するために緊密に協力し合う集団を統率していたこの私の体験からすると、ここの職員たちの集団は、実に立派な「日本的な良さ」を持ち合わせています。 各人が、それぞれ異なったいくつかの訓練の担当なのですが、自分の担当種目の訓練が順調に進んでいる間にも、ボーッとしていないで、周囲にも常に目を光らせていて、他の訓練にちょっと遅れや混雑が起きると、頼まれなくても自主的にサッと飛んで行き,消毒、次の準備、片づけ等を黙って的確に、ほんの短時間黙って手伝ってあげる・・・その呼吸が、わきで見ていて小気味よく感じられるほど迅速で自然です。

 彼らはいくつもの種類の訓練の指導をマスターしているようですが、この施設では、いったいどういう教育をして、ああいう全員の自発的相互協力の姿勢を育てたのだろう・・・と、私はいつも感心して眺めています。  以前私が預かっていた米国の工場だったら、トラブルが起きたからと言って、頼まれもしないのに同僚が黙って応援したら、されたほうが「俺の責任範囲に手を出すな!」と怒ったでしょうし、日本の工場だって、それに近い状態があるかもしれません。 確かに、大企業での専門的な業務においては、他人の仕事に頼まれもしないのに応援するのは、かえってトラブルや怪我のもと・・・という理屈はあるのですが、このような小規模施設での比較的単純な作業におけるこのような応援態勢は、それはそれで非常に効果的だなと、いつも感心して眺めています。

 あと30年ほど経って、この人たちが私の年齢になる頃は、もう人手不足で、現状のような暖かい 「 人的な気配り 」 に満ちた介護や訓練を受けられないのではないかと、懸念したりもしながら・・・

1月度 ( Jan. 31, 2026 )

 「 レアアース 」 の話題が、現在の困難な対中関係もあり、南鳥島沖海底の話もあったりして、マスコミでも最近頻繁に取り上げられていますね。 私は昔々化学を専門にしていたので、大体の事はわかっているつもりでしたが、最近、ある動画を観て、この分野に関して、自分がよく知らなかったことも結構多いという事を自覚しました。 解説しているのは東大生産技研の教授で、東大の副学長でもある方です。

 レアアースについての我が国の問題点は、原料資源を手近に容易に入手できないことでも、精錬が難しい事でもなく ( 金属精錬技術…冶金は現在も日本は世界一だとか )、精錬時に出る危険な廃棄物の処理の困難さ ( 捨て場がない、処理・廃棄費用が非常に高い ) なのだそうです。 中国では、政府が決めさえすれば、危険な廃棄物を費用と手間をかけずに処分できる途があるから、極めて安くレアアースを生産できるのだろうと私は推察しました。 ご関心があれば、ちょっと長いけれど、上記の動画をご覧ください。

 正月に暴飲暴食したわけでもないのに、最近胃の調子が悪いので、4年ぶりで胃カメラの検査を受けました。 幸い、食道も胃も十二指腸も悪いところは見つかりませんでしたが 「 それならこの不調の原因は何だ 」 と尋ねても答えは現在得られていません。

 当日は一人で病院に ( 体調が良かったのでうっかり杖を携帯するのも忘れて ) 行き、独りで問診に答え、介助なしに検査用ベッドに上がって横たわり、スムーズにカメラを呑み込んだ ( 私は若い頃から一度も胃カメラを苦しいと思ったことがない ) ので、医師が 「 93歳なんでしょう。凄いね 」 と感心してくださいましたが、「 それはともかく、胃の調子の方は治る見込みがありますか? 」 というのが切実な訴えです。 相変わらず今日も胃が重たい・・・

【附】更にレアアース入り強力磁石に関しては世界をリードしている日本で、

 ◎ 毎年ノーベル賞の呼び声の高い重希土類のネオジムを利用したネオジム磁石の開発者佐川眞人氏の口述開発記

 ◎  また、脱中国依存・・・今後の「レアアースを使わずに作れる強力磁石」の開発状況については、次のような情報があります。 デンソー(女性技術者)や、大同特殊鋼のレポートをご覧ください。

 今年初めてのこのページ、1月度ではありますが、もう月末となりましたので、新年のご挨拶は致しません。 幸い、もうすぐ94歳のこの私も、どうにかほぼ健康に生き延びて新しい年を迎えることが出来、この2026年の新しいページを新設し、そこに書き込む機会を得ました。  この年齢でも、まだ頭脳と指先が一応健康を保っているからこそで、この 「 アース 」 に住む人間としては、だいぶ 「 レア 」 な方でしょう。 本当に有り難い幸せです。 という事で、このページも遂に23年目に突入ということになりました。

 夫婦両名とも辛うじて 「 まずまず元気です 」 と申せる状態なので、幸い、今年も子たち孫たち全員が集まり、1月2日には某レストランで盛大に?新年の夕食会を開くことが出来ました。

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このコラムは、もともとはグリンウッドで働く友人たちとそのご家族向けに、私や家族の動静、 日本や特に足柄地域の出来事などをお知らせしようと、97年初めから「近況報告」 という名でEーMAILの形で毎月個人宛てに送っていたものです。 98年2月以降はホームページに切り替え、毎月下旬翌月分に更新してきました。 ところが最近、日本に住むグリンウッドをご存じない方々も多くご覧になるようになってきたので、 同年7月から焦点の当てかた、表現などをを少し変えました


この先です。