山室 静 やまむろ・しずか(1906—2000)


 

本名=山室 静(やまむろ・しずか)
明治39年12月15日—平成12年3月23日 
享年93歳(大智院文誉澹静徳胎居士)
長野県佐久市岩村田本町1188 西念寺(浄土宗)



評論家・翻訳家。鳥取県生。東北帝国大学卒。昭和11年本多秋五らと『批評』を、21年平野謙、埴谷雄高らと『近代文学』を創刊。北欧の文学ヤンソンの童話シリーズ『ムーミン物語』の翻訳・紹介をする。『アンデルセンの生涯』で毎日出版文化賞受賞。『評伝森鴎外』『アンデルセン童話玉選』などがある。






  

そして 温かい日ざしが今日一日じゅうというもの
まるでしとどの雨のように満ちあふれながら降りそゝいでいたのだ。
 
黄昏の近づいてくる窓のもとで
何かの小さい花びらがしきりに白くこぼれている
ようやく深く香ばしく闌けようとする野面の濃緑の中に
そしていま太陽は壮麗に沈んでゆく
去りゆく光の中にふと一枚の葉をつみとれば
掌の上に幽かに息づく青い葉の
その輪郭と葉脉の正しい均整
もはや季節の推移の中にいつとなく熟して。
私はあまりに多くの願望をこゝにかけまい
私は流れ逝く一日の中にしづかに佇んで、
一枚の葉の重みをこころにはかり
ただはるかな思慕をよせ また遠い日の思いをひそかに守ろう
そして自らのいとなみを
自らの胸に浮び、たゆたい、消えゆく思いを
かのこぼれる花のごとくあらしめ
掌の上に凋みゆく青い葉のごとくあらしめ

深まる黄昏の中にしづかに立ちつくすとき
森のおくがに湧きいでる泉のように
何者かおやみない潺湲(せんかん)の音の
ひそかに野と空とを一杯にみたし
私は一枚の青い葉となって微風にそよいでいる

そして 温かい日ざしが今日もまた一日じゅう
まるでしとどの雨のように満ちあふれながら降りそそいでいたのだ。

(逝く春の中で)



 

 〈八つの時から 父母に死に別れ生き別れて おとなしく一人で眠ってきた(略)二十五までに一冊の詩集を出して ひっそりと死んで 行けたらと願いながら〉。北欧文学や『ムーミン』の紹介で知られているが、自らのうらなり人生をこう詠った山室静。
 昭和57年、書斎を焼失するという不幸に見舞われたあと、「山室夫妻を励ます会」で友人埴谷雄高は〈こういう幸福な人が自ら不幸と感ずるということは、偉大な錯覚であって〉と励ましたが、その埴谷も平成9年、先に逝き、山室にも死が近づいてきた。
 〈信濃は私の故郷であり、他郷にあってもつねに心ひかれているふるさとであった〉。平成12年3月23日午前8時19分、家族全員に見守られながら、ふるさとの病院で老衰により93年の長い生涯を終えた。



 

 〈それは雪と氷の郷土 冬は早く訪れ、その白い暴君は長く君臨する かくて地表は刃物のようにとがり、時折り樹々はえ堪えずしてみづから裂ける それは萌え出でようとする者と抑えようとする者とのはげしい無言の格闘を示す だが、やがて遂に待たれた春がくる〉。
 故郷の佐久岩村田を愛惜した山室静の眠る浄土宗一行山西念寺。旧岩村田領主仙石秀久公の墓所などもある寺の空一杯にもくもくと入道雲は立ちあがり、深緑の樹木と雑草に覆われた墓地に人影とてもなく、ミーンミーンと蝉の鳴き声だけが響いてくる。兄弟縁者の最後に並んで山室静の法名、没年月日が刻まれてある墓誌の先に、緑の葉の陰りに一層映えて「山室家之墓」が爽として建っている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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