山口青邨 やまぐち・せいそん(1892—1988)


 

本名=山口吉郎(やまぐち・きちろう)
明治25年5月10日—昭和63年12月15日 
享年96歳・青邨忌 
岩手県盛岡市北山2丁目9–17 東禅寺(臨済宗)



俳人。岩手県生。東京帝国大学卒。古河鉱業、農商務省を経て、東京帝国大学教授となり鉱山学を講じた。大正11年水原秋櫻子らと「東大俳句会」を結成、高浜虚子に師事。『ホトトギス』の代表的俳人。昭和5年盛岡で『夏草』創刊・主宰。9年処女句集『雑草園』、第二句集『雪国』。ほかに『露團々』『花宰相』などがある。






  

みちのくの町はいぶせき氷柱かな

祖母山も傾山も夕立かな       

白き花一枚敷ける新樹かな

雑炊もみちのくぶりにあはれなり   

銀杏散るまつたゞ中に法科あり

一面の露一面の野菊かな       

逝く年のわが読む頁限なし      

雪の野のふたりの人のつひにあふ   

月山の雪痕月のごとくにほふ     

牡丹の芽に雪が降る雨が降る 



 

 〈東に秋素の二Sあり! 西に青誓の二Sあり!〉、有名な四S提唱講演をおこなった山口青邨、「みちのくの俳人」と唱えられ、その堪えきれない望郷吟は思いの深さで限りなく輝いている。
 野花雑草を愛した青邨が、草花ぐらいは思う存分植えてみたいと願い、「私の只一つの贅沢」と語った東京・杉並区和田本町の四季折々の草花であふれた庭、「雑草園」は「みちのく」とともに青邨作句の源泉、骨格をなして詩的感性の平易質実な秀句の多くを生みだしていったが、昭和63年12月15日午前9時58分、体調不調により入院していた東京大学医学部附属病院で96年の長い生涯を閉じた。
 遺句は〈顔寄せてみな親しき人や汗ばみて〉。



 

 〈私の頭の中にはみちのくの春、みちのくの秋が閃めく、私の目の前にみちのくの山、みちのくの川が髣髴する〉と記した青邨の眠るところ。みちのくの都・盛岡北山の臨済宗東禅寺。南部藩初代藩主の墓もある古刹。
 埋骨の日は燦々たる陽光降り注いでいたというが、今日という日はなんという大雨か。寺裏の杉木立鬱蒼たる墓域に向かう小径は陰陰として、雨具も用を成さないほどの大降り。「山口青邨ここに眠る」と標石柱の添えられた墓標はしとどに濡れているが、覆い被さった重々しい杉葉を払うようにわずかに穿たれた天の隙間から降り落ちてくる雨粒は、ひとつひとつ針先ほどの小さな光を包みこんで「山口家」墓の上に飛び散っていった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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