山田風太郎 やまだ・ふうたろう(1922—2001)


 

本名=山田誠也(やまだ・せいや)
大正11年1月4日—平成13年7月28日 
享年79歳(風々院風々風々居士)
東京都八王子市上川町1520 上川霊園1区1番34号
 



小説家。兵庫県生。東京医学専門学校(現・東京医科大学)卒。昭和21年探偵小説誌『宝石』の懸賞に『達磨峠の殺人』が入選。『眼中の悪魔』などで探偵作家クラブ賞受賞。その後『甲賀忍法帖』など忍法小説で流行作家となる。『警視庁草紙』『人間臨終図巻』などがある。






  

 世にはみずから死を望む人間があるだろうか?
ある。
 何らかの責任感や罪悪感や失意、絶望から、あるいは対人的トラブルによる煩悶など、原因は千差万別だろうが、私の見るところ、「いっそ死んでしまいたい」など口走る一時的興奮者も加えると、成年者の三割くらいはあるのじゃないかと思う。これらの自殺願望は、事態が解決すれば消滅する。
 それとは別に、この人間世界には、べつに何の外因もないのに、先天的に死に憑かれたような人々がいる。芥川龍之介とか太宰治とか、あるいは三島由紀夫などもそうであったかも知れない。常人以上の活動をしながら、突如彼らはみずから死をえらんだ。彼らは生よりも死に憧憬を持っていたとしか思えない。
 実は私も、意識の底にいつも死が沈澱しているのを感じている人間である。
 だから私は彼らに漠然たる親近感をおぼえる。しかし、決して同族ではない。
 かつて私の作った死についてのアフォリズムのなかに、
 「自分と他者との差は一歩だ。しかし人間は永遠に他者になることはできない。
 自分と死者との差は千歩だ。しかし人間は今の今、死者になることができる」
 と、いうのがあるが、死へ直通する道を実際に疾走した彼らと私とのあいだには千歩のちがいがある。
 私に「あの世」への親近感などない。それはないが、「この世」への違和感ならある。いわゆる「厭世観」というやつか。ただし、ほんのちょっぴりとだが。
 ほんのちょっびりだが、この深層心理が私に平然とたばこをのませ、大酒をのませる原動力になっているようだ。
                                                      
(あと千回の晩飯)



 

 36年前の7月28日、風太郎の日記に〈痛恨きわまりなし〉と記してある。その日は風太郎の最も尊敬した作家、江戸川乱歩の没日であったが、平成13年の同じ日に風太郎も逝くこととなったのだ。
 風太郎は生死の境を曖昧に捕らえている。いやもっといえば生も死も何等確たるものであるとは思っていないのだ。どちらに立脚しようと融通無碍、気ままに行き来すれば良いじゃないかという悠揚たる態度である。それはそれでうらやましいことだが、誰でもそういう風に考えられるわけでもない
 〈自分という個体の永遠の消滅とか、人間のプライドとか、大げさに特別のものと思わないほうがいい。死に場所がどこであろうと、そこが草葉の世界だと思えればいい〉。



 

 山稜の重なりが美しく望める八王子郊外の霊園に山田風太郎の墓はある。宙高く鳥は鳴き、草は萌え、陽は熱く、そこら中に生命の息吹があふれている。墨流しのように緑の濃淡縞模様をうねらせた岩塊には生前希望していたように「風の墓」と彫りつけられ、墓誌には自ら名付けた戒名「風々院風々風々居士」と記してある。
 奇想天外な物語、軽妙な筆致、生死や虚実を遠くに見やった作家のすべてが納まったような塋域、限りなく漂う雲海にふんわりと浮かぶ城のごとく。
 〈暗い虚空に、ただぼうぼうと風の音〉が流れ、遠ざかっていく微かな声が聞こえてくる。
 ——〈いろいろあったが、死んでみりゃあ、なんてこった、はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆〉。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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