山川方夫 やまかわ・まさお(1930—1965)


 

本名=山川嘉巳(やまかわ・よしみ)
昭和5年2月25日—昭和40年2月20日 
享年34歳 
東京都大田区萩中1丁目12–29 妙覚寺(浄土真宗)



小説家。東京生。慶應義塾大学卒。昭和29年田久保英夫らと第三次『三田文学』を創刊、新人発掘に力を注ぎ、江藤淳、坂上弘、曾野綾子などの作品を掲載する33年『演技の果て』で芥川賞候補。その後『その一年』『海の告発』『海岸公園』『愛のごとく』『クリスマスの贈物』などで芥川賞、直木賞候補となったが、受賞は成らなかった。






  

 葬列は、松の木の立つ丘へとのぼりはじめていた。遠くなったその葬列との距離を縮めようというのか、子供たちは芋畑の中におどりこむと、歓声をあげながら駈けはじめた。
 立ちどまったまま、彼は写真をのせた枢がかるく左右に揺れ、彼女の母の葬列が丘を上って行くのを見ていた。一つの夏といっしょに、その枢の抱きしめている沈黙。彼は、いまはその二つになった沈黙、二つの死が、もはや自分のなかで永遠につづくだろうこと、永遠につづくほかはないことがわかっていた。彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。このこつの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。
 ──でも、なんという皮肉だろう、と彼は口の中でいった。あれから、おれはこの傷にさわりたくない一心で海岸のこの町を避けつづけてきたというのに。そうして今日、せっかく十数年後のこの町、現在のあの芋畑をながめて、はっきりと敗戦の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、過去の中に封印してしまって、自分の身をかるくするためにだけおれはこの町に下りてみたというのに。……まったく、なんという偶然の皮肉だろう。
 やがて、彼はゆっくりと駅の方角に足を向けた。風がさわぎ、芋の葉の匂いがする。よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず肢しかった。海の音が耳にもどってくる。汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。彼は、ふと、いまとはちがう時間、たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、今とおなじ音を出くのだろうという気がした。そして時をへだて、おれはきっと自分の中の夏のいくつかの瞬間を、一つの痛みとしてよみがえらすのだろう……。
 思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。もはや逃げ場所はないのだという意識が、彼の足どりをひどく確実なものにしていた。

(夏の葬列)



 

 山川方夫は作家である一方、編集者としても無名の学生であった江藤淳や坂上弘、曽野綾子等を発掘したことで評価されているのだが、その彼を江藤淳は〈彼は、表面的にはきわめて社交的な男だったが、その実いつもいまにも爆発しそうなさまざまな苦しみをかかえて、懸命に生きていた。その孤独な、孤立無援な耐え方が私は好きだった〉と述懐している。
 昭和40年2月19日午後、徹夜で書き上げた原稿を鉄道便で『婦人公論』編集部に送るため、自宅近くの二宮駅へ行った後、国道一号線の横断歩道で、超過搭載の小型トラックにはねられて頭蓋底骨骨折、20時間後の翌20日午前10時20分、大磯病院で亡くなった。享年34歳、あまりにも悲劇的な死であった。



 

 盟友田久保英夫が〈海岸は庭つづきで、横手の小路から降りることができる〉と書いた竹林と松木の間の道の先にはキラキラと明るく輝く未来の海があったのだが、そんな湘南の海の望める二宮の家での、わずか9か月間の幸せな短い新婚生活も今は遠い昔。
 寺院のつづくこの小路の銀杏の葉は舞いおちて、向かいの幼稚園にあそぶ幼児らの甲高い声がこだましている。昭和40年2月22日、山本健吉を葬儀委員長として二宮の自宅で葬儀が行われ、4月9日、この寺に埋葬されたのだが、雲ひとつなく、祥月命日に近い冬陽は汗ばむほどにあつい。「山川家之墓」の上に休んでいた一羽の鳩が、不意に訪れた参り人に驚いて勢いよく飛び立った。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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