● お知らせ
このサイトは、瀬戸宏の個人サイト「電脳龍の会」の下位サイトです。
管理人は1971年4月に早稲田大学第一文学部に入学、二年生の1972年11月8日、川口大三郎君虐殺に遭遇しました。それまで川口大三郎君と面識はなかったのですが、虐殺糾弾・自治会再建運動に参加する中で、その後の人生を決定する強い影響を受けました。このサイトを開設するに至ったいきさつ・心境は、「管理人の感想」の「『2013年川口大三郎さんを偲ぶ会』に参加して」「川口大三郎君の墓参り」をご覧ください。
このサイトは、管理人の視点に基づいて作成されます。別の人が作れば、また別の視点があるでしょう。運動の中にさまざまな要素があったように、資料収集にもさまざまな立場があっていいと思います。私以外にも、事件・運動の資料収集をめざす動きもあるようです。
開設したばかりで、今はまだごくわずかな資料しかないのですが、これから少しずつ充実させていきます。
なお、管理人の一般的な経歴に関心のある方は、「電脳龍の会」の「経歴」をご覧ください。(2014.4.14)
本資料室掲載の学生服姿の川口大三郎君写真は、早大サークル連合機関誌『早稲田文化』4号(1973年7月)原載です(同4号p99、川口大三郎君追悼資料室に全文PDFあり)。川口家提供と思われます。早大サークル連合は早稲田大学にかつて存在した統一教会系団体で、現在は消滅しています。本資料室に写真掲載する時、“系”ではあっても統一教会とサークル連合は別組織なので版権所有団体消滅とみなし、統一教会に問い合わせせず、写真には何も記しませんでした。掲載からから10年たちましたが、クレームはありません。しかし最近写真使用の問い合わせを受け事情を説明するとともに、やはり写真の原載は記しておくべきだと考え、この説明を追加します。(2024.7.23)
樋田毅『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』文春文庫版が4月9日発売!800円+税。22ページの「文庫版のための後書き」付き。
(2024.4.9)
●川口大三郎君虐殺糾弾運動の資料
C水光幸氏保存の一文を中心とした当時のビラ類数百点の目録。自治会再建運動は現物をPDF化。
再建一文自治会執行部が刊行した新入生歓迎パンフ。さまざまな傾向が混在した運動実態を反映した編集。全文。
早稲田大学第一文学部11.8川口大三郎君追悼集編集委員会編
行動委員会関係者編集の資料集
特集 川口君とその死(1973.7)、附:関係ページPDF
勝共連合系資料集。川口君はこの系統のサークルとも接触があった。写真などが貴重。
日本共産党・民青系学生の資料集。全文。
(1972.11.10-1974.5.10)、附:記事ページPDF
中立リベラル系早大学内新聞の事件関係記事
●運動関係者の回想・感想
再建一文自治会委員長・樋田毅氏の2014年時点での運動回想。2017年12月4日掲載。
亀田博「川口大三郎君虐殺とそれ以後」
江村信晴編『本多延嘉―3・14虐殺死を超えて四五年』白順社、2022年1月掲載 *タイトルのみ
旧早大政治思想研究会有志「川口大三郎君は早稲田に殺された」
『情況』2023年冬号、復刊1号、2023年2月20日掲載 *タイトルのみ
『敬和学園大学研究紀要』32、2023年2月掲載(2024.6.17掲載)、敬和学園大学リポジトリへのリンク。藤野豊氏は川口大三郎君の早大同級生の歴史学者。事件の貴重な海藻含む。
●管理人の感想
2013年11月8日開催の文学部メンバーの偲ぶ会参加記。始めて実名・公開で川口君事件を語った文章。
2014年1月30日に行った川口大三郎君墓参記。
直木賞作家松井今朝子の自伝エッセイ『師父の遺言』と村上春樹『海辺のカフカ』の川口君事件に触れた部分を紹介し論評。
(2015.7.12)
直木賞作家桐野夏生の小説『抱く女』中の川口君事件に触れた部分を紹介し論評。
川口君虐殺糾弾運動の中期(革マル自治会執行部リコール以後1973年3月まで)、後期(1973年4月〜1973年11月運動敗北、消滅まで)を2017年時点で振り返った文章。運動の否定的側面もあえて記す。
(2018.2.15)
かつての流行作家栗本薫の未発表作品「ぼくらの事情」(『栗本薫・中島梓傑作電子全集』第三巻で公開)に現れた川口君事件の影響とそれが未完に終わった事情を分析。
中島梓(栗本薫)に始まるBLが川口君事件を起源としていることを明らかにした照山もみじ論文(『G−W−G』第5号掲載、2021年5月)を紹介。照山論文は川口君事件を分析の対象とした最初の学術論文。
2021年11月刊行の樋田毅氏の著作『彼は早稲田で死んだ』の紹介
池上彰・佐藤優『漂流 日本左翼史 理想なき左派の混迷 1972−2022』と笠井潔・?秀実『対論 1968』の川口君事件記述の紹介、検討。
●樋田毅『彼は早稲田で死んだ』書評集
*(準備中)は著作権その他の関係で転載許可が得られていないものです。新聞・雑誌web上に掲載の産経新聞書評(高世仁)、週刊文春・著者は語る(樋田毅)、東京新聞書評(江上剛)、読売新聞書評(宮部みゆき)は、樋田毅『彼は早稲田で死んだ』批評感想リンク集からリンクしています。
瀬戸宏書評(『社会新報』2022年3月23日掲載)
近藤伸郎氏書評(『情況』2022年冬号)(準備中)
上野千鶴子氏書評(『月刊みすず』2022年1、2月合併号・読書アンケート特集)(準備中)
増田幸弘氏書評(『図書新聞』2022年1月29号) (準備中)
佐久間文子氏書評(『文藝春秋』2022年3月号) (準備中)
(W)氏書評(『毎日新聞』2022年2月5日・書評欄「今週の本棚」)(準備中)
(W)氏書評(『エコノミスト』第100巻第8号2022年2月22日)(準備中)
無署名書評(『埼玉新聞』2022年2月27日・さきたま抄)(準備中)
川口秀彦氏書評(『アナキズム』第26号
2022年5月1日)(準備中)
照山もみじ 「川口大三郎」から「少年」へ−続・中島梓の「少年」(『G−W−G ゲー・ヴェー・ゲー(ミーヌス)』6号 2022年5月29日)(準備中) *『彼は早稲田で死んだ』に特化した論文ではないが、文中に批評部分含む。
「内ゲバ」の歴史に挑む 熊谷に拠点1年半、映画監督・代島治彦さん/埼玉(2022年9月14日 毎日新聞地方版/埼玉))(準備中)
*代島治彦氏監督の映画の紹介だが、『彼は早稲田で死んだ』紹介含む
斜面=50年前の11月、早稲田大キャンパスは騒然としていた。(『信濃毎日新聞』朝刊2022年11月15日)(準備中)
2021年11月12日作成 2024年5月22日更新
●映画『ゲバルトの杜
彼は早稲田で死んだ』批評・感想集
*ネット上の評・感想は関連リンク集参照
代島治彦「正義を背負った暴力の連鎖をなぜ断ち切れなかったのか」
(『創』2024年5月号、代島監督へのインタビュー、タイトルのみ)
重信房子「ただいまリハビリ中 国際女性の日に」
(『創』2024年5月号、主内容はパレスチナ問題だが『ゲバルトの杜』試写感想を含む。タイトルのみ)
ゲバルトの杜
彼は早稲田で死んだ
代島治彦
内ゲバで死んだすべての死者を追悼する……
「絶望」と隣り合う「希望」を描きたかった
向 千衣子
「ゲバルトの杜」になる前を生きて
鼎談
スガ 秀実 亀田 博 花咲政之輔
この映画は事件を抽象化しすぎている 歴史認識と真に向き合うべきだ(いずれも『映画芸術』2024年5月号、タイトルのみ)
水谷保孝 映画『ゲバルトの杜』批評 川口君追悼とは真逆の虐殺 者免罪映画 『情況』2024年春号(タイトルのみ)
菅孝行
腑に落ちぬ幾つかの事柄ーー映画評 代島治彦監督『ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ』『情況』2024年春号(タイトルのみ)
対談=代島治彦・森田暁 暴力支配の時代をどう観るか 映画『ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ』公開を機に
『週刊読書人』第3540号(5月24日)(タイトルのみ)
水谷保孝 映画『ゲバルトの杜』本紙5月24日号巻頭対談批評
早稲田解放闘争をどう描いたか 「強者」への無力感や絶望へ誘うプロパガンダ映画 『週刊読書人』第3545号(6月28日)(タイトルのみ)
●リンク集
*断片的に言及したサイト等は含んでいません。樋田毅『彼は早稲田で死んだ』批評感想リンク集、『ゲバルトの杜』関連リンク集は、それぞれのコーナーに移しました。(2024.5.25)
受賞のことば 樋田毅
選評 出口治明・後藤正治・森健・佐藤優・梯久美子
『文藝春秋』2022年7月号、2022年6月23日ネット公開
*同時受賞の鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』関係部分を含む
行動委を中心とした事件の記録。現時点では一番詳しい。2022.11.更新
作成途上だが参考にはなる。
制作者不明。事件直後から1973年5月17日までの日録。
匿名人物のネット掲示板への投稿。事件の感想。
法学部関係者?のネット文書。第789号に川口君事件への言及あり。
投稿者不明。事件への断片的回想。消滅。
兵庫県会議員藤本百男氏。残念ながら川口君事件回想部分はブログサービス終了で消滅。
新聞記者になりたい人のための入門講座・新聞への思い5(上)(下)
川口君事件を取材した毎日新聞記者と虐殺糾弾自治会再建運動のリーダーH君(樋田君)との交流
第一文学部の活動家らによる回想・資料サイト。
1973年11月図書館占拠回想などの個人ブログ
原理研究会関係者と推定される人たちの2016年11月8日墓参写真と関係資料。ページには35回忌とあるが、45回忌の誤記か。
原理研関係者の川口君逝去50回忌追悼記。『彼は早稲田で死んだ』感想や当日の樋田毅氏との邂逅も。
ジャーナリスト高世仁氏の回想と事件の感想。「高世仁の『諸悪莫作』日記」の一部。2017年5月23日〜25日発表。山村政明君の死にも言及。
古本屋通信No
2752、2017年08月22日。
事件についての個人感想だが、非常に事実誤認と偏見を含んだ意見。特に樋田毅君への感想がひどい。「樋田が委員長になる過程で、反革マル陣営は確実に革マル派にリンチを加えている」というが、1972年11月28日の一文学生大会で樋田君が臨時執行部委員長に選出され、1973年1月27日の自治委員総会で樋田君が正式の一文自治会執行委員長に選出される過程で、反革マル勢力は革マル派にリンチなど行っていない。もし行っていれば、革マル派の暴力反撃はそれを口実にもっと早かったろう。文中にあるT(革マル)一文自治会委員長の負傷は偶発的な事故で、実際には彼の活動にほとんど影響なかった。
私の「運動の中・後期を振り返って考える」や樋田毅君の回想にあるように、反革マル勢力はまもなく平和的に運動を進めようという傾向と武装・暴力行使も辞さない傾向に分裂し、それが運動敗北の重要な理由の一つとなるが、樋田君は常に平和的に運動を進めていく傾向に属していた。(2017.11.22、2017.12.06修正)
日本共産党・民青系元早大生の回顧・資料サイト
元早大政経学部学生、聖心女子大教授
事件の回想・当資料室の紹介
1973年11月19日早大図書館を占拠したグループの裁判闘争記録。釜ヶ崎資料センター掲載pdfファイル