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樽本英樹「暴力の季節」<魚眼図>
 
北海道新聞2022年1月4日夕刊掲載。転載にあたっては、樽本英樹氏、北海道新聞の同意を得た。北海道新聞社許諾D2201-2207-00024610。
 
 
 1970年前後といえば、大学では政治的メッセージが書かれたタテカンが立ち並び、学生が大学や社会のあるべき姿を議論し、時にデモに参加したというイメージ。80年代後半から学生生活をおくった者として、学生運動が華やかなりしこの時期に少々あこがれを感じていた。

 昨年11月に刊行された樋田毅著「彼は早稲田で死んだ」(文芸春秋)も、そのあこがれ感を満たしてくれると思った。手に取ってみると、著者は早稲田で私の専門でもある社会学を学んだ方だった。さらに、私の出身高校の大先輩だった。

 読み始めると止まらなくなった。72年に早稲田大学の学生が亡くなった。中核派のスパイだと疑われ、革マル派に殺されたのだ。著者は当時学生として、自治会を一般学生の手に取り戻そうと奔走したものの、自らも襲われ、挫折する。ほぼ半世紀、事件がなぜ起きなければならなかったのかと問い続け、当時を知る人々にインタビューするなどして本書を上梓(じょうし)したのである。

 「政治の季節」へのあこがれは打ち砕かれた。殺害されたのは、まさに教員として教えている大学キャンパス内。なのに事件のことをまったく知らなかった。周りの学生も、聞いたことがないという。当時の学生が持っていた大学や警察への不信感も、まったく理解できない様子だった。

 相手を敵か味方かの二分法で捉え、排除のためには実力行使もいとわない「暴力の季節」。身の危険を感じることなく自由に学べる場が、なんと貴重なことか。学生が殺された建物は今も残っている。現場付近の教室では、今日も授業が行われている。

 
(樽本英樹・早稲田大学文学学学術院教授、北大スラブ・ユーラシア研究センター共同研究員=国際社会学)