暇人の雑記帳
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<トピックス>
英語で読む村上春樹
村上春樹 短篇連作 女のいない男たち
・木野(文藝春秋2014年2月号掲載)
木野(キノ)というのは主人公の名前であると同時に、彼のやっているバーの名前でもある。木野は17年間、岡山が本社のスポーツ用品販売会社に勤めていた。彼は東京勤務であったが地方に出張に出ることが多く、その間に妻は彼と会社で一番親しくしている同僚と仲が良くなっていた。ある日、たまたま出張から一日早く戻らなければならず、直接家に帰ると、同僚と妻がベッドで重なり合っていた。彼は即座に家を出て二度と帰らず、二日後に会社に退職届を出した。妻と離婚したのは言うまでもない。
木野は、伯母、つまり母親の姉が自宅の一階で喫茶店をやっており、その二階建ての家を以前から手放す事に決めているのを思い出し、借りる事にした。
神田(カミタ)が客として来るようになったのは開店して二ヶ月ほど経った頃であった。彼が物語のキーパソンである。また、バー「木野」には灰色の雌の野良猫が出入りするようになった。性行為を連想させる飲み方をする男女の二人連れも時々来た。木野はその女が一人で来たときに、何故かその女と寝てしまう。
そのうち猫が来なくなった。それを機会に、蛇たちが姿を見せ始める。最初は褐色の、次には青みを帯びた、三匹目は黒みを帯びた蛇であった。暫くすると木野は自分が蛇たちに取り囲まれているように感じるようになる。そしてある夜、神田が現れて「遠くまで行って、頻繁に移動し続け、毎週月曜日と木曜日には伊豆の伯母さん宛てに差出人の名もメッセージも一切書いてない絵葉書を出すよう」に言う。木野は神田の指示に従って、すぐに店を休業にして旅に出る。しかし、熊本のホテルでメッセージを書いた絵葉書を投函してしまう。そうすると、その夜中にドアを叩く音が聞こえる。暫くすると八階の自室の窓を叩く音に変わる。それが何を意味するか、木野には分かっていた。その音から逃れるために彼は自分の「想像」をコントロールし、「心」を取り戻す。
あらすじは、ざっとそんな感じである。ハルキの小説にはいつもながらに謎(何故)が散りばめられている。それは、「近年、世界で話題となる小説には必ずある」と、どこかで読んだことがある。
(また、この作品は幻想的であり、泉鏡花の作品の影響があるかも知れないが、私は鏡花の作品を全く読んでいないので分からない)。
ハルキストの評論家たちの中には、その謎を解き、色々説明する人がいる。だから、私のような知力の無い者が考える必要もない。
私は、本来小説は面白く読めればそれで良いと思っている。著者の意図する通りに読めなくても良いとも思っている。
(私にとっての)謎を揚げたらきりがない。
・主人公の名前の木野は未だましだが、神田と書いて何故わざわざ「カミタ」
とするのか
?
・バーの所在地は、何故、「根津美術館の裏手の路地の奥」になければならないのか?
・猫や蛇は何の象徴か?そして猫は何故、姿を消し、代わりに蛇が現れたのか?
・蛇は何故三匹なのか?
・カミタは、どのようにしてダークスーツを着た二人連れ男の客を追い返したのか?
・木野は、どうして男女二人連れの酒の飲み方に性行為を連想したのか?
・どうして女は一人で来て肌を出し、男に火のついた煙草を押しつけられ火傷になった痕
を木野に見せたのか?
・女は何故「今日は男は遠いところにいるから来ない」と言ったのか?「遠いところ」と
は何処か?
・カミタが言った「次の長い雨が降りだす前」とは、どういう意味なのか?
・カミタは何故伯母を知っているのか?
分からない事は未だ未だある。しかし、このような分からない事をハルキがこの作品を読み解くための謎として書いたかどうかは分からない。私が作家ならば、これだけ読者や評論家に「謎解き」騒ぎを起こされるならば、意味のない言葉や文章を散りばめ、読者や評論家の反応を見る、という遊びをやりたくなる。
ともあれ、木野は新しい人生に再出発できるのは確かだろう。でも、この作品を何故ハルキは発表したのだろう。それが私にとっては最も大きな謎である。
この作品でも、ハルキは気の利いた言葉を散りばめている。
・人間が抱く感情のうちで、おそらく嫉妬心とプライドくらいたちの悪いものはない
・ブランデーは沈黙に似合った酒だ
・正しからざることをしないでいるだけでは足りないことも、この世界にはあるのです。
そういう空白を抜け道に利用するものもいます
それから、いつものように趣味に関する具体的な名前が出てくる。この作品では木野がジャズ好きであるのジャズに関するものが多い(ハルキストなら、作者本人がジャズを好きなのを知っているだろう)。
トーレンスのプレイヤーとラックスマンのアンプ、 小型のJBL 2ウェイ、 アート・テイタムのソロ・ピアノ、 ピノ・ノワール(ワイン)、 「ジェリコの戦い」が入っているコールマン・ホーキンズのLP、 メジャー・ホリーのベース・ソロ、 ビリー・ホリデーの「ジョージア・オン・マイ・マインド」の入った古いLP、 エロール・ガーナーの「ムーングロウ」、 バディー・デフランコの「言い出しかねて」、 ナパのジンファンデル(赤ワイン)、 テディ・ウィルソン、ヴィック・ディッケンソン、バック・クレイトン、そういう古風なジャズ、 ベン・ウェブスターの吹く「マイ・ロマンス」の美しいソロ
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