暇人の雑記帳
読むー好きな作家などについての寸評
エッセイ・雑文
<注目する作家>
大江健三郎
カズオ・イシグロ
北杜夫
鷺沢萠
高橋和巳
多和田葉子
野間宏
村上春樹
<1968-1972>
1968に関する本
1972に関する本
<文学史・文壇史>
文学史、文壇史について
文学史
文壇史
<最近読んだ作品>
五木寛之
大下英治
沢木耕太郎
新海均
岡崎武志
石原千秋
漱石と日本の近代
梯久美子 著
島尾ミホ伝『死の棘』の謎
ノルベルト・フライ 著1968年 反乱のグローバリズム
<トピックス>
英語で読む村上春樹
「文学史」は文字通り文学の歴史である。学者が書くこともあるだろうし、評論家が書くこともあろう。
では文壇史とは何だろう。そもそも今は「文壇」という言葉が半分死語になっているのではないか?若者たちの殆どが「そんな言葉は知らない」、と言うだろう。
では「文壇」とは何だろうか?
MACに付属の国語辞典には、“作家•批評家などの社会。”と書かれている。書きかけ項目のウィキペディアには、“作家、文芸評論家、雑誌編集長、出版社の編集者など文学・文筆活動を取り巻く人たちのつながりと付き合いの世界のこと。”、と書かれている。
どちらかというと後者の意味が強いだろう。
つまり「文壇史」とは、作家の生活のエピソードを記したものである。
伊藤整が著した「日本文壇史」が有名である。「日本文壇史」は明治の始めから漱石の死までが書かれている。
今、その後を川西政明が「新・日本文壇史」として書き続けている。
元編集者の大村彦次郎が著している「文壇うたかた物語」、「文壇栄華物語」、「文壇挽歌物語」の三部作などもある。
しかし、大村が書いているように、最早、文壇は存在しないのではないか?
例えば、村上春樹には「文壇」は似合わない。あるのは「作家」という「個」があるだけである。
昔は作家同士が面白可笑しく、あるときは喧嘩になるほど濃密に付き合いっていたのか、と、高みの見物で楽しく読むのが良い。
ひまじんのホームページにようこそ!