巌谷小波 いわや・さざなみ(1870—1933)


 

本名=巌谷季雄(いわや・すえお)
明治3年6月6日—昭和8年9月5日 
享年63歳 
東京都府中市多磨町4–628 多磨霊園12区1種2側


 
児童文学者・俳人。東京府生。獨逸学協会学校(現・獨協中学校・高等学校)中退。尾崎紅葉らの同人として小説『初紅葉』『妹背貝』『秋の蝶』などを発表、認められたが、明治24年創作童話『こがね丸』を発表し新生面を開いた。『少年世界』の主筆として少年文学・おとぎ話を執筆。『日本お伽噺』『日本昔噺』『世界お伽噺』などがある。






 

(白)ハイ、妾は白ちゃんと云って、白い菊でございますが、姉さんのお黄ちゃんは、菊屋の爺さんに連れてかれて、甘しい物を喰べたり、好い衣服を着たりしてますけども、妾は白いからいけないツて、置いてきぼりにされましたから、それで泣いてるんでございます。
 と、云ふ顔をつくづくと見ますと、まざれもない十六辨で、色も眞白な菊ですから、お庄屋さんは横手を打ち、
(庄)イヤこれだこれだ。殿様の仰有るのは是に差異ない。
 と、云ひながらお白ちやんを抱き起し、
(庄)コレ泣くな泣くな。お前はほんとに善い菊だのウ。菊屋の老爺は馬鹿だから、お前を構はずに行たけども、乃公の方 には、お前が直ぐにお役に立つのだ。もう泣くにやおよばないから、直ぐに乃公と一所にお出で!
 と、思ひがけない言葉ですから、お白ちやんは驚きまして、
(白)…オヤ…それぢや妾がお役に立つの。
(庄)お役に立つどころぢやない。殿様はさぞお喜悦だらう。それでお前がこれから御殿へ上つて、殿様の御紋になれば、菊屋の花壇に居るよりは、どんなに出世か知れやしない。さアさア、泣かずに一所にお出で。
と、これからお庄屋さんは、自分の家へ連れてゆき、すつかり奇麗に手を入れて、立派な駕籠で御殿に上げました処、殿様は殊の外のお喜悦で、直ぐに此の白菊をば、お家の御定紋になさいましたが、黄菊のお黄ちやんは、相変わらず菊屋の花壇に居て、奇麗に咲いて居るばかつ、流石に見物には褒められましたが、紋に成て残りもせず、やがて素枯れてしまひました。
                                                            
(菊の紋)

 


 

 「日本のグリム」と西洋人に擬せられ、アンデルセンと比較されることの多かった巌谷小波は、貴族院議員の父のもと裕福な家庭に育ち、世間的な苦労を経験することの少なかった楽天主義人であった。
 初めは尾崎紅葉の硯友社に入り小説を書いていたのだが、明治24年に発表した創作童話『こがね丸』によって新境地を獲得し、以後は童話作家に専心。日本近代児童文学の先駆者、開拓者として歩んでいったのだった。
 晩年はお伽噺の口演旅行に時を費やしたが、昭和8年6月、広島県西条で腸閉塞を起こして手術を受け8月に帰京。日本赤十字病院に入院するが、衰弱はげしく、直腸がんのため9月5日、還らぬ人となった。



 

 師であった尾崎紅葉の『金色夜叉』は小波の青春時代の逸話を元に書かれた物語であるらしいのだが、間貫一ならぬ巌谷小波の遺言は〈財産とてはなし。ただ名のみを残すべし〉であったということだ。
 別号を漣山人、楽天居、隔恋坊、大江小波などと、いかにもというような人柄感があるものを使っている。
 〈お伽噺のおじさん〉として少年少女に親しまれた童話界の創始者の碑は、深い緑の木陰からはみ出して、紗がかったスポットライトを浴び、童話の世界に入っていく扉のように円味をもたせた頭に十字を刻み、「小波巖谷季雄一族墓」として、アンデルセンほどの深刻さがないといわれたその童話世界を漂わせていた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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