犬養道子 いぬかい・みちこ(1921—2017)


 

本名=犬養道子(いぬかい・みちこ)
大正10年4月20日—平成29年7月24日 
享年96歳(マリア) 
東京都港区南青山2丁目32–2 青山霊園1種ロ8号1〜14側 


 
評論家・小説家。東京都生。津田英学塾(現・湯田塾大学)中退。犬養毅の孫で犬養健の長女。大学を中退して欧米の大学に学び各国を遊歴。昭和33年『お嬢さん放浪記』を発表。社会、文化、女性など幅広いテーマで評論活動を続ける。平成元年『国境線上で考える』で毎日出版文化賞受賞。ほかに『花々と星々と』『こころの座標軸』などがある。







 世間がつくりあげてよこしてくれた、ちっぽけな名前とか有名とかいうものは、私の生の「質」に何の益ももたらさなかった、自分の生のほんとの密度というものは、全くべつの次元の上にあったのだ、と、「昔の記憶」が容赦なく見せつけてくれる「心中の絵」によってわかったから、めぐみ、なのである。神の存在を信じようと信じまいと、おそらく、死の瞬間——最終的な、そのいみでの「未来」のとき——人はおのが生の「密度」と「質」を「ありのままに見る」であろう、そうでなければ辻棲はあわない、とも考えるようになった。ただ念仏だけとなえるなら、ヒトラ—的人間もマザー・テレサ的人間も、みな、同じ浄土にゆけるなんて、めっそうもない。「主よ、主よ、と心とロで言うだけの人間は悪をなす者」とキリストはいちど言っている。理にかなっているではないか。自らの過去の生き方を「見る」、それが審きというものなのであって、腕ふりあげる審判官に「おまえは左にゆけ、右にゆけ」と小突かれるのが審きではない。ミケランジ ロは大まちがいにまちがっている。
 個人としての過去の密度。その質。その重み!
 それなら、個人あまたから成る社会と、ひいては国の行状すべての「質」と「密度」も、必ずいつかは審かれよう。 「国」が落石のために奈落につきおとされるなどということはありっこないにせよ 。個人として社会として国として、何をうやむやにごまかし、何をひたかくしにし、何を正直にさらけ出し、何を悔い、何を悔やまなかったか……すべては未来に向かうかけがえのない過去であり、清算 決算を待つ過去である。未来からの過去である。
 私の走馬燈。
 民としての走馬燈。
 日本国としての走馬燈。
 人間社会全部の走馬燈。
 走馬登の描き出すべきひとこま、ひとこまは、いま、もう、天に未来に、用意されている。描き直した ければ、時は「いま」しか与えられてはいない、のである。「和解せよ、早くせよ、少なくも和解のための行動をとれ、いまだ生の途上にある間に」とキリストは言った、「相手が受けてくれるかどうかにこだわらず」とも。


                                
(一葉未来からの過去の墓)

 


 

 昭和7年5月15日に起こった海軍急進派青年将校を中心とするクーデタ事件は、その後の日本のファッショ化に大きな影響を与えた事件であったが、いわゆる「5・15」事件で暗殺された犬養毅は道子の祖父でもあった。死の数日前、女子学習院前期卒業記念にと「恕」と書かれた一本の軸を与えられた。〈思いやれ、「恕」の心を忘れるな〉、この祖父の遺訓を道子は生涯心に刻み、戦後、アメリカやフランスに留学、長年の欧州滞在中には聖書研究のかたわら難民支援活動に積極的に取り組んだ。帰国後は難民に支給する奨学金「犬養道子基金」の代表を務め、世界の飢餓や難民救済活動に力を注いできたが、平成29年7月24日午前5時28分、神奈川県秦野市の福祉施設で老衰のため死去した。



 

 明治5年、美濃郡上藩藩主青山家の下屋敷跡に開設された青山霊園。大久保利通、乃木希典、後藤新平、三島通庸など明治の元勲や尾崎紅葉、斎藤茂吉、志賀直哉といった文学者など、多くの著名人が眠っているこの霊園にはいつになく爽やかな風が吹いている。新緑もさらに色濃くなって縦横に張り巡らされた参道にはみ出してきた植栽が煩わしいほどであった。
 一段と盛土された警視庁墓地周辺には右翼思想の草分け頭山満や戦前政治家の重鎮牧野伸顕の墓もあり、その一画に内藤湖南書「犬養毅之墓」があった。背後の樹葉が陽光を遮って碑面は薄暗い。碑の側面に父犬養健、母仲子に並んで道子の名が読める。洗礼名はマリア。左傍らに武者小路実篤筆による白樺派の作家でもあった父健の碑も見える。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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