稲垣足穂 いながき・たるほ(1900—1977)


 

本名=稲垣足穂(いながき・たるほ)
明治33年12月26日—昭和52年10月25日 
享年76歳(釈虚空)
京都府京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町30 法然院(浄土宗)



小説家。大阪府生。旧制関西学院中学部卒。佐藤春夫の知遇を得て大正12年『一千一秒物語』を出版、特異な才能で注目されたが、アルコール中毒などにより文壇から遠ざかる。佐藤没後、『少年愛の美学』で日本文学大賞を受賞。『星を売る店』『天体嗜好症』などがある。






 

 夜おそく郊外電車の中で人は経験があることに相違ない。客まばらなボギー電車が劇しく揺れて速力を出す時、前面のガラス越しに展開されてくる景観である。
 ヘッドライトの照射による紅色のふちを持った白紫色の楕円形のなかに、格子塔や立木や、線路ぎわの家屋が、只その裏がわに濃い陰影を伴わせただけの、まったく平べったい切紙細工になって浮き出して、自然であってしかも自然でない、日常見るところのそれとは異なった、一箇の瀟洒な別世界を織り出してゆく……私の云おうとするのは、つまりそのような種類である。私の云いかたによれば、前記の光景にあっては、『そこにタッチが払拭されて、その代りにダッシュを(街風景の左肩に)くっつける』----ダッシュとはこの場合どんな意味か? 或る風景がAならば、映画に現れたその同じ風景はÁである。

(タッチとダッシュ)

 


 

 いわゆる足穂文学の〈宇宙的郷愁〉といわれるようなことには、かつての文学的表現を超越した孤独な思想があった。時代をはぐれ、反リアリズムの世界をさまよった。ある時代にはこの文学者を、その特異な作品と生活から、伝説的な英雄として若者たちの教祖的存在としてしまったようだ。その原点を真に理解することは到底不可能であり、遥かな「宇宙」そのものであるかのようにさえ思える。
 ——人間は「胎内」「現世」「死後」の三回の誕生を重ねるといわれている。昭和52年10月25日5時45分、結腸がんで入院していた病院で急性肺炎を併発し、足穂の自然に媚びない反自然的な強い命は、第三世界に向かって去っていったのだった。

 



 

 「少年愛」とか、「AO感覚」、「薄板界」、「天体嗜好」など、特異な感覚とイメージにより一時期は「タルホ」ブームを巻き起こした。
 そうした感覚を誰しもがもっているとは思えないのだが、〈永遠の少年〉に潜む郷愁をある種の人々に思い起こさせてしまう強烈な魅惑が、この墓石にあふれる気の匂いの中にもあわただしく漂っている。何かしら感傷をともなってまとわりついてくるものがあるのかもしれないという想いが実はあったのだが、ゆるぎなく山崖に面対する碑面、降り散る木の葉の風影がふと途切れたとき、私は言いようもない息苦しさにおそわれて、逃れるように背を向けたのだった。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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