立花 隆 たちばな・たかし(1940—2021)


 

本名=橘 隆志(たちばな・たかし)
昭和15年5月28日—令和3年4月30日 
享年80歳 
樹木葬(非公開)



ノンフィクション作家。長崎県生。東京大学卒。昭和17年まで中国・北京で過ごす。文藝春秋に入社、「週刊文春」の記者となるがその後退社。49年「文芸春秋」に首相退陣の引き金となる『田中角栄研究』を発表。54年『日本共産党の研究』で講談社ノンフィクション賞受賞。ほかに『宇宙からの帰還』『脳死』『臨死体験』などがある。








 かつて古代ギリシャのエピクロス学派は、人間は死と無関係なのだから、死を恐れるのは無意味であると教えた。すなわち「あなたが死を恐れているうちは、死はまだ来ていない。本当に死がやってきたときには、あなたはもういない。従って、あなたと死が出会うことはない。死について、悩み恐れるのは意味がない」というのである。
 これは一見詭弁と聞こえるかもしれない。しかし、自己の存在とは、脳の働きによって支えられた自我意識にほかならないと考える現代の科学的世界観からすると、きわめて合理的な考えであるといえる。
死は自己の存在の消滅である。それは万人が受け入れなければならない、人間存在に課せられた一つの宿命である。それは人間存在に与えられた一つの絶対的与件であり、それに対して、反抗することもできなければ、改変することもできない。それはすべての人の未来に厳然として待っていることがわかっている一つの動かしがたい事実である。その事実を受け入れることに対して、悲しみや怒りの感情が伴うということはもちろんある。しかし、泣いても笑っても他の選択はないのだから、それは受け入れざるをえない事実なのである。
 論理的には、現代の科学的世界観は、このように死を合理化し、その無条件の受け入れを迫る。それが受け入れられる人もいれば、どうしても自己の存在消滅という考えを受け入れることができず、それを拒否する人もいる。拒否する人はどうするかというと、肉体を離れて永遠に存続しうる魂(精神)があって、人間の存在の本質はそちらにあるのだという考えに走らざるを得ない。その考えを延長していくと、世界存在の本質は物質ではなく精神であり、物質なるものは、すべて非物質的な真実在の仮象にすぎないとする二元論にどんどん入っていく。そして、人間の意識も、本当は物質的な脳によって支えられているのではなく、世界存在の根源である神的な宇宙意識につながることによって支えられているのであり、人は死ぬと、この世的な意識世界を離れて、永遠の宇宙意識の世界に戻るのだといった、壮大な意識世界論に入っていく。

 前に、臨死体験の二つの解釈は、結局のところ、すべてが物質的に説明できるとする一元論と物質界と別に精神界があるとする二元論の二つの哲学、二つの世界観のちがいに帰着すると述べたが話は結局そこに戻るのである。


                                               
(臨死体験)



 

 本人のあずかり知らぬ呼称であろうが「知の巨人」と冠せられた立花隆の死生観、〈象は、死期が近いことを悟ると、仲間からはなれてただ一頭、ジャングルの奥にある、人間は誰も知らない像の墓場に向かうという。そして、墓場にたどり着くと、一人静かにそこに山なす象の骨と象牙の上に身を横たえるのだという。自分が死ぬときはそれと同じように、一人誰も知らないところに行って誰に見取られることもなく、一人静かに死にたいとずっと思っていた。〉と。寝る間も惜しみ「人の死とは何か」というテーマを追いかけ、全身習慣病と称していた彼の身体は痛風、糖尿病、高血圧、心臓病、癌などの病気を長い間かかえて入退院を繰り返していたが、令和3年4月30日午後11時38分、急性冠症候群により死去した。



 

 臨死体験に関しての著作も多い彼は〈死んだ後については、葬式にも墓にもまったく関心がありません。どちらも無いならないで構いません。昔伊藤栄樹という検事総長が『人は死ねばゴミになる』という本を書きましたが、その通りだと思います。もっといいのは「コンポスト葬」です。(中略)海に遺灰を撒く散骨もありますが、僕は泳げないから海より陸のほうがいい。コンポスト葬も法的に難点があるので、妥協点としては樹木葬(墓をつくらず遺骨を埋葬し樹木を墓標とする自然葬)あたりがいいかなと思っています。生命の大いなる環の中に入っていく感じがいいじゃないですか。〉と、著書『知の旅は終わらない』にあるように、どことも知れず、誰とも知れず、静かなるタブの大樹の根元に埋まって眠る。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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