■幾千の夜を越えて epilogue■
聖戦はロプトウスの化身ユリウス皇子の死をもって終結した。
ユグドラル大陸はグランベルの王に即位したセリスの元、再びひとつとなって平和への道を歩み始めた。
聖戦に参加した戦士たちは、それぞれの国へと帰っていった。――― 一部の者を除いて、であるが。
ドズル公に就任したスカサハの元にその知らせが届いたのは、季節が一年を超え間もなく春を迎えようとする頃のことだった。その書状を見た彼は、顔をほころばせて妻を呼んだ。
「ラナ、ちょっと来てくれ!」
「はあい」
パタパタと足音がして、執務室の隣にある部屋からラナが姿を現した。その腕には、彼女によく似た金の髪の赤子が抱えられている。二人の間には、玉のようにかわいらしい女の子が生まれていた。
「スカサハ、どうしたの?」
ひょい、と手元を覗き込んでくるラナに、スカサハは笑ってその書状を見せてやった。
「まあ、これ……!」
「まったく、ずいぶんと待たせてくれるよ。やっときてくれるそうだ。この子の一歳の誕生日にね」
「よかった……!二人とも、今は何をしているの?」
ラナが尋ねると、隣室から子供の泣き声が上がった。
「あらまあ、大変!ヨハンとヨハルヴァだわ」
忙しそうにパタパタと戻っていくラナに、スカサハは苦笑した。
「いきなり三人の子育ては大変そうだな。やっぱりエーディン母上にこちらに来ていただいた方がいいかな」
ラナの母エーディンは聖戦の終わりをイザークのティルナノグで知った。彼女にとっては姪にあたるパティがシャナンの元に来たこともあってまだイザークにとどまっている。自身の子供のほかにドズル家の二人の子供も抱えることになったラナの苦労を考えたスカサハは、何度か彼女に使者を送ってドズルにこられないか伺いを立てているのだった。
その返事を待っていることもあるのだが、今回の手紙はまた別の意味合いを持っている。
―――ヨハンは、聖戦の終了後その姿を消していた。
ブリアンの死でドズル家の闇を一身に背負うことになった彼は、そのままドズル家に残るようにというスカサハやセリスの嘆願を笑って断った。罪人である自分が平然と国の中枢に関わることは出来ないと、そう言って一切の官職を断った彼は勝利の宴の後ひっそりと姿を消してしまったのである。
そしてそれは、彼の恋人であるラクチェも同様だった。聖戦の功労者の一人でありながら何も言わずに姿を消してしまった「戦女神」の行方は多方面で噂になったが、誰一人としてその行方を知るものはいなかった。ただ、彼女に近しい存在であった者たちだけが彼女が誰よりも大切な人のために姿を消したのだろうことを理解して口をつぐんだのだった。
そのまま、二人の行方は杳として知れなかった。そして一年が経過し、聖戦記念祭と呼ばれる聖戦終了から一年が経過したことを祝う祝典が間近に迫った最近になってようやく一通の手紙が届いたのだ。差出人は、ラクチェだった。
『スカサハへ。
久しぶり、元気でやってる?
急に姿を消したりしてごめんね。きっとラナも心配してたと思うけど……これしか手段がなかったんだ。そうしないと、ヨハンに追いつけなかったから。
今、あたしたちは一緒にいます。ちゃんと仲良くやってるわよ。ヨハンの右腕は……まだ動かないままだけど。でも、生活に不自由するほどじゃないから。
今何をしているのかって?うーん……どう言ったらいいのかな。ヨハンは、吟遊詩人をしているの。右手は動かないけど、左手で竪琴をかき鳴らして、詩を歌って。けっこう評判いいのよ?歌の内容は、聖戦のことが中心ね。真実を伝えているから珍しいことばかりだし、皆足を止めてくれるわ。で、あたしは彼の世話役。
……今嘘だって思ったでしょ?鋭い。世話役をやってるのももちろんだけど、もうひとつの仕事。それは、剣闘士。戦争が終わってから大流行なんだって。もちろん、本名なんか出せないからちゃんと偽名で参加してます。流星剣も封印してるから、安心して。(そういう問題でもないかな?)
今年の聖戦記念祭には顔を出しに行きます。子供の顔を見せてもらうのが楽しみだわ。あの子達……ヨハンとヨハルヴァも元気にしてる?きっと元気に成長してるわね。大きくなったらやっぱりあんたの子供を取り合って争ったりするのかしら。名前が名前だし。
じゃあ、また手紙を書きます。会える日を楽しみにしているわね。
ラクチェ』
目を通し終えて、スカサハはため息をついた。
「まったく……あのおてんばが」
呟く声は、優しい。
彼らが離れ離れになっていなかったことが、嬉しかった。
元気でいてくれたことが、嬉しかった。
彼らは聖戦で負った心の傷を、少しずつ癒しているところなのだ。
いつかは、帰ってくるだろう。ここへ。
自分たちはその日を待っていればいい。
明けぬ夜はない。どれほど深い闇も、一筋の光で形を取り戻す。
それは、彼らが教えてくれたことのひとつだ。
ユグドラル大陸は、深い闇を超えてひとつの時代を迎えようとしていた。
(FIN)
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