■幾千の夜を越えて 第四章-2■
グラン歴747年。当時のリボーの族長が砂漠の商業都市ダーナに攻め入り暴虐の限りを尽くしたことはよく知られているが、それがその後に相次ぐ戦いの序曲であったことを知る者は少ない。
20年近くの時を経て、東国の小さな城は今再び歴史の表舞台に姿を現そうとしている。
翌朝の軍議の結果、ヨハンは希望どおりにリボーへの突入部隊に配属されることになった。礼を述べて彼が退出した後にセリスの元を訪れたのはいわずと知れたイザークの双子たちである。
「セリスさま、私たちもリボー城突撃部隊に参加させてください!!」
声をそろえて迫ってくる二人に、セリスはにっこりと微笑んで答えた。
「いや、だめだ。君たちには城内の守備兵の説得を担当してもらうよ」
「どうしてですか!?」
「守備兵の中にはイザーク国内から徴兵された者たちが大勢いるんだ。イザークの王族でもある君たちの言葉になら彼らも耳を貸すだろう。この戦いはできるだけ被害を少なくすることも考えなくてはならないからね」
「でも……!」
「何と言われても、これは決定事項だ。君たちはオイフェの指示に従ってくれ」
「セリスさま!」
なおも食い下がろうとする二人をオイフェが制し、下がらせる。
ようやく静けさを取り戻した室内で、オイフェは苦笑を口元に浮かべてセリスを振り返った。
「セリスさま、本当によろしかったのですか?彼らも納得はしていないようですが……」
「きっと大丈夫だよ。それに、本当のことを言ったらもっと怒るだろうしね」
実はこれは、ヨハンの進言だった。最初、セリスは彼らを突入部隊に加えるつもりでいたのだが、ヨハンが反対したのである。
「ヨハン王子ですか……つくづく気丈な御仁ですね。弟に続き父上までもその手にかける覚悟を決められるとは……」
セリスも小さくうなずき、彼の言ったことを思い出していた。
ドズル家を世間に認められる形で残すには、内部の者の手で諸悪の根源を断たねばならない。その役割を担えるのは自分しかいないのだと。ヨハンはそう言ったのだ。それはまさしくセリス自身にも当てはまることだった。
グランベル王家の者が犯した罪は、内部の人間が処断せねばならない。それができるのは同じくグランベル王家の血をひく自分だけだ。ヨハンのたどる道は、そのままセリスがたどらねばならない道でもある。彼も、いずれは自分の弟を、ユリウス皇子を処断せねばならないのだから。
夜明けを待って、解放軍は軍列を保ったまま整然と進軍をはじめた。
「陛下……ダナン陛下はいずこにおわすか!」
大声で主君の名を呼ばわりながら廊下を駆ける侍従の姿に、だが城内の者はすでに気を配る余裕を失っていた。
城外にはすでに反乱軍が展開し始めている。彼らは解放軍を名乗り、すでに忘却の彼方にあったイザーク王家の直系と皇帝に仇なす大逆の徒として現皇帝に処刑された反逆者の遺児とを頭に据え、まもなく攻め入ろうという態勢をすでに整えつつあった。
もはや逃げ場などないに等しいこの状況下で、それでも落ち着いていられないのは生への執着の故なのか。何とかして命だけは助かりたいとの浅ましさからくる投降者の数は目を覆うばかりだ。
その侍従はダナンがグランベル本国にいた頃から仕えていた男だった。寡黙で誠実な男で、何かと風評のよくないダナンに対しても文句一つ言うことなく忠誠を尽くしている。
彼がドズル家の聖戦士の血統にひれ伏しただ盲目的に従うだけの大臣たちと一線を画していたことは現状を憂えて王の愚行を諌めようとした点からも明らかだ。だがダナンがそれを容れることはなく、彼もひとたび叱責を受けた後は沈黙を守ってきた。それはある意味予想のついたこの末路を見届けるためだったのかもしれない。
「陛下!」
大広間の扉を開けると、その姿はすぐに彼の視界に飛び込んできた。
「そのように大声で呼ばわらずとも聞こえておるわ」
ドズル家当主の証である重厚な鎧に身を包んだダナンは、玉座についたまま微動だにせずに吐き捨てた。
騒然とした城内にあってその落ち着きぶりは一種異様なまでの迫力があった。それが死を目前にした男の覚悟ゆえのものであるかはどうにも判別しかねるところなのだが。妖気すら感じるその迫力に侍従は息を呑み、慌てて床にひれ伏した。
「し、失礼いたしました!」
「何用だ、騒々しい」
「は……実は、反乱軍どもがリボー城下に突入を開始した模様にて……きゃつら、口々に陛下の身柄を差し出せば助命を考慮するなどと申しております。このままではいつ口車に乗せられた愚か者が押し寄せてくるやも知れませぬ。つきましては、ここはひとまず……」
太い眉がぴくり、とはねる。続けて吐き出された台詞は、彼の想像を絶していた。
「……貴様は阿呆か」
「……はっ?」
「反乱軍など所詮寄せ集めの雑兵どもにすぎぬではないか。そのような輩を相手になぜこのわしが慌てねばならんのだ」
侍従は絶句した。リボー軍の劣勢はもはや誰の目にも明らかだ。確かにダナンは聖斧スワンチカの正当なる継承者であり本人も類稀なる剛力の戦士ではあったが、そのスワンチカなき今その彼の力をもってしても状況を覆すのは不可能に近い。ダナンの台詞も半ばはドズル家当主としての矜持から出たものであろうが、反乱軍が彼の首級を欲していることが明白な今それは些末な意地に過ぎなかった。
この侍従は忠義の男だった。ゆえに、幼い子供のように意地を張りつづけるこの頑迷な主君を見捨てることができなかった。無駄と知りながらそれでもなお一縷の望みにかけて彼は口を開いた。
「は……確かに、陛下の申されようはごもっともでございますが、どうか今一度ご再考願えませぬか。城兵どもの士気は低くもはや壁ほどの役にも立ちませぬ。いかにダナン陛下が優れた戦士であろうとも劣勢はもはや動かしがたく……」
だがその懸命の説得も主君の勘気をあおっただけのようだった。
太い眉がつりあがり、ぎょろりとした濃紺の瞳が自分を睨みつけた瞬間、侍従は説得が失敗したことを悟った。
「ええい、くどいわ!城兵どもが役に立たぬなら貴様も斧を取れ!そのなまくらな腕でも死ぬ気でかかれば小僧の一人や二人首も取れるであろう!下らぬ言上など賢しげに抜かす前にまず働いて見せよ!」
叩きつけられる烈気を侍従は目を閉じて受け止めた。自分はいい。もはや何を言われようと当の昔にドズル家にささげた命である。だが一つだけ、どうしても確認せねばならぬことがある。
「……陛下のご決意、しかと受け止めました。これより私もグラオリッターの端くれとして斧を取り反乱軍どもを迎え撃ちましょう。ただ……ただ一つだけ、お尋ねしてもようございますか」
「何だ。まだ下らぬことを申すならこの場で手打ちにいたすぞ」
いわれのない恫喝にもこゆるぎもせず彼は静かに言った。
「下らぬことではございませぬ。……第二王子殿下ヨハン様のことにございます」
この時初めてダナンのまとう重厚な鎧がガシャンと音を立てた。さすがに剛直をもって知られるドズル家当主も己を裏切った我が子の話には平静ではいられぬらしい。
「聞けばヨハン様はイザーク王族を名乗るラクチェなる小娘に現を抜かし、陛下を裏切ったのみならず弟君ヨハルヴァ様をもその手にかけられたとのこと……今もこのリボー城に攻めかかる部隊に御姿を見かけたとの報告もございます。このままであれば確実に御前に現れましょう……よろしいのですね?」
息子を手にかける覚悟があるのか。ドズル家の宿命とも言われる骨肉の争いに手を染める覚悟があるのかと、侍従は暗に尋ねる。ダナンは眉をそびやかせた。
「知れたこと。奴はもはやドズル家のみならずグランベル帝国に仇なす大逆の徒だ。その罪は死をもって贖わせるしかあるまい。見つけ次第―――討ち取れ」
冷徹な声。その語尾のわずかな震えに気づいたのは深く頭を垂れた侍従のみだった。
彼は小さく笑んだ。大丈夫、変わらない。強欲で、小心で……冷徹を装いながらけれど情を捨てきることのできない、愛すべき主君。継承者の聖痕が現れる前の幼い頃と少しも変わらない。
このような乱時でなく太平の世であったなら。彼の父ランゴバルト卿が一国を望まなかったなら。そう思わずにはいられなかった。ドズル公国という小さな枠の中でなら、突出せずとも不足のない為政者として民に慕われる公主になれたであろうに。
きっと彼の真の価値は後の世に知られることはないのだろうけれど、自分が命をかけてお守りしようと誓った主君には変わりない。それさえ確認できれば、もはや思い残すことはなかった。
「承知……なればこの命、陛下に捧げましょう。では陛下、御前を失礼いたします」
決然と顔を上げ退出する侍従の背を見送って、ダナンは鼻を鳴らして呟いた。
「ヨハンめ……最後まで手間をかけさせるわ、あのバカ息子が」
苛立たしげに爪を噛む。幼子のようなそのしぐさは先ほどまでこの場にいた侍従だけが知るこの男の唯一とも言える癖だった。ランゴバルトに何度となく叱責されたせいで普段は影を潜めているが他事に思考を取られている場合などによく出る。
(なぜだ。なぜみなわしを裏切る)
その心の叫びは誰にも届かない。
ダナンの身に聖斧の継承者の証たる聖痕が顕現したのは15の時である。それまで彼はその愚鈍さが目についたためか長子であるにも関わらずあまり大事にされていたとは言えなかったのだが、その日を境に運命は激変した。宮廷の隅で彼をあざ笑っていた人間が掌を返したようにこびへつらうようになった。彼を明らかに疎んじていた父ランゴバルトも進んで彼を宮廷に伴うようになった。すべてが変化したことですでに母を失っていた彼が何かを見失ってしまったのは、必然だったのかもしれない。
最初は素直に喜んだ。やっと皆が自分を見てくれるのだと。次に、不安になった。彼らはいつまで自分を見ていてくれるのだろうと。聖斧は触れれば確かに穏やかな光で自分を慰めてくれたけれど、その空洞だけは決して埋めてはくれなかった。
その日を境に、ダナンは粗暴になってゆく。不安を隠そうとする矜持の強さが腕力の誇示へとつながり、周囲はますます怯えて彼にへつらうようになった。その一定の距離がまた彼の心を傷つけ、それを隠すためにまたさらに自身の力を、地位を誇示する。残酷な悪循環は誰一人止める者もないまま繰り返された。
さらに拍車をかけたのが彼の正妻の存在だった。宮廷貴族の娘で気位の高い彼女は女だてらに学問を嗜み、師事した学者からも明敏と褒め称えられていた。それゆえかダナンの愚鈍な性質をすぐに見抜き、明らかに見下していた。それは、長子ブリアンが生まれたことによってさらに明らかとなった。
ダナンが女色に溺れたのはそのトラウマのためであったかもしれない。あるいは、幼い日に母を失った痛手を癒す術を求めていたのかもしれない。今となっては当人にも判断しかねるところではあるが、ただ一つ言えるのはその誰も彼を癒してはくれなかったということだけだ。
ダナンは、気づかない。誰よりも人の手の温みを求めながらただ一人孤高であらねばならなかった原因が己にあることを。
* * *
「武器を捨てよ!」
玲瓏たる声は高低差と相俟って剣戟の中まるで音楽のように響き渡った。
瞬時、喧騒がやむ。城兵たちは城壁から恐る恐る下を覗いた。
そこに立っていたのは、二人の剣士だった。一人は男、一人は女。動きの軽敏さを重視したおそろいの皮の鎧に身を包み、男は銀色に輝く大剣を、女はやや細身の、だが異様な迫力を備えた剣を携えている。
男女はどうやら双子であるらしく、男女の違いや体格差を除けばほとんどそっくりといっても差し支えない。その彼ら―――スカサハとラクチェが再び声をそろえて続ける。
「国王を僭称する不貞の輩に虐げられてきたイザークの民よ、汝らに問う!汝らの誇りはいずこにあるか!」
その問いに答えられる者はいない。わずかすらも乱れることなく同時に発せられる声に威迫されてしまっている。
「己を虐げる相手にいつまで膝を屈していれば気がすむのだ!その心にわずかなりとも剣聖オードへの忠誠が残っているならば武器を捨て我らの元へ参ぜよ!」
ここでラクチェが口を閉ざす。スカサハはそのまま続けた。
「解放軍盟主にしてグランベルの正当なる後継者たるセリス皇子は帝国軍とは違う。投降者には寛大な処置をとの仰せだ。今ならば我らに敵対した罪は問わぬ。家族に至るまで生命は保証しよう」
ざわめきが広がる。兵士の一人が恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……貴殿らの言葉、にわかには信じかねる。解放軍にはシャナン王子がおいでではないのか。シャナン王子はおられぬのか」
その声にはラクチェが答えた。
「イザーク王子シャナン殿下はその正統の証たるバルムンクを取り戻しにイード神殿へ赴かれた。我らはその名代を務める先代国王マリクル陛下の妹君アイラ王女の血を継ぐ者。我らのみでは不服か」
ざわめきはさらに大きくなった。アイラの名は戦女神の異称とともに今なおグランベルで語り継がれている。解放軍にイザーク王家にのみ伝わる秘剣を使いこなす凄腕の剣士がいるという噂はすでにこのリボーにも届いていた。その正体があのアイラの子であるとなれば噂は真実と証明されたも同然だった。さらにとどめをさすように、二人はまた声をそろえた。
「シャナン殿下の名代として、剣聖オードの血に懸けて誓おう!今こそこのイザークの地より帝国勢力を駆逐し、正統なる王の元に返すことを!」
効果は絶大だった。湧き上がる兵士たちは大半が周辺の村から無理やりに徴兵されてきたイザークの民で、ドズルからやってきた帝国兵はその三分の一にも満たない。その大半の兵が反旗を翻したのだ。
もはや完全に大勢は決した。固く閉ざされていた城門が解放され、一気に解放軍がなだれ込んでいく。なおも抵抗を続けようとする帝国兵との間で乱戦が始まった。
「二人とも、よくやったぞ!」
城外の兵士たちを取りまとめていたオイフェが晴れやかにそう言った。
「オイフェさん!」
「シャナン殿がこの場におられればさぞ喜ばれたことだろう」
確かに、イザークの解放はシャナンの悲願だった。この場に立てなかったことは確かに無念であろうが、きっと彼なら自分たちの成長を喜んでくれるだろう。
「あと少しですね」
力強くスカサハが言う。オイフェもうなずいた。
「ああ、もうひとがんばりだぞ」
「はい!」
声をそろえて答えた二人だったが、ラクチェの表情はどこか浮かない。それと気づいたスカサハがその背をポン、と叩いた。
「何だよ、まだ突撃部隊のこと気にしてるのか?」
「……だって」
二人の志願を退けた突撃部隊は真っ先に城門を駆け抜けていった。今ごろはすでに城内に突入しているだろう。
「あと少しなんだぞ。しゃんとしろよ」
「わかってるわよ」
口では強気に答えたが、城壁を見上げる表情は不安げなままだ。
「……セリス様たち、もう玉座にたどり着いた頃かしら……」
その呟きですべてを察したスカサハは、小さく眉をしかめて答えた。
「……そうだな。旗はまだあがっていないようだけど」
城を制圧した証は城の最上部に旗を立てることでなされる。塔の先端にはまだドズルの旗が翻っていた。つまり、彼らはまだそこには達していないということだ。
ラクチェが無意識のうちに気にしている男のことがちらりと頭の隅を掠めたが、すぐに関係ないことだと追い払った。自分たちのなすべきことは他にある。
「……大丈夫かな」
「心配か?大丈夫、セリス様が負けるわけないだろ」
優しげなその面差しに強い意志を秘めた解放軍盟主は彼らの希望の星だ。
それでもラクチェは視線をさまよわせる。
「うん……だけど」
一つため息をついて、スカサハは提案した。
「なら、行くか?」
「え……」
「ほら、早くしろ。今行けばもしかしたら間に合うかもしれない」
もうひとつポン、と肩を叩く。胸中を一抹の寂寥感が掠めたが、スカサハは気づかないふりをした。
「……うん」
うなずいて剣を握りなおす横顔はもういつものラクチェだった。
突撃部隊を構成したのはオイフェを除く主だった騎兵である。機動力を重視したのは城門の解放から城主を討ち取るまでの城内戦を少しでも減らすためだ。むやみに血を流さないことは帝国との違いをはっきりさせる上で重要だった。
城内に詳しいヨハンを加えたことで効率は上がったはずだった。だがそれは、彼がドズル兵の怨嗟を一身に受け止めることを意味してもいた。
「王子……お恨みいたしますぞ、ヨハン王子っ……!」
また一人、兵士が呪いの言葉を残して絶命する。痛みを覚えていたのはセリスや他の若い戦士たちのほうで、ヨハン自身はむしろ平然としているようにすら見えた。
「失礼……手間を取らせてすまない、セリス皇子」
「ヨハン殿……あなたは」
辛くはないのか。その台詞を、セリスはかろうじて飲み込んだ。それこそ、今更な話だ。こうなると知っていて自分は彼を伴うことを受け入れたのだから。そして彼はそれ以上の決意を胸に秘めているのだから。もはや彼の涙は涸れ果てているのかもしれない。
「玉座の間はもうすぐです」
ばさり、と真紅のマントを翻した、その時だった。
「―――ヨハン様!」
声とともに物陰から踊り出た男は手にした斧を振りかざし、寸前で停止した。すんでのところで気づいたレスターが放った矢が胸板を貫いたのだ。ヨハンがはっと目を見開く。
「おまえは……!」
それは見知った顔だった。ドズルにいた頃からずっと父王の側近くに使えていた侍従だ。とっさに手を伸ばし、抱きとめる。
「なぜ文官のおまえがこのようなところに……!」
「ぐ……やはり、止められませなんだか……」
その言葉だけですべてを察して、ヨハンは言葉を失った。忠義に厚く、あの父の数少ない理解者でもあったこの男はヨハンがしようとしていることを、骨肉の争いを止めるためだけにここに現れたのだ。
「この上は……どうか、ご自分の道をお進みくださいませ。……お父上を……楽に、して……」
声は喉をつく血泡にかき消されたが、ヨハンの耳にはしっかりと届いた。無言でうなずく。それを確認して、侍従は息を引き取った。
感傷に浸る暇はなかった。今自分にできるのは、この忠義な男との約束を果たすことだけだ。
「……ヨハン殿……」
矢を放った当人であるレスターが遠慮がちに声をかける。ヨハンは小さくうなずいて立ち上がった。
「すまぬ、レスター殿。要らぬ手間をかけさせた」
「いや……俺は」
その先が続けられないレスターに、ヨハンは小さく微笑して首を振った。
「お気遣いは無用……それより少し先を急ごう」
眼前には、玉座の間へと続く巨大な扉があった。
深く息をついたヨハンは、力をこめて扉を押し開けた。
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