中島らも なかじま・らも(1952—2004)


 

本名=中島裕之(なかじま・ゆうし)
昭和27年4月3日—平成16年7月26日 
享年52歳 
大阪湾に散骨



小説家・劇作家。兵庫県生。大阪芸術大学卒。印刷会社、広告代理店に勤務のあと、コピーライター、エッセイ、ラジオ出演、ミュージシャンなど多彩な才能を示す。平成4年『今夜、すべてのバーで』で吉川英治文学新人賞受賞。三年幻想小説の連作集『人体模型の夜』が直木賞候補になるが次第に薬物と酒に溺れた生活を送るようになる。『ガダラの豚』『永遠も半ばを過ぎて』などがある。








  空気が冷たく澄んで星の美しい季節になった。この季節が僕は大好きで、真夜中にコンビニエンス・ストアや貸しビデオ屋に寄った帰り道、水っ鼻をすすりながら夜空をよく見上げる。冬の夜空の星は豊かな果樹園に実る葡萄の粒のようで、手を伸ばせば届きそうに思われる。そんな星空を一分でも二分でも見上げていると、この世の瑣末な悩み事などどうでもよくなってくるし、自分の生き死にさえたいした問題でなく思えてくる。
 空を見上げるとき僕が見ているのは「空いっぱいの悠久の過去」である。そこに今見えているのは宇宙の開闢以来の過去を、同時に空いっぱいの光としてみているのだ。(中略)
 たとえば我々は太陽を見るが、それは厳密に言えば今から八分前の太陽の姿である。遠い丘の上で恋人がこっちに向かって手をふっているのが見える。その丘が一キロメートル向こうだとすると、その恋人の姿は光速の「二九万九〇〇〇キロメートル分の一秒前」の姿である。海外へ電話をすると、相手の答えがほんの少しの間合いでずれるが、あれをもっともっと微細にしたようなことが視覚の世界でも起こっているわけだ。たとえ僕の目の前のテーブル越しに、愛する人が笑っていたとしても、それは」無限分の一秒」過去の笑顔なのである。
 
人間の実相は刻々と変わっていく。無限分の一秒後には、無限分の一だけ愛情が冷めているのかも知れない。想う相手をいつでも腕の中に抱きしめていることだ。ぴたりと寄りそって、完全に同じ瞬間を一緒に生きていくことだ。日本の腕はそのためにあるのであって、決して遠くからサヨナラの手をふるためにあるのではない。

                                     
(『その日の天使』サヨナラにサヨナラ)



 

 鬱病になって以来、アルコールに対する依存度は高くなる一方、飲んでは書き、書いては飲む。酒と薬に明け暮れる日々は精神的にも肉体的にもほとんどボロボロという状態であった。入退院を繰り返し、自ら〈廃人の半歩手前〉と揶揄するほどで、平成15年には大麻取締法違反などの容疑で逮捕されたりもした。翌16年7月15日神戸で行われた「三上寬とあふりらんぽ」のライブに飛び入り出演、16日未明に酔っ払って飲食店の階段から転落した。運び込まれた病院で手術をしたものの意識は回復することなく、10日後の7月26日過酷ともいえる熱い夏の日、人工呼吸器は外され、脳挫傷による外傷性脳内血腫によって52年の生涯を閉じた。



 

 〈僕の死体は使えるところはみんな他の人のために使ってほしい。残った部分はミンチにして海に投げ込み、魚のエサにしてほしい。お墓はいらない。金がムダである。〉と書いているが、遺骨の一部は宝塚・雲雀丘の自宅庭に撒かれ、らもが逝った一年後、残りの遺骨は甥の操縦するセスナ機から大阪湾に散骨された。
 ケーブルカーとロープウエーを乗り継いでたどり着いた摩耶山頂部の掬星台、夜なれば日本三大夜景と呼ばれる百万ドルの夜景が眺められるのだが、春霞の遙か先には神戸港、大阪湾に浮かぶ関西空港や紀伊半島の山並みが淡く浮かんでいる。空と海の境は一体となって、横山大観の絵のように曖昧な水平線が彼方へ彼方へと消え去り、らもの魂を優しく包み込むかのように〈空いっぱいの悠久〉が広がっている。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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