千載和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 206首―

【巻数】二十巻

【歌数】1288首(新編国歌大観による)

【勅宣】後白河院

【成立】寿永二年(1183)二月、院宣下命。文治三年(1187)九月二十日、形式的奏覧(千載集序文)。文治四年四月二十二日、奏覧(明月記など)。その後も改訂作業があり、同年八月までに最終的な奏覧がなされたと推測されている。

【撰者】藤原俊成

【主な歌人と収録歌数】源俊頼(52首) 藤原俊成(36首) 藤原基俊(26首) 崇徳院(23首) 俊恵(22首)

【性格】第七勅撰和歌集。
『千載』は千年と同義である。本集の序にいわく「過ぎにける方も年久しく、今行く先もはるかにとどまらんため、この集を名づけて千載和歌集といふ」。積み重なった歴史をふりかえるとともに、ここから始まる未来を見据える。編者俊成の広いパースペクティブに立つ和歌史観を土台としたこの歌集には、まことに相応しい名称である。
一条天皇から後鳥羽天皇まで、十七代約二百年に及ぶ時代の和歌を集めている。当代歌人が歌数のほぼ半ばを占めるが、先代では特に一条朝の栄華時代が重視されており、和泉式部(21首)はもちろん、それまで勅撰集では冷遇されてきた観のある紫式部の歌が、初めて多く採り入れられているのも目につく(9首)。
編者俊成は、かねてより後拾遺以後の三勅撰集に対して批判的な見解を抱いていた。趣向の面白おかしさに走り、「ざれ歌様」、すなわち誹諧歌風の浮ついた調子の歌が多いことを非難していたのである。俊成はこうした前代の和歌の主流を否定し、和歌本来の格調と抒情性の恢復を目指した。それは一面三代集的伝統への復帰としてあらわれ、また一面本歌取りのような方法的革新、あるいは幽玄体と呼ばれる新しい美的様式としてあらわれた。例えば、
  夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
千載集を代表する俊成の名作であるが、単なる秋の夕暮の野の叙景歌ではない。「野とならば鶉となりて鳴きをらん仮にだにやは君は来ざらむ」(伊勢物語)を踏まえ、鶉には「憂」をかけると共に、男を待ち続けて化身してしまった哀れな女の物語が暗示されている。秋風の吹く野という広がりのある空間に、物語と抒情が盛り込まれ、三十一文字という和歌の「詞」の限界を、「心」によって押し拡げているのである。
このように、和歌はもはや文芸としての徹底した方法意識のもとに作られるようになっていた。「武者の世」(愚管抄)にあって、貴族社会の根底が揺るがされると共に、和歌もまた存立の基盤をきびしく自問せざるを得なかった。そうした危機の時代を克服しようとした苦闘の跡は、おしなべて優艷と憂愁の表情の下に、包み隠されているのであるが。

【定家八代抄に漏れた主な名歌】
池水に汀の桜散りしきて浪の花こそさかりなりけれ(後白河院)
吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな(源義家)
都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関(源頼政)
薩摩潟沖の小島に我ありと親には告げよ八重の潮風(平康頼)
かねてより思ひしことぞ伏柴のこるばかりなる歎きせむとは(待賢門院堀河)
思ひわびさても命はあるものを憂きにたへぬは涙なりけり(道因)

【底本】『八代集 三』(奥村恒哉校注 東洋文庫)

【参照】『千載和歌集』(片野達郎・松野陽一校注 岩波新日本古典文學大系) 以下、新大系本と略称。なお新大系本の底本は龍門文庫蔵本。



―目次―

巻一(春上) 巻二(春下) 巻三(夏) 巻四(秋上) 巻五(秋下) 巻六(冬) 巻七(離別) 巻八(羇旅) 巻九(哀傷) 巻十(賀) 巻十一(恋一) 巻十二(恋二) 巻十三(恋三) 巻十四(恋四) 巻十五(恋五) 巻十六(雑上) 巻十七(雑中) 巻十八(雑下) 巻十九(釈教) 巻二十(神祇)



巻第一(春歌上)13首

堀河院御時、百首歌奉りける時よめる   中納言国信

0002 みむろ山谷にや春の立ちぬらむ雪の下水岩たたくなり (0007)

百首歌たてまつりける時、初春の心をよめる
                   待賢門院堀河

0003 雪ふかき岩のかけ道跡たゆる吉野の里も春は来にけり (0011)

百首歌たてまつりける時、子日(ねのび)の心をよめる

0012 ときはなる松もや春を知りぬらん初子(はつね)をいはふ人にひかれて (0025)

堀河院の御時、百首の歌たてまつりけるうち、若菜の歌とてよめる
                    源俊頼朝臣

0014 春日野の雪を若菜につみそへて今日さへ袖のしをれぬるかな (0021)

堀河院の御時、百首の歌たてまつりける時、梅花の歌とてよめる
                   前中納言匡房

0020 にほひても分かばぞ分かむ梅の花それとも見えぬ春の夜の月 (0049)

註:新大系本、第四句「それとも見えず」。

百首の歌めしける時に梅の歌とてよませ給うける
                     崇徳院御製

0025 春の夜は吹きまふ風の移り香を木ごとに梅と思ひけるかな (0051)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、春雨の心をよめる
                      藤原基俊

0032 春雨の降り()めしより片岡のすそ野の原ぞあさ緑なる (0071)

堀河院の御時、百首の歌のうち帰雁の歌とてよめる
                     源俊頼朝臣

0036 春くればたのむの雁もいまはとて帰る雲路に思ひ立つなり (0082)

註:新大系本、第五句「思ひたつかな」。

崇徳院に百首の歌奉りける時、花の歌とてよめる
                    左京大夫顕輔

0056 葛城や高間の山の桜花雲井のよそに見てや過ぎなん (0097)

                    藤原清輔朝臣

0058 神がきの三室の山は春きてぞ花のしらゆふかけて見えける (0102)

故郷花といへる心をよみ侍りける     よみ人しらず

0066 さざ波や志賀の都はあれにしを昔ながらの山桜かな (0103)

花の歌とてよめる              円位法師

0069 おしなべて花のさかりになりにけり山の端ごとにかかる白雲 (0100)

十首の歌人々によませ侍りける時、花の歌とてよみ侍りける
                   皇太后宮大夫俊成

0076 み吉野の花のさかりをけふ見れば越の白根に春風ぞ吹く (0101)

巻第二(春歌下)3首

同じ百首の時、すみれをよめる        中納言国信

0108 こよひ寝て摘みて帰らむ菫さく小野の芝生は露しげくとも (0179)

註:「同じ百首」は堀河百首。新大系本、第三句「すみれ草」。

百首の歌めしける時、暮の春の心をよませたまうける
                      崇徳院御製

0122 花は根に鳥はふる巣に帰るなり春の泊りを知る人ぞなき (0192)

三月尽の日、皇太后宮大夫俊成のもとによみてつかはしける
                       法印静賢

0131 花はみな四方の嵐にさそはれてひとりや春の今日は行くらむ (0193)

註:新大系本、第二句「よその嵐に」。

巻第三(夏歌)6首

暁聞時鳥といへる心をよみ侍りける     右大臣(みぎのおほいまうちぎみ)

0161 ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる (0242)

註:作者は徳大寺実定。これは百人一首入集歌。

摂政右大臣の時の歌合に、ほととぎすの歌とて
                    皇太后宮大夫俊成

0165 過ぎぬるか夜半のねざめの郭公こゑは枕にある心ちして (0243)

花橘薫枕といへる心をよめる         藤原公衡朝臣

0175 をりしもあれ花橘のかをるかな昔を見つる夢の枕に (0227)

百首の歌めしける時、花橘の歌とてよませ給うける
                       崇徳院御製

0176 五月雨に花たちばなのかをる夜は月すむ秋もさもあらばあれ (0226)

崇徳院に百首の歌奉りける時よめる
                    皇太后宮大夫俊成

0183 五月雨は()く藻のけぶりうちしめりしほたれまさる須磨の浦人 (0230)

百首の歌奉りける時、六月(みなづき)の御祓をよめる

0224 いつとても惜しくやはあらぬ年月を御祓に捨つる夏の暮かな (0262)

註:新大系本、第四句「みそぎにすつる」。

巻第四(秋歌上)20首

秋立つ日よみ侍りける              侍従乳母

0226 秋たつと聞きつるからに我が宿の荻の葉風の吹きかはるらむ (0279)

註:新大系本、第一句「秋きぬと」。

百首の歌奉りける時、秋立つ心をよめる
                    皇太后宮大夫俊成

0229 八重(むぐら)さしこもりにし蓬生(よもぎふ)にいかでか秋の分けて来つらん (0280)

初秋の心をよめる                寂然法師

0230 秋は来ぬ年は半ばに過ぎぬとや荻吹く風のおどろかすらむ (0281)

註:新大系本、第二句「年もなかばに」。

郁芳門院千栽合に、荻をよめる         大蔵卿行宗

0233 物ごとに秋のけしきはしるけれど先づ身にしむは荻の上風(うはかぜ) (0282)

註:新大系本、第一句「ものごとの」。

百首の歌奉りける時、七夕の心をよめる
                       大納言隆季

0236 七夕の天津ひれ吹く秋風に八十(やそ)船津(ふなづ)を御船出づらし (0299)

七夕の心をよめる               源俊頼朝臣

0239 七夕のあまの河原の岩まくら交はしもはてず明けぬこの夜は (0300)

百首の歌中に七夕の心をよませたまうける
                       崇徳院御製

0240 七夕に花そめ衣ぬぎかせば暁露のかへすなりけり (0301)

題しらず                    和泉式部

0247 人もがな見せも聞かせも萩が花咲く夕かげの日ぐらしの声 (0335)

註:新大系本、第三句「萩の花」。

堀河院の御時、百首の歌奉りける時よみ侍りける
                      大納言師頼

0251 露茂き(あした)の原の女郎花一枝をらむ袖はぬるとも (0339)

百首歌奉りける時、秋歌とてよめる
                   皇太后宮大夫俊成

0259 夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里 (0403)

題しらず                   法印慈円

0263 草木まで秋のあはれをしのべばや野にも山にも露こぼるらむ (0361)

崇徳院に百首の歌奉りける時よめる     藤原清輔朝臣

0265 竜田姫かざしの玉の緒をよわみ乱れにけりと見ゆる白露 (0362)

月の歌三十首よませ侍りける時よみ侍りける
                 法性寺入道前太政大臣

0275 秋の月たかねの雲のあなたにて晴れゆく空の暮るる待ちけり (0314)

註:作者は藤原忠通

堀河院の御時、百首の歌奉りける時よめる
                      源俊頼朝臣

0276 木枯しの雲吹き払ふ高嶺よりさえても月のすみのぼるかな (0315)

権中納言俊忠、桂の家にて、水上月といへる心をよみ侍りける

0281 あすも来む野路の玉川萩こえて色なる波に月やどりけり (0309)

百首の歌の中に月の歌とてよませ給うける
                     藤原清輔朝臣

0285 塩竃の浦吹く風に霧はれて八十島かけてすめる月影 (1674)

註:詞書は0282番の崇徳院御製にかかるため、敬語が用い  られている。

題しらず                  藤原基俊

0287 山の端にますみの鏡かけたりと見ゆるは月の出づるなりけり (0317)

註:詞書「題しらず」は底本になし。新大系本により補う。

賀茂社の後番の歌合とて、神主重保歌よませ侍りける時よめる
                     権中納言長方

0292 八百日ゆく浜のまさごを敷きかへて玉になしつる秋の夜の月 (0318)

題しらず                  藤原清輔朝臣

0297 更けにける我が世の秋ぞあはれなるかたぶく月は又も出でなん (0319)

法性寺入道前太政大臣(おほきおほいまうちぎみ)の家にて、澗底月といへる心をよみ侍りける
                       源俊頼朝臣

0301 照る月の旅寝の床やしもとゆふ葛城山の渓河(たにがは)の水 (0320)

巻第五(秋歌下)15首

題しらず                    大弐三位

0302 遥かなるもろこしまでも行く物は秋の寝覚の心なりけり (0398)

崇徳院に百首の歌奉りける時、秋の歌とてよめる
                       藤原季通朝臣

0304 秋の夜は松を払はぬ風だにもかなしきことの音をたてずや (0399)

註:新大系本、第五句「()をたてずやは」。

堀河院の御時、百首の歌奉りける時       大納言公実

0308 杣かたに道やまどへるさを鹿の妻どふ声のしげくもあるかな (0417)

鹿の歌とてよめる                寂蓮法師

0325 尾上より門田にかよふ秋風に稲葉をわたるさを鹿の声 (0415)

題しらず                   式子内親王

0335 草も木も秋の末葉は見えゆくに月こそ色はかはらざりけれ (0439)

註:新大系本、第四句「月こそ色も」。

堀河院御時、百首の歌奉りける時、擣衣
                       源俊頼朝臣

0340 松風の音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里 (0386)

                        藤原基俊

0341 たがためにいかに打てばか唐衣千たび八千たび声のうらむる (0387)

百首の歌よみ侍りける時、菊の歌とてよめる
                        藤原家隆

0350 冴えわたる光を霜にまがへばや月にうつろふ白菊の花 (0434)

註:新大系本、第三句「まがへてや」。

瞻西上人雲居寺にて結縁経の後宴に歌合し侍りけるに野風の心をよめる
                        藤原基俊

0352 秋にあへずさこそは葛の色づかめあなうらめしの風のけしきや (0401)

歌合し侍りける時、紅葉の歌とてよめる
                      左京大夫顕輔

0359 山姫に千重の錦を手向けても散るもみぢ葉をいかでとどめん (0450)

題しらず                    覚盛法師

0368 秋といへば岩田の小野の(ははそ)原しぐれも待たず紅葉しにけり (0395)

註:詞書「題しらず」は底本になし。新大系本により補う。

大井川に紅葉見にまかりてよめる         俊恵法師

0370 けふ見れば嵐の山は大井川もみぢ吹き下ろす名にこそありけれ (0481)

堀河院の御時の百首の歌奉りける時よめる
                      源俊頼朝臣

0378 秋の田に紅葉散りける山里をこともおろかに思ひけるかな (0469)

百首の歌めしける時、九月尽の心をよませ給うける
                      崇徳院御製

0381 紅葉ばの散りゆく方を尋ぬれば秋も嵐の声のみぞする (0473)

百首の歌奉りける時、九月尽の心をよめる
                  花園左大臣家小大進

0386 こよひまで秋はかぎれと定めける神代もさらにうらめしきかな (0474)

註:作者は式部大輔菅原在良のむすめ。

巻第六(冬歌)11首

百首の歌めしける時、初冬の心をよませ給うける
                      崇徳院御製

0390 ひまもなく散るもみぢ葉に埋もれて庭のけしきも冬ごもりけり (0488)

題しらず                    和泉式部

0396 外山ふく嵐のかぜの音きけばまだきに冬の奥ぞ知らるる (0489)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時よめる
                      前中納言匡房

0398 高砂の尾上の鐘の音すなり暁かけて霜やおくらむ (0522)

題しらず                    藤原基俊

0401 霜さえて枯れゆく小野の岡辺なる楢の広葉(ひろは)に時雨ふるなり (0523)

崇徳院に百首の歌奉りける時、落葉の歌とてよめる
                   皇太后宮大夫俊成

0404 まばらなる槙の板屋に音はして漏らぬ時雨や木の葉なるらん (0495)

時雨の歌とてよめる              従三位頼政

0408 山めぐり雲の下にやなりぬらむすそ野の原に時雨過ぐなり (0496)

註:新大系本、第一句「山めぐる」。

                        道因法師

0410 嵐吹く比良の高根の()渡しにあはれ時雨るる神な月かな (0497)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時の時雨の歌
                        中納言国信

0411 深山辺(みやまべ)の時雨れてわたる数ごとにかごとがましき玉柏(たまがしは)かな (0498)

宇治にまかりて侍りける時よめる         中納言定頼

0420 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに顕れわたる瀬々の網代木(あじろぎ) (0390)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、鷹狩をよめる
                       藤原仲実朝臣

0421 やかた尾のましろの鷹を引きすゑて宇陀(うだ)鳥立(とだ)ちを狩りくらしつる (0530)

千鳥をよめる               皇太后宮大夫俊成

0425 須磨の関有明の空に鳴く千鳥かたぶく月は(なれ)もかなしも (0536)

註:新大系本、第五句「なれもかなしや」。

巻第七(離別歌)5首

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、別れの心をよみ侍りける
                        源俊頼朝臣

0481 忘るなよ帰る山路に跡たえて日数は雪の降りつもるとも (0753)

修行に出で立ち侍る時、いつほどにか返りまうで来べきと人のいひ侍りければよめる
                        大僧正行尊

0482 帰りこむほどをばいつと言ひおかじ定めなき身は人だのめなり (0754)

百首の歌奉りける時、別れの心を        左京大夫顕輔

0483 頼むれど心変りて帰りこばこれぞやがての別れなるべき (0758)

                       上西門院兵衛

0484 限りあらむ道こそあらめこの世にて別るべしとは思はざりしを (0759)

成尋(じやうじん)法師入唐し侍りける時よみ侍りける
                        成尋法師母

0491 忍べどもこの別れ路を思ふにもからくれなゐの涙こそふれ (0760)

註:新大系本、第三句「思ふには」。

巻第八(羇旅歌)7首

題しらず                   藤原範永朝臣

0498 有明の月も清水にやどりけりこよひは越えじ逢坂の関 (0814)

法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、関路月といへる心をよみ侍りける
                        中納言師俊

0499 播磨路や須磨の関屋の板びさし月もれとてやまばらなるらん (0815)

月前旅宿といへる心をよめる            藤原基俊

0500 あたら夜を伊勢の浜荻折りしきて妹恋しらに見つる月かな (0816)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、旅の歌とてよめる
                        中納言国信

0501 波のうへに有明の月を見ましやは須磨の関屋にやどらざりせば (0817)

百首の歌めしける時、旅の歌とてよませ給うける
                        崇徳院御製

0509 狩衣袖の涙にやどる夜は月も旅寝の心ちこそすれ (0823)

                     皇太后宮大夫俊成

0515 浦づたふ磯の苫屋の梶枕聞きもならはぬ波の音かな (0824)

客衣露重といへる心をよみ侍りける        前大僧正覚忠

0524 旅衣朝立つ小野の露茂みしぼりもあへず忍ぶもぢずり (0820)

巻第九(哀傷歌)14首

中将道信朝臣身まかりにける、おくりをさめての(あした)によめる
                         藤原頼孝

0550 思ひかねきのふの空をながむればそれかと見ゆる雲だにもなし (0668)

花山院かくれさせ給うてのころ、よみ侍りける
                         藤原長能

0554 老いらくの命のあまり長くして君にふたたび別れぬるかな (0669)

後一条院かくれさせ給うての年、時鳥の鳴きけるによませ給うける
                         上東門院

0555 一声も君に告げなむ時鳥この五月雨は闇にまどふと (0676)

恒徳公かくれ侍りて後、かの常に見侍りける鏡の、物の中に侍りけるを見てよみける
                       藤原道信朝臣

0565 年をへて君が見なれします鏡むかしの影はとまらざりけり (0677)

少将に侍りける時、大納言忠家かくれ侍りにけるのち五月五日、中納言国信中将に侍りける、消息して侍りけるついでに、つかはしける
                       権中納言俊忠

0572 墨染の袂にかかる根を見ればあやめも知らぬ涙なりけり (0679)

返し                       中納言国信

0573 あやめ草うきねを見ても涙のみかからむ袖を思ひこそやれ (0680)

註:新大系本、第四句「かくらむ袖を」。

あひ知れりける女身まかりにける時、月を見てよめる
                       藤原有信朝臣

0576 もろともに有明の月を見しものをいかなる闇に君まよふらん (0697)

註:新大系本、第五句「君まどふらん」。

二条院かくれさせ給ひて御わざの夜よみ侍りける
                         法印澄憲

0589 つねに見し君が御幸(みゆき)をけふ問へば帰らぬ旅と聞くぞかなしき (0699)

大炊御門の右大臣身まかりて後、かの記しおきて侍りける私記どもの侍りけるを見て、よみ侍りける
                     右大臣(みぎのおほいまうちぎみ)

0590 をしへおくその言の葉を見るたびに又問ふかたのなきぞかなしき (0702)

註:詞書の「大炊御門右大臣」は藤原公能。作者は徳大寺実定。

母の二位身まかりて後よみ侍りける          民部卿成範(しげのり)

0591 鳥辺山思ひやるこそかなしけれ独りや苔の下に朽ちなむ (0703)

母身まかりにける時よめる              顕昭法師

0602 たらちめやとまりて我を惜しままし代はるに代ふる命なりせば (0704)

註:新大系本、第四句「代るに代る」。

同行の上人西住、秋の頃わづらふことありて、限りに見え侍りければよめる
                          円位法師

0603 もろともに眺め眺めて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき (0726)

西住法師身まかりにける時、終り正念なりけるよし聞きて、円位法師のもとへつかはしける
                          寂然法師

0604 乱れずと終り聞くこそ嬉しけれさても別れはなぐさまねども (0727)

返し                        円位法師

0605 この世にて又あふまじき悲しさにすすめし人ぞ心乱れし (0728)

巻第十(賀歌)4首

京極の前の太政大臣(おほきおほいまうちぎみ)高陽院(かやのゐん)家歌合に、祝の心をよみ侍りける
                          源俊頼朝臣

0615 おちたぎつ八十(やそ)宇治川の早き瀬に岩こす波は千世の数かも (0610)

註:京極前太政大臣は藤原師実(もろざね)

二条太皇太后、賀茂の斎院(いつき)と申しける時、本院にて、松枝映水といへる心をよみ侍りける
                       京極前太政大臣

0616 千はやぶるいつきの宮の有栖川松とともにぞ影はすむべき (0601)

註:作者は藤原師実(もろざね)。詞書の「二条太皇太后」は白河天皇  第三皇女令子。

祝の心をよめる                   藤原基俊

0618 奧山の八峯(やつを)の椿君が世にいくたび影を変へんとすらん (0611)

高倉院の御時、内裏にまゐり侍りけるに、うへの御笛に万歳楽ふかせ給うけるを、初めてうけたまはりて又の日、女房の中に申し侍りける
                           右大臣

0630 笛の音の万世(よろづよ)までと聞こえしを山も答ふる心地せしかな (0631)

註:作者は徳大寺実定。

巻第十一(恋歌一)12首

堀河院の御時、百首の歌たてまつりける時、初恋の心をよめる
                         源俊頼朝臣

0641 難波江の藻にうづもるる玉柏あらはれてだに人を恋ひばや (0835)

題しらず                       輔仁親王

0646 いかにせむ思ひを人にそめながら色に出でじと思ふ心を (0881)

註:新大系本、第五句「忍ぶ心を」。

百首の歌奉りける時、恋の歌とてよめる
                        左京大夫顕輔

0651 思へどもいはでの山に年を経て朽ちやはてなむ谷の(むも)れ木 (0885)

0652 高砂の尾上の松に吹く風の音にのみやは聞きわたるべき (0985)

                       待賢門院堀河

0653 荒磯の岩にくだくる波なれやつれなき人にかくる心は (0964)

題しらず                     寂然法師

0664 みちのくの忍ぶもぢずり忍びつつ色には出でじ乱れもぞする (0852)

                       藤原清輔朝臣

0665 難波女(なにはめ)のすくも焚く火の下焦がれ上はつれなき我が身なりけり (0905)

題しらず                  よみ人しらず

0668 いかにせむ御垣が原に摘む芹のねにのみ泣けど知る人のなき (0874)

註:作者は『治承三十六人歌合』によれば平経盛。新大系本、第五句「知る人もなき」。

                       花園左大臣

0673 たよりあらば海人の釣舟ことづてん人を見るめに求め侘びぬと (0910)

註:作者「花園左大臣」は源有仁。新大系本、第五句「求めわびぬる」。

百首の歌よみ給ひける時、恋の歌         式子内親王

0677 はかなしや枕定めぬうたた寝にほのかにまよふ夢の通ひ路 (1222)

同じ家に百首歌よみ侍りける時、初恋の心をよみ侍りける
                      皇太后宮大夫俊成

0702 照射(ともし)する端山が裾の下露や入るより袖はかくしほるらん (0872)

註:新大系本、第五句「入るより袖の」。

忍ぶる恋

0703 いかにせむ室の八島に宿もがな恋のけぶりを空にまがへん (0873)

巻第十二(恋歌二)6首

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、恋の心をよみ侍りける
                        大納言公実

0704 思ひあまり人に問はばや水無瀬川むすばぬ水に袖はぬるやと (0935)

権中納言俊忠家に恋の十首歌よみ侍りける時、祈れども逢はざる恋といへる心を
                        源俊頼朝臣

0708 憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを (0932)

寄石恋といへる心を               二条院讃岐

0760 我が袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らねかわく間もなき (0956)

註:新大系本、第五句「かわく間ぞなき」。

恋の歌とてよめる                 俊恵法師

0766 夜もすがら物思ふ頃は明けやらぬ(ねや)のひまさへつれなかりけり (0957)

                         藤原親盛

0769 思ひ堰く心の(うち)のしがらみも堪へずなりぬる涙川かな (0939)

註:新大系本、第四句「堪え(へ)ずなりゆく」。

法住寺殿の殿上の歌合に、臨期違約恋といへる心をよめる
                     皇太后宮大夫俊成

0779 思ひきや(しぢ)の端書き書きつめて百夜(ももよ)も同じまろ寝せんとは (1036)

巻第十三(恋歌三)9首

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、恋の心をよめる
                        源俊頼朝臣

0789 麻手ほす(あずま)乙女の茅筵(かやむしろ)しきしのびても過ぐす頃かな (1010)

註:底本は初句「あまてほす」。新大系本により改変。新大系本、第五句「過ぐるころ哉」。

堀河院の御時、艶書の歌を上の(をのこ)どもによませさせ給うて、歌よむ女房のもとにつかはしけるを、大納言公実は康資(やすすけわう)の王の母につかはしけるを、又周防内侍にもつかはしけると聞きて、(そね)みたる歌を送りて侍りければ、つかはしける
                         大納言公実

0792 満つ潮に末葉をあらふ流れ蘆の君をぞ思ふ浮きみ沈みみ (1011)

中将に侍りける時、歌合し侍りけるに、恋の歌とてよめる
                        権中納言俊忠

0793 我が恋は海人の苅藻(かるも)に乱れつつかわく時なき波の下草 (1012)

百首歌奉りける時、恋の心をよめる        待賢門院堀河

0802 長からむ心も知らず黒髪の乱れてけさは物をこそ思へ (1052)

摂政右大臣の時の家の歌合に、旅宿逢恋といへる心をよめる
                       皇嘉門院別当

0807 難波江の蘆のかりねの一夜ゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき (1070)

中納言国信忍びて物申して後つかはしける
                       前斎院新肥前

0811 東屋の浅木の柱我ながらいつふしなれて恋しかるらん (1095)

契ること侍りけるを忘れたる女につかはしける
                       右近中将忠良

0834 何とかや忍ぶにはあらで古郷の軒端に茂る草の名ぞ憂き (1397)

註:「草の名」とは忘れ草のこと。

右大臣に侍りける時百首歌よませ侍りける時、後朝の歌とてよみ侍りける
                       摂政前右大臣

0838 帰りつる名残の空をながむれば慰めがたき有明の月 (1050)

註:作者は九条兼実。

                     皇太后宮大夫俊成

0839 忘るなよ世々の契りを菅原や伏見の里の有明の空 (1051)

巻第十四(恋歌四)16首

題しらず                     和泉式部

0841 これもみなさぞな昔の契りぞと思ふものからあさましきかな (1410)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、恋の心をよめる
                          藤原基俊

0847 ()の間よりひれ振る袖をよそに見ていかがはすべき松浦(まつら)さよひめ (0961)

崇徳院に百首歌奉りける時、恋の歌とてよめる
                      皇太后宮大夫俊成

0857 恋をのみ飾磨(しかま)の市に立つ民も絶えぬ思ひに身をや替へてむ (1346)

註:新大系本、第三句「立つ民の」。

                        藤原清輔朝臣

0860 逢ふことは引佐細江(いなさほそえ)の身をつくし深きしるしもなき世なりけり (0909)

二条院の御時、上の(をのこ)ども百首歌奉りける時、忍恋の心をよめる
                        刑部卿範兼

0873 月待つと人にはいひてながむれば慰めがたき夕暮の空 (1376)

題しらず                      円位法師

0875 知らざりき雲居のよそに見し月の影を袂にやどすべしとは (1367)

寄浦恋といへる心をよめる           二条院内侍参河

0879 待ちかねてさ夜も吹飯(ふけゐ)の浦風に頼めぬ波の音のみぞする (1040)

恋歌とてよめる                     讃岐

0880 一夜とて夜離(よが)れし床のさむしろにやがても塵の積りぬるかな (1075)

(あけ)ぐれの空をともにながめける女、又逢ふまでの形見に見んと申しける後、つかはしける
                      右近中将忠良

0884 忘れぬや忍ぶやいかに逢はぬ間の形見と聞きし明闇(あけぐれ)の空 (1153)

註:新大系本、詞書の冒頭「曙ぐれ」は「有明」。また第五句は  「ありあけの空」。

歌合し侍りける時、恋の歌とてよめる         俊恵法師

0885 思ひかねなほ恋路にぞ帰りぬる恨みはすゑも劣らざりけり (1405)

註:底本、第三句は「帰める」。新大系本により改変。新大系本、第五句「とを(ほ)らざりけり」。

                        殷富門院大輔

0886 見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず (1325)

隔川恋といへる心をよみ侍りける          従三位頼政

0887 山城の美豆野(みづの)の里に妹をおきていくたび淀に船よばふらん (1171)

初陳後思恋といへる心をよめる           二条院讃岐

0891 いまさらに恋しといふも頼まれずこれも心の変ると思へば (1446)

摂政右大臣の時、家の歌合に、恋の心をよめる
                       皇太后宮大夫俊成

0897 逢ふことは身をかへてとも待つべきに世々を隔てむほどぞかなしき (1030)

註:新大系本、第三句は「待つべきを」。

題しらず                    右近中将忠良

0902 これはみな思ひしことぞ馴れしよりあはれ名残をいかにせんとは (1187)

                        権中納言通親

0903 死ぬとても心を分くるものならば君に残してなほや恋ひまし (1188)

巻第十五(恋歌五)17首

題しらず                        相模

0904 うたた寝にはかなく覚めし夢をだにこの世に又は見でややみなん (1221)

                         和泉式部

0905 音を泣けば袖は朽ちても失せぬめりなほ憂きことぞ尽きせざりける (1335)

註:新大系本、第三句は「失せぬなり」。

0906 ともかくも言はばなべてになりぬべし音に泣きてこそ見すべかりけれ (1336)

0907 有明の月見すさびにおきていにし人の名残をながめしものを (1383)

左大将朝光が誓言文(ちかごとふみ)を書きて、代りおこせよと責め侍りければ、つかはしける
                            馬内侍

0909 千はやぶる賀茂の社の神も聞け君忘れずは我も忘れじ (1244)

題しらず                    右近中将忠良

0922 思ひ出でよ夕べの雲もたなびかばこれや歎きに絶えぬけぶりと (1354)

註:新大系本により詞書を付加。

                        左兵衞督隆房

0923 恋ひ死なばうかれん(たま)よしばしだに我が思ふ人の(つま)にとどまれ (1237)

                      太皇太后宮小侍従

0924 君恋ふとうきぬる魂のさ夜ふけていかなる褄にむすばれぬらん (1238)

註:作者名、新大系本により付加。

                        殷富門院大輔

0926 変りゆくけしきを見ても生ける身の命をあだに思ひけるかな (1239)

                          俊恵法師

0927 君やあらぬ我が身やあらぬおぼつかな頼めしことのみな変りぬる (1391)

                          円位法師

0928 物思へどかからぬ人もあるものをあはれなりける身の契りかな (1384)

註:新大系本、初句は「もの思へども」。

月前恋といへる心をよめる

0929 なげけとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな (1364)

                          寂超法師

0930 ひさかたの月ゆゑにやは恋ひそめしながむればまづ濡るる袖かな (1365)

百首歌めしける時、恋の歌とてよませ給うける
                       皇太后宮大夫俊成

0941 おく山の岩垣沼のうきぬなは深きこひぢに何乱れけん (1347)

註:詞書は935番の崇徳院御製にかかるため尊敬表現が用いられている。

                        上西門院兵衛

0944 何せんに空頼めとて恨みけむ思ひ絶えたる言もありけり (1100)

註:新大系本、第五句は「暮もありけり」。

恋の歌とてよめる                藤原経家朝臣

0950 契りしにあらずなるとの浜千鳥跡だにみせぬ恨みをぞする (1323)

題しらず                     源俊頼朝臣

0955 これを見よ六田(むつた)の淀に小網(さで)さしてしをれし賤の麻衣かは (1326)

巻第十六(雑歌上)20首

上東門院より六十賀行なひ給ひける時、よみ侍りける
                    法成寺入道前太政大臣

0959 数へ知る人なかりせば奧山の谷の松とや年を積ままし (1480)

二月ばかり、月のあかき夜、二条院にて人々あまた居明かして物語などし侍りけるに、内侍周防寄り臥して「枕をがな」としのびやかにいふを聞きて、大納言忠家、「是を枕に」とて、かひなを御簾の下よりさし入れて侍りければよみ侍りける
                          周防内侍

0964 春の夜の夢ばかりなる手枕(たまくら)にかひなく立たむ名こそ惜しけれ (0954)

といひ出だし侍りければ、返り事によめる
                         大納言忠家

0965 契りありて春の夜ふかき手枕をいかがかひなき夢になすべき (0955)

祭の使にて神(だち)の宿所より斎院の女房につかはしける
                         藤原実方朝臣

0970 千はやぶるいつきの宮の旅寝にはあふひぞ草の枕なりける (1765)

弾正尹為尊のみこかくれ侍りて後、大宰帥敦道のみこ花橘をつかはして、いかが見ると言ひて侍りければつかはしける
                           和泉式部

0971 かをる香によそふるよりは時鳥聞かばや同じ声やしたると (1591)

上西門院賀茂の斎院(いつき)と申しけるを、替らせ給ひて、唐崎に祓へし給ひける御供にて、女房のもとにつかはしける
                       八条前太政大臣

0972 きのふまでみたらし川にせし(みそぎ)志賀の浦波立ちぞかはれる (1650)

註:「八条前太政大臣」は藤原実行。

月の歌あまたよませ侍りける時よみ侍りける
                     法性寺入道前太政大臣

0981 さざ波や国つみ神のうらさびて古き都に月ひとりすむ (1677)

註:新大系本、第三句は「うらさへ(え)て」。

題しらず                        相模

0985 ながめつつ昔も月は見しものをかくやは袖のひまなかるべき (1601)

山家月といへる心をよみ侍りける       皇太后宮大夫俊成

0988 住みわびて身を隠すべき山里にあまり隈なき夜半の月かな (1603)

月歌十首よみ侍りける時             藤原清輔朝臣

0994 今よりは更けゆくまでに月は見じそのこととなく涙落ちけり (1607)

都を離れて遠くまかること侍りける時、月を見てよみ侍りける
                         法印静賢

0996 あかなくにまたもこの世にめぐり来ば面変りすな山の端の月 (1605)

百首歌奉りける時、月の歌とてよめる
                        待賢門院堀河

0999 残りなく我が世ふけぬと思ふにもかたぶく月にすむ心かな (1606)

寒夜月といへる心をよみ侍りける          円位法師

1009 霜さゆる庭の木の葉を踏み分けて月は見るやと訪ふ人もがな (1712)

摂政前右大臣の家に百首の歌よませ侍りける時、月の歌の中によめる
                         俊恵法師

1022 この世にて六十(むそぢ)はなれぬ秋の月死出の山路も面変りすな (1608)

月の歌とてよめる                 円位法師

1023 来ん世には心のうちにあらはさむあかでやみぬる月の光を (1609)

堀河院の御時、百首の歌奉りける時、述懐の心をよめる
                         藤原基俊

1025 唐国に沈みし人も我がごとく三代まで逢はぬ歎きをばせし (1550)

註:新大系本、第五句は「歎きをぞせし」。

僧都光覚維摩会の講師の請を申しけるを、たびたび洩れにければ、法性寺入道前太政大臣に恨み申しけるを、しめぢが原と侍りけれど、又その年も洩れにければ、つかはしける

1026 契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり (1488)

運を恥づる百首歌よみ侍りける中によめる
                         源俊頼朝臣

1027 世の中のありしにもあらずなりゆけば涙さへこそ色かはりけれ (1551)

同じ竜門の心をよめる              藤原清輔朝臣

1039 仙人(やまびと)の昔の跡を来てみれば空しき床をはらふ谷風 (1680)

註:「同じ竜門」は吉野の竜門寺。

夏草をよめる                   源俊頼朝臣

1045 潮満てば野島が崎のさ百合葉に波越す風の吹かぬ日ぞなき (1667)

巻第十七(雑歌中)19首

五十御賀過ぎて又の年の春、鳥羽殿の桜の盛りに御前の花を御らんじてよませ給うける
                         鳥羽院御製

1052 心あらば匂ひを添へよ桜花のちの春をば誰か見るべき (1586)

註:新大系本、第五句は「いつか見るべき」。

遁世ののち花の歌とてよめる         皇太后宮大夫俊成

1056 雲の上の春こそさらに忘られね花は数にも思ひ出でじと (1582)

註:新大系本、第五句は「思ひ出でじを」。

石山にたびたび詣で侍りけるを、はての度関の清水のもとに御車とどめて、この度ばかりやと心細く御覧じてよませ給うける
                          東三条院

1057 あまたたび行き逢坂の関水にいまは限りの影ぞかなしき (1651)

花の歌あまたよみ侍りける時             円位法師

1067 仏には桜の花をたてまつれ我がのちの世を人とぶらはば (1801)

世を背きて又の年の春、花を見てよめる        寂然法師

1068 この春ぞ思ひはかへす桜花むなしき色に染めし心を (1578)

摂政右大臣の時、家の歌合に、述懐の歌とてよめる
                          源師光

1088 今はただ生けらぬものに身をなして生まれぬ後の世にも()るかな (1549)

長月のつごもりかたに、わづらふことありて、たのもしげなく覚えければ、久しく問はぬ人につかはしける
                          藤原基俊

1093 秋はつる枯野の虫の声絶えばありやなしやを人のとへかし (1553)

女のもとにまかりて、月の(あか)く侍りけるに、空のけしき物心細く侍りければよみ侍りける
                        藤原道信朝臣

1094 この世には住むべきほどや尽きぬらむ世の常ならず物の悲しき (1554)

常よりも世間(よのなか)はかなく聞こえける頃、相模がもとにつかはしける
                        藤原兼房朝臣

1097 あはれとも誰かは我を思ひ出でんある世をだにも問ふ人もなし (1555)

註:新大系本、第四句は「ある世にだにも」。

高野にまうで侍りける頃、山路にてよみ侍りける
                      仁和寺法親王守覚

1107 跡たえて世をのがるべき道なれや岩さへ苔の衣着にけり (1707)

註:新大系本、第五句は「衣着てけり」。

大峯通り侍りける時、笙の岩屋といふ宿にてよみ侍りける
                       前大僧正覚忠

1109 宿りする岩屋の床の苔むしろ幾夜になりぬ()こそ()られね (1513)

述懐の歌とてよみ侍りける            右近中将忠良

1111 背かばやまことの道は知らずとも憂き世にいとふしるしばかりに (1562)

百首歌奉りける時、無常の心をよめる
                     花園左大臣家小大進

1131 あす知らぬみむろの岸の根なし草なにあだし世に生ひはじめけん (1518)

題しらず                      法印慈円

1137 おほけなく憂き世の民におほふかな我が立つ杣の墨染の袖 (1710)

註:新大系本、第四句は「我が立つ杣に」。

                          寂蓮法師

1138 さびしさに憂き世をかへて忍ばずはひとり聞くべき松の風かは (1711)

                          西住法師

1140 まどろみてさてもやみなばいかがせむ寝覚ぞあらぬ命なりける (1520)

註:第五句は底本「命なりけり」、新大系本「命なりける」。第四句の  係助詞「ぞ」を受けてケリは連体形になるので、新大系本を採る。

賀茂社の歌合に、述懐歌とてよめる          寂蓮法師

1146 世の中の憂きは今こそうれしけれ思ひ知らずはいとはましやは (1559)

題しらず                      円位法師

1149 あかつきの嵐にたぐふ鐘の音を心の底にこたへてぞ聞く (1629)

述懐百首の歌よみ侍りける時、鹿の歌とてよめる
                      皇太后宮大夫俊成

1151 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる (1708)

巻第十八(雑歌下)0首

巻第十九(釈教歌)4首

百首歌の中に、法文の歌の中に、普賢経の唯此願王不相捨離といへる心を
                         式子内親王

1222 古郷をひとり別るる夕べにもおくるは月の影とこそ聞け (1808)

摂政前右大臣家に百首歌よませ侍りける時、法文の歌の中に般若経の心をよめる
                       藤原隆信朝臣

1228 呉竹のむなしと説ける言の葉は三世の仏の母とこそ聞け (1802)

大品経の常啼菩薩の心をよめる            寂超法師

1233 朽ちはつる袖にはいかが包まましむなしと説ける御法ならずは (1803)

勧発品の心をよめる             皇太后宮大夫俊成

1246 更にまた花ぞ降りしく鷲の山(のり)のむしろの暮れ方の空 (1806)

巻第二十(神祇歌) 5首

百首歌めしける時、神祇歌とてよませ給うける
                         崇徳院御製

1259 道の辺の塵に光をやはらげて神も仏も名告るなりけり (1762)

                        藤原清輔朝臣

1260 (あめ)の下のどけかれとや榊葉を三笠の山に挿しはじめけん (1761)

大納言辞し申して出で仕へず侍りける時、住吉の社の歌合とて人々よみけるに、述懐の歌とてよみ侍りける
                            右大臣

1262 数ふれば八年(やとせ)経にけりあはれ我が沈みしことは昨日と思ふに (1475)

そののち神感あるやうに夢想ありて、大納言にも還任して侍りけるとなむ

註:作者の「右大臣」は徳大寺実定。

おなじ歌合に社頭月といへる心をよみ侍りける
                           俊恵法師

1265 住吉の松のゆきあひのひまよりも月冴えぬれば霜は置きけり (1769)

寿永元年大嘗会の主基方の歌よみて奉りける時、神楽歌、丹波国神南備の山をよめる
                         権中納言兼光

1286 みしまゆふ肩にとりかけ神南備(かんなび)の山の榊をかざしにぞする (1774)



更新日:平成17-03-03
最終更新日:平成22-02-28


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