藤原俊成 ふじわらのとしなり(-しゅんぜい) 永久二年〜元久元年(1114-1204) 法号:釈阿 通称:五条三位

注釈等のついているテキスト。


  10首  6首  9首  7首  8首 悲傷 10首
  4首  15首  24首 神祇 4首 釈教 3首 計100首

今日といへば唐土(もろこし)までも行く春を都にのみと思ひけるかな(新古5)

聞く人ぞ涙はおつる帰る雁なきて行くなる曙の空(新古59)

ながめするみどりの空もかき曇りつれづれまさる春雨ぞふる(玉葉102)

面影に花のすがたを先だてて幾重越えきぬ峯の白雲(新勅撰57)

いくとせの春に心をつくし来ぬあはれと思へみ吉野の花(新古100)

み吉野の花のさかりをけふ見れば越の白根に春風ぞ吹く(千載76)

またや見ん交野(かたの)御野(みの)の桜がり花の雪ちる春の曙(新古114)

花にあかでつひに消えなば山桜あたりをさらぬ霞とならん(風雅1453)

駒とめてなほ水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川(新古159)

桜ちり春の暮れゆく物思ひも忘られぬべき山吹の花(玉葉270)

昔思ふ草の(いほり)の夜の雨に涙な添へそ山ほととぎす(新古201)

雨そそく花橘に風過ぎて山ほととぎす雲に鳴くなり(新古202)

過ぎぬるか夜半の寝ざめのほととぎす声は枕にある心ちして(千載165)

我が心いかにせよとて時鳥雲間の月の影に鳴くらむ(新古210)

誰かまた花橘に思ひ出でん我も昔の人となりなば(新古238)

五月雨は()()のけぶりうちしめりしほたれまさる須磨の浦人(千載183)

八重(むぐら)さしこもりにし蓬生(よもぎふ)にいかでか秋の分けて来つらん(千載229)

伏見山松の蔭より見わたせば明くる田の()に秋風ぞ吹く(新古291)

水渋(みしぶ)つき植ゑし山田に引板(ひた)はへてまた袖ぬらす秋は来にけり(新古301)

たなばたのとわたる舟の梶の葉にいく秋書きつ露の玉づさ(新古320)

いとかくや袖はしをれし野辺に出でて昔も秋の花は見しかど(新古341)

夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里(千載259)

(いし)ばしる水の白玉数見えて清滝川にすめる月影(千載284)

心とや紅葉はすらむ立田山松は時雨にぬれぬものかは(新古527)

まばらなる槙の板屋に音はして漏らぬ時雨や木の葉なるらむ(千載404)

かつ氷りかつはくだくる山川の岩間にむせぶ暁の声(新古631)

ひとり見る池の氷にすむ月のやがて袖にもうつりぬるかな(新古640)

月きよみ千鳥鳴くなり沖つ風ふけひの浦の明けがたの空(新勅撰404)

須磨の関有明の空に鳴く千鳥かたぶく月は(なれ)もかなしや(千載425)

今日はもし君もや()ふと眺むれどまだ跡もなき庭の雪かな(新古664)

雪ふれば嶺の真榊(まさかき)うづもれて月にみがける天の香久山(新古677)

まきもくの珠城(たまき)の宮に雪ふればさらに昔の(あした)をぞ見る(玉葉1001)

浦づたふ磯の苫屋の梶枕聞きもならはぬ波の音かな(千載515)

あはれなる野島が崎のいほりかな露置く袖に浪もかけけり(千載531)

我がおもふ人に見せばやもろともにすみだ川原の夕暮の空(新勅撰519)

はるかなる芦屋の沖のうき寝にも夢路はちかき都なりけり(新勅撰520)

夏刈りの芦のかり寝もあはれなり玉江の月の明けがたの空(新古932)

立ちかへり又も来てみむ松島や雄島(をじま)の苫屋波に荒らすな(新古933)

難波人あし火たく屋に宿かりてすずろに袖のしほたるるかな(新古973)

世の中は憂きふししげし篠原(しのはら)や旅にしあれば妹夢に見ゆ(新古976)

悲傷

権中納言俊忠の遠忌に鳥部野の墓所の堂にまかりて、夜ふけて帰り侍りけるに、露のしげかりければ

分け来つる袖のしづくか鳥部野のなくなく帰る道芝の露(玉葉2386)

母の思ひに侍りける秋、法輪寺にこもりて、嵐のいたく吹きければ

うき世には今はあらしの山風にこれや馴れ行くはじめなるらん(新古795)

後白河院

かくて日頃のすぐるにも、つきせぬ心ちのみして、思ひつづけしことを誰にかは言ひやらんなど、思ふ給へしほどに、静賢法印こそはと、歎きのほども思ひやられて、三月つくる日つかはしける〔長歌略〕(二首)

思ひきやあるにもあらぬ身のはてに君なきのちの夢を見むとは(長秋草)

なげくべきその数にだにあらねども思ひ知らぬは涙なりけり(長秋草)

建久四年二月十三日、年頃のとも子共の母かくれて後、月日はかなく過ぎゆきて、六月つごもりがたになりにけりと、夕暮の空もことに昔の事ひとり思ひつづけて、ものに書き付く(二首)

おのづからしばし忘るる夢もあればおどろかれてぞさらに悲しき(長秋草)

いつまでかこの世の空をながめつつ夕べの雲をあはれとも見ん(長秋草)

又、法性寺の墓所にて(二首)

思ひかね草の原とてわけ来ても心をくだく苔の下かな(長秋草)

苔の下とどまる玉もありといふ行きけんかたはそこと教へよ(長秋草)

定家朝臣母身まかりて後、秋頃、墓所ちかき堂にとまりてよみ侍りける

稀にくる夜半も悲しき松風をたえずや苔の下に聞くらん(新古796)

次の日、墓所にて

しのぶとて恋ふとてこの世かひぞなき長くて果てぬ苔の行方に(長秋草)

山人の折る袖にほふ菊の露うちはらふにも千代は経ぬべし(新古719)

君が代は千世ともささじ(あま)の戸や出づる月日のかぎりなければ(新古738)

近江(あふみ)のや坂田の稲をかけ積みて道ある御代の始めにぞ()(新古753)

木綿園(ゆふその)の日影のかづらかざしもて楽しくもあるか豊の明りの(玉葉1099)

いかにせむ(むろ)八島(やしま)に宿もがな恋のけぶりを空にまがへん(千載703)

たのめこし野辺の道芝夏ふかしいづくなるらん(もず)の草ぐき(千載795)

思ひきや(しぢ)の端書き書きつめて百夜(ももよ)も同じまろ寝せんとは(千載779)

忘るなよ世々の契りを菅原や伏見の里の有明の空(千載839)

恋をのみ飾磨(しかま)(いち)に立つ民の絶えぬ思ひに身をや替へてむ(千載857)

逢ふことは身を変へてとも待つべきを世々を隔てむほどぞかなしき(千載897)

奥山の岩垣沼(いはかきぬま)のうきぬなは深きこひぢになに乱れけん(千載941)

雨のふる日、女に遣はしける

思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞふる(新古1107)

逢ふことはかた野の里の笹の(いほ)しのに露ちる夜半の床かな(新古1110)

四月一日頃雨ふりける夜、忍びて人に物いひ侍りて後、とかくびん悪しくて過ぎけるに、五月雨の頃申し遣はしける

袖ぬれしその夜の雨の名残よりやがて晴れせぬ五月雨の空(玉葉1626)

憂き身をば我だに厭ふいとへただそをだに同じ心と思はむ(新古1143)

女に遣はしける

よしさらば後の世とだに頼めおけつらさに堪へぬ身ともこそなれ(新古1232)

あはれなりうたた寝にのみ見し夢の長き思ひに結ぼほれなん(新古1389)

思ひわび見し面影はさておきて恋せざりけん折ぞ恋しき(新古1394)

恋せずは人の心もなからまし物のあはれもこれよりぞ知る(長秋詠藻)

五月雨は真屋の軒端の(あま)そそぎあまりなるまでぬるる袖かな(新古1492)

世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる(千載1151)

嵐吹く峯の紅葉の日にそへてもろくなりゆく我が涙かな(新古1803)

杣山(そまやま)や梢におもる雪折れにたへぬ歎きの身をくだくらん(新古1582)

暁とつげの枕をそばだてて聞くも悲しき鐘の音かな(新古1809)

いかにせん(しづ)園生(そのふ)の奧の竹かきこもるとも世の中ぞかし(新古1673)

憂き夢はなごりまでこそ悲しけれ此の世ののちもなほや歎かん(千載1127)

永治元年、御譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける

忘れじよ忘るなとだにいひてまし雲居の月の心ありせば(新古1509)

世の中を思ひつらねてながむればむなしき空に消ゆる白雲(新古1846)

住みわびて身を隠すべき山里にあまり隈なき夜半の月かな(千載988)

安元弐年にや、九月廿日比より心ち例ならずおぼえて、廿七日にはかぎりになりければ、さまかへんとするほど、皇太后宮大夫辞し申すよしなど、左大将のもとに消息つかはす次にそへける歌

昔より秋の暮をば惜しみしが今年は我ぞ先立ちぬべき(長秋詠藻)

秋の暮に病にしづみて世をのがれ侍りにける、又の年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるに、よみ侍りける

思ひきや別れし秋にめぐりあひて又もこの世の月を見んとは(新古1531)

年暮れし涙のつららとけにけり苔の袖にも春や立つらん(新古1436)

雲の上の春こそさらに忘られね花は数にも思ひ出でじを(千載1056)

今はわれ吉野の山の花をこそ宿の物とも見るべかりけれ(新古1466)

照る月も雲のよそにぞ行きめぐる花ぞこの世の光なりける(新古1468)

老いぬとも又も逢はむと行く年に涙の玉を手向けつるかな(新古1586)

春来ればなほこの世こそ偲ばるれいつかはかかる花を見るべき(新古1467)

今日とてや磯菜つむらん伊勢島や一志(いちし)の浦のあまの乙女子(新古1612)

春日野は()()若菜の春のあと都の嵯峨は秋萩の時(玉葉2062)

昔だに昔と思ひしたらちねのなほ恋しきぞはかなかりける(新古1815)

しめおきて今やと思ふ秋山の蓬がもとにまつ虫のなく(新古1560)

荒れわたる秋の庭こそ哀れなれまして消えなん露の夕暮(新古1561)

今はとてつま木こるべき宿の松千世をば君となほ祈るかな(新古1637)

神祇

貴船川たまちる瀬々の岩浪に氷をくだく秋の夜の月(千載1274)

神風や五十鈴の川の宮柱いく千世すめとたてはじめけん(新古1882)

月さゆるみたらし川に影見えて氷にすれる山藍の袖(新古1889)

春日野のおどろの道の埋れ水すゑだに神のしるしあらはせ(新古1898)

釈教

法師品(ほつしほん)漸見湿土泥(ぜんげんしつどでい)決定知近水(けつじやうちごんすい)の心をよみ侍りける

武蔵野のほりかねの井もあるものをうれしく水の近づきにける(千載1241)

勧発品(くわんぽつほん)の心をよみ侍りける

更にまた花ぞ降りしく鷲の山(のり)のむしろの暮れ方の空(千載1246)

美福門院に、極楽六時讃の絵にかかるべき歌奉るべきよし侍りけるに、よみ侍りける、時に大衆法を聞きて(いよいよ)歓喜膽仰(せんがう)せむ

今ぞこれ入日を見ても思ひこし弥陀(みだ)御国(みくに)の夕暮の空(新古1967)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成20年04月01日

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