崇徳院 すとくいん 元永二〜長寛二(1119-1164) 諱:顕仁

鳥羽天皇の第一皇子(『古事談』は実父を白河法皇と伝える)。母は待賢門院璋子。後白河天皇は同母弟、近衛天皇は異母弟。子に重仁親王・覚恵がいる。
保安四年(1123)、鳥羽天皇より譲位され、五歳で即位。七十五代天皇。大治五年(1130)、藤原忠通の娘聖子を中宮とした。
保延五年(1139)、鳥羽院の室美福門院得子に躰仁(なりひと)親王が生まれると、鳥羽院は同親王を皇太子に立て、永治元年(1141)、即位させた(近衛天皇)。以後、鳥羽院を本院、崇徳院を新院と称した。
近衛天皇は久寿二年(1155)七月に崩じ、崇徳院は子の重仁親王の即位を望んだが、結局鳥羽第四皇子の雅仁親王が即位(後白河天皇)。皇太子には後白河の皇子が立てられた。翌年の保元元年(1156)七月二日、鳥羽院が崩御すると、崇徳上皇・後白河天皇は互いに兵を集め、ついに内乱に至る(保元の乱)。十一日未明、後白河方の奇襲に始まった武力衝突は、その日のうちに上皇方の完敗に決着した。
崇徳院は讃岐に流され、松山(現坂出市)の配所に移される。八年後の長寛二年(1164)、同地で崩御、白峰に埋葬された。安元三年(1177)、崇徳院の諡号が贈られた。
幼時から和歌を好み、忠通顕広(俊成)らを中心とする歌会・歌合を頻繁に催した。在位中、『堀河百首』に倣った百首歌を召す(崇徳天皇初度百首)。譲位後、二度目の百首歌を召し(『久安百首』)、久安六年(1150)までに完成。仁平初年頃、俊成に命じて同百首を部類に編集させた。また仁平元年(1151)頃、藤原顕輔に命じて第六勅撰和歌集『詞花和歌集』を撰進させた。
詞花集初出。勅撰入集計八十一首。藤原清輔撰の私撰集『続詞花集』では最多入集歌人(十九首)。百人一首に歌を採られている。

  7首  3首  7首  4首  2首  7首 計30首

若菜

春くれば雪げの沢に袖たれてまだうらわかき若菜をぞつむ(風雅17)

【通釈】春になったので、雪解け水の溜まった沢に袖を垂れて、まだ萌え出たばかりで瑞々しい若菜を摘むのだ。

【語釈】◇雪げの沢 雪どけ水の溜まった沢。「沢」は山陰などの低湿地。

【補記】風雅集の詞書は「おなじ心を」。一つ前の歌の詞書を承けたもので、ここでは「若菜」と改変した。

【参考歌】藤原公実「堀河百首」
野べに出でて春日つめどもたまらぬはまだうらわかき若菜なりけり
  藤原仲実「堀河百首」
春日野の雪げの沢に袖たれて君がためにと小芹をぞ摘む

百首歌めしける時、梅の歌とてよませ給うける

春の夜は吹きまふ風のうつり香を木ごとに梅と思ひけるかな(千載25)

【通釈】春の夜は、吹き舞う風が梅の香を他の木にも移して、その残り香のために、どの木もどの木も梅と思ってしまうのだった。

【語釈】◇木ごとに梅と どの木も梅だと。《梅》という漢字を《木》《毎》に分解したとされる。下記本歌参照。

【補記】久安百首。「闇夜の梅の香」は古今以来好まれた主題。浅春の夜、木々の間を逍遙すれば、どの木もまだ葉をつけていないので、どれが梅とも区別がつき難い。しかも吹き舞う風が梅の移り香を運んで――。

【本歌】紀友則「古今集」
雪降れば木毎に花ぞ咲きにけるいづれを梅とわきて折らまし

百首歌めしける時、春の歌とてよませ給うける

朝夕に花待つころは思ひ寝の夢のうちにぞ咲きはじめける(千載41)

【通釈】朝夕桜の開花を待ち焦がれる頃は、花を思いつつ寝入って見た夢のうちに咲き始めるのだった。

【補記】「夢中逢花」を主題とする。桜の開花を待ち焦がれて過ごす内、夢の中で桜が咲いた。「思ひ寝」は恋人を思いながら寝る例に多く使われたが、ここでは桜への恋情である。

【他出】久安百首、後葉集、古来風躰抄

【主な派生歌】
まちわぶる桜の花は思ひ寝の夢路よりまづ咲きそめにけり(本居宣長)

百首歌めしける時、春歌

山たかみ岩根の桜散る時は天の羽衣なづるとぞ見る(新古131)

【通釈】山の高いところ、大岩のほとりに生えている桜――その花が散る時は、天人の羽衣が岩を撫でているかと見るのだ。

【語釈】◇山たかみ この「み」は上代のミ語法と呼ばれ、形容詞の語幹に付いて理由・原因をあらわすのが本来の用法であるが、王朝和歌では形容詞連用形と同じ使い方がなされることが多い。ここも「山たかく」と同じような用法で、「高い山にあって」ほどの意となる。◇岩根の桜 岩のほとりに生えている桜。◇天の羽衣なづる 桜の花びらが岩を撫でるように散るのを、天人が羽衣で以て撫でる様に譬えた。千年に一度天降った天人が、四十里四方の大岩を羽衣で撫で尽くすまでを一劫という、との仏説《磐石劫》に拠る。

【補記】久安百首。新古今以前、建久二〜三年(1191〜1192)頃成立の『玄玉集』(編者不明)にも採られている。

【参考歌】よみ人しらず「拾遺集」
君が代は天の羽衣まれにきてなづとも尽きぬ岩ほならなん

近衛殿にわたらせたまひてかへらせ給ひける日、遠尋山花といへる心をよませ給うける

尋ねつる花のあたりになりにけり匂ふにしるし春の山風(千載46)

【通釈】探し求めていた花のあたりまで来たのだった。漂う()によって、はっきり分かる。春の山風は――。

【補記】題は「遠く山の花を尋ぬ」。桜の咲く山を遥かに見やりつつ尋ねて来て、とうとう花のあたりに辿り着いた喜びを詠う。関白藤原忠通の新邸での歌会で詠んだもので、新築の祝意をこめたか。

【他出】和歌一字抄、後葉集、続詞花集、今鏡、時代不同歌合、和漢兼作集、題林愚抄

百首歌めしける時、くれの春のこころをよませたまひける

花は根に鳥はふる巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき(千載122)

【通釈】春が暮れゆけば、桜の花は根に帰り、鶯は古巣に帰るという。桜も鶯も帰るべき場所はあるが、では春はどこに帰るのだろう、その帰り着く果てを知る人はいないのだ。

【補記】上句は、和漢朗詠集の詩句「花は根に帰りしことを悔ゆれども悔ゆるに益なし。鳥は谷に入らんことを期すれども定めて期を延ぶらむ」(→資料編)を踏まえた表現。鳥は具体的には鶯を指す。「とまり」は行き着く先・終着点。桜も鶯も帰るべき場所はあるが、では春はどこへ帰るというのか、と去り行く季節への惜別の情を抒べる。理知と抒情が相反しないのが王朝の雅び、都人の風雅である。

【他出】久安百首、定家八代抄、了俊歌学書、題林愚抄

【主な派生歌】
根にかへる花とはきけど見る人の心のうちにとまるなりけり(藤原重家[風雅])
花も根にかへるを見てぞ木のもとに我も家路は思ひ出でける(*下河辺長流)

三月尽日うへのをのこどもを御前にめして、春暮れぬる心をよませさせ給ひけるによませ給ひける

惜しむとて今宵かきおく言の葉やあやなく春の形見なるべき(詞花50)

【通釈】春を惜しむということで、今宵皆で書き残しておく和歌――この言の葉が、道理に合わないことに、逝く春を思い出すよすがとなるものだろうか。

【補記】「わが宿の八重山吹はひとへだに散りのこらなん春のかたみに」(拾遺集)などのように、花を「春の形見」としたのが和歌の常識。ゆえに花ならぬ「葉」が春の形見になる不条理を「あやなく」と言っている。側近の者たちとの寛いだ歌会で、もっぱら諧謔味を狙った歌であろう。詞花集春巻末。

百首歌めしける時、花橘の歌とてよませ給うける

五月雨に花橘のかをる夜は月すむ秋もさもあらばあれ(千載176)

【通釈】梅雨どきの雨が降る中、橘の花が香る夜――こんな夜には、月が曇りなく輝く秋さえどうでもよいと思える。

【補記】季節の優劣は、万葉集の額田王以来の歌の主題。掲出歌では、夏の夜と秋の夜を対比している。枕草子「夏は夜…」を意識していると思われる。

【他出】久安百首、古来風躰抄、定家八代抄、題林愚抄

百首歌めしける時

五月山(さつきやま)弓末(ゆずゑ)ふりたてともす火に鹿やはかなく目をあはすらむ(新拾遺274)

【通釈】五月山で、猟師が弓末を振りたて、燃やす篝火――その炎に鹿は浅はかにも目を合わせてしまうのだろうか。

【語釈】◇五月山 諸説あるが、『歌枕名寄』などは摂津国の歌枕とする。大阪府池田市に同名の山がある。照射(ともし)・時鳥の名所とされた。普通名詞とする説もある。◇弓末 弓の上部。普段、弓末は下に向けられているが、獲物を狙う時はこれを振り起こす。◇ともす火 照射(ともし)のこと。暗夜、鹿の通り路のそばに篝火を焚き、鹿の目がその炎に反射する瞬間を狙って矢を放つ。

【補記】炎に目を合わせた瞬間、射られてしまう運命を知らない鹿への哀憐の情。久安百首では第四句「鹿やあやなく」。

【他出】久安百首、雲葉集、歌枕名寄

【参考歌】笠金村「万葉集」巻三
ますらをの弓末ふりおこし射つる矢をのち見む人は語りつぐがね
  紀貫之「古今集」
五月山木の下闇にともす火は鹿のたちどのしるべなりけり

百首歌の中に、鵜河の心をよませ給うける

早瀬川みをさかのぼる鵜かひ舟まづこの世にもいかが苦しき(千載205)

【通釈】急流の川の水脈をさかのぼる鵜飼船――殺生戒による来世の報いばかりでなく、それに先立ってまず現世でもどれほど難渋することだろう。

【語釈】◇早瀬川 流れの急な川。◇みを 水脈。河海の船の通りみち。◇鵜かひ舟 飼い慣らした鵜を用いて魚を獲る舟。夏の風物詩であり、貴族は見物を楽しんだが、仏教的な見地からは、殺生を業とする鵜飼の職は罪深いものとしても捉えられた。

【補記】流れの急な川を遡る鵜飼舟に、現世を行き悩む苦しみを象徴させている。千載集では夏の巻に収めるが、思想的な内容の歌である。久安百首。

百首歌に、はつ秋の心を

いつしかと荻の葉むけの片よりにそそや秋とぞ風も聞こゆる(新古286)

【通釈】いつの間にか、荻の葉の向きが一斉に片寄るようになり、それによって、ほらほら、もう秋だよと――そう風の音も聞こえるのだ。

荻原 鎌倉市二階堂の永福寺跡にて
風に靡く荻原 歌に詠まれたのは、初秋の頃、まだ穂の出ていない荻である。鎌倉永福寺跡にて撮影。

【語釈】◇葉むけの片より 葉の向きが一方に寄ること。◇そそや それそれ。ほらほら。注意を喚起する詞。但し「そらや」とする本もある。

【補記】風によって秋の訪れを知るとは旧来の趣向であるが、荻の葉が皆同じ方向にそよぎながら音を立てるという、視覚・聴覚に訴える繊細巧妙な表現がとられている。「そそや」は、秋風のささやきであり、風に騒ぐ荻の葉の擬音語でもある。

【他出】久安百首、玄玉集、定家八代抄、題林愚抄

【参考歌】藤原敏行「古今集」
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

百首の歌の中に、七夕の心をよませ給うける

たなばたに花そめ衣ぬぎかせば暁露のかへすなりけり(千載240)

【通釈】織女に花染めの衣を脱いで貸せば、暁の露がすっかり色抜きして返してくれたのだった。

【語釈】◇露のかへす 「かへす」は、借りた衣を返す意と、花で染めた衣をもとに戻す(即ち色を抜く)意を掛ける。露は織女が牽牛との別れを悲しんで流した涙を暗示する。

【他出】久安百首、定家八代抄、六華集

百首歌めしける時、月の歌とてよませ給うける

玉よする浦わの風に空はれて光をかはす秋の夜の月(千載282)

【通釈】真珠を打ち寄せる浦風によって秋の夜空は晴れわたり、浜辺では真珠と月とが光を映し合っている。

【語釈】◇玉よする 真珠をうち寄せる。孟嘗君の善政により、乱獲されていた真珠が合浦に再び寄せるようになったという後漢書の故事に拠る。◇光をかはす 月と真珠とが光を映発する。

【補記】漢籍に基づき、月夜の浜辺を幻想した歌。久安百首。

【主な派生歌】
清見潟おきの岩こす白浪に光をかはす秋の夜の月(西行)
千世ふべき玉のみぎりの秋の月かはす光の末ぞひさしき(藤原定家)

月の歌とて

見る人に物のあはれをしらすれば月やこの世の鏡なるらむ(風雅608)

【通釈】眺める人に物の哀れとはどういうものかを知らせるので、月はこの世の鏡なのだろうか。

【語釈】◇物のあはれ 事象に触発されて心が動くこと、またそのような真心の発露としてのさまざまな情感・情趣。後世、本居宣長の言った《物のあはれ》とほとんど同意と考えてよい。◇この世の鏡 人が生きていくうえで手本や模範になるもの。

百首歌御中に

秋の田の穂波も見えぬ夕霧に(あぜ)づたひして(うづら)なくなり(続詞花)

【通釈】秋の田の穂波も見えないほど立ちこめている夕霧の中、畔づたいに移動して鶉が鳴いている。

【語釈】◇畔づたひして 田んぼと田んぼの境界に沿って移動して。

【補記】藤原清輔の私撰集『続詞花集』に見える歌であるが、詞書の「百首歌」は不詳。あるいは散佚した崇徳院初度百首か。

【参考歌】源俊頼「散木奇歌集」
山田もる木曽の伏屋に風ふけば畔づたひして鶉おとなふ

暮尋草花といへる心をよませ給うける

秋ふかみたそかれ時のふぢばかま匂ふは名のる心ちこそすれ(千載344)

【通釈】秋も深くなり、黄昏時の藤袴が匂うと、花が自分の名を名のっているような気持がするのだ。

藤袴 鎌倉市の長谷寺にて
藤袴

【語釈】◇秋ふかみ この「み」は上代のミ語法と呼ばれ、形容詞の語幹に付いて理由・原因をあらわすのが本来の用法であるが、王朝和歌では形容詞連用形と同じ使い方がなされることも多い。ここも「秋ふかく」ほどの意で用いている。◇暮尋草花 暮に草の花を尋ぬ。◇ふぢばかま 藤袴。秋の七草の一つ。淡い紅、または淡い紫の花をつける。香りの良い花とされた。◇名のる心ち 芳香によって、花がおのれの名を名のっている(名を知らせている)ような気持ち。「たそがれ」(誰そ彼)と、いわば縁語になる。

【他出】題林愚抄

百首歌めしける時、九月尽の心をよませ給うける

もみぢ葉のちりゆく方を尋ぬれば秋もあらしの声のみぞする(千載381)

【通釈】紅葉した葉の散ってゆく方向を尋ねて行くと、秋ももう終りだと告げるような嵐の声ばかりがする。

【掛詞】◇尋ぬれば 「求めて行くと」「聞きただすと」の両意。◇秋もあらし 「秋もあらじ(もう秋はあるまい)」の意を掛ける。

【他出】久安百首、定家八代抄、題林愚抄

【主な派生歌】
龍田山もみぢ踏みわけたづぬればゆふつけ鳥の声のみぞする(藤原定家)
あすよりは秋もあらしのおとは山かた見となしにちる紅葉かな(藤原定家)
今いくか秋もあらしのよこ雲にいづればしらむ山のはの月(定家)
なが月や秋もあらしの夕時雨そめてもをしくちる木の葉かな(後崇光院)

百首歌めしける時、初冬の心をよませ給うける

ひまもなく散るもみぢ葉にうづもれて庭のけしきも冬ごもりけり(千載390)

【通釈】隙間もなく散り敷いた紅葉に埋もれて、庭のありさまも冬ごもってしまったのだな。

【補記】絶え間なく散り、隙き間もなく積もった紅葉に覆われた、初冬の庭。しかしこの歌の眼目は、寂れた情景を描くことにあるのではない。庭が「うづもれ」て「こも」る、という詞の遊戯。また、庭の「けしき」が「冬ごもり」をしたと見なす、きわめて観念的な擬人化。そうした詞の使い方の面白さであり、古今集の歌風を継承した詠みぶりと言える。

【他出】久安百首、定家八代抄

百首歌めしける時、よませ給うける

このごろの鴛鴦(をし)のうき寝ぞあはれなる上毛(うはげ)の霜よ下のこほりよ(千載432)

【通釈】今頃の季節の鴛鴦の浮寝こそは哀れである。上毛に降りた霜よ、下の水面に張った氷よ。

【語釈】◇上毛の霜 表面の毛に置いた霜。独り寝の象徴。

【補記】枕草子の本説取り。互いに上毛の霜を払うべき連れ合いのない独り寝。仲の良い夫婦の喩えにされた鴛鴦であるからこそ、寒夜の浮寝(憂き寝)は一層「あはれ」である。

【他出】久安百首、続詞花集、題林愚抄

【本説】清少納言「枕草子」
水鳥、鴛鴦いとあはれなり。かたみに居かはりて、羽の上の霜はらふらん程など。
【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
冬の池の鴨のうはげにおく霜のきえて物思ふころにもあるかな
  和泉式部「和泉式部続集」
うちはらふ共寝ならねばをしどりの上毛の霜も今朝はさながら
  源親房「千載集」
かたみにや上毛の霜をはらふらむ共寝の鴛鴦のもろごゑに鳴く

百首歌めしける時、氷の歌とてよませ給うける

つららゐてみがける影の見ゆるかなまことに今や玉川の水(千載442)

【通釈】氷が張って、つやつやと磨いたような光が見えるよ。本当に今のありさまが玉川の水なのだろう。

【語釈】◇つららゐて 「つららゐ」は氷が張る意の上一段動詞。◇みがける影 つやつやとした光。月影の反映であろう。「みがく」「影」は玉の縁語。◇玉川 陸奥・摂津・山城など各地に同名の歌枕がある。「玉」を掛ける。

【補記】これも言葉の発想の面白さが主眼。「玉を磨く」という言い方を、歌枕「玉川」に言寄せて、氷の張った川の情景をファンタスティックに詠んでいる。久安百首。

百首歌の中に、雪の歌とてよませ給うける

夜をこめて谷の戸ぼそに風さむみかねてぞしるき峰の初雪(千載446)

【通釈】夜深く、谷への狭い通り路に吹き込む風が寒いので、朝には峰に初雪が積もるだろう――そのことが前以てはっきりと感じ取れるのだ。

【語釈】◇夜をこめて 夜の闇があたりをすっかり覆っている様。◇谷の戸ぼそ 谷への狭い通り路。トボソは扉。◇かねてぞしるき 前以てはっきり感じ取れる。

【補記】久安百首。「こめて」「谷の戸ぼそ」といった言葉は、深山の夜の闇に閉じ込められた心細さをうまく表している。谷を吹きわたる風は寒く、山にはもう雪が降り始めているに違いない。朝になれば、峰は初雪に被われているだろう。その冴え冴えとした情景が、今から目に見えるようだ…。

題しらず

瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ(詞花229)

【通釈】瀬の流れが速いので、岩に塞がれている急流がその岩に当たって割れるように、たとえあなたと別れても、水の流れが下流で再び行き合うように、将来はきっと逢おうと思っているのだ。

【語釈】◇瀬をはやみ 瀬の流れが速いので。《われて》に懸かる。◇滝川の 「滝川」は滝のごとき奔流。「の」は《のように》といった意味の使い方。◇われてもすゑに 急流が岩に当たって割れるように、別れても、水がいずれ下流で再び行き合うように、将来は。

【補記】第三句「滝川の」までは「われて」を導く序詞であるが、情念のこもった暗喩ともなっている。障害に打ち当たって破局に至る、といった悲恋の経過を読みとることが可能だが、恋歌と呼ぶにはいささか詞が激しすぎはしないか。若くして宮廷の内紛に翻弄され、政争の犧牲として譲位せざるを得なかった院の無念と、なお将来に賭ける執念をこの歌に読み取るのは、決して牽強付会とは言えまい。

【補記2】久安百首では「ゆきなやみ岩にせかるる谷川のわれても末にあはむとぞ思ふ」とある。詞花集における改変を、香川景樹は撰者藤原顕輔によるとしたが、安東次男は撰集の宣を下した院自身による改作であろうという(『百首通見』)。

【本歌】武烈天皇「日本書紀」
大太刀を垂れ佩き立ちて抜かずとも末は足しても遇はむとぞ思ふ

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
せきもあへず涙の河の瀬をはやみかからむ物と思ひやはせし

【他出】久安百首、後葉集、古来風躰抄、定家十体(有一節様)、定家八代抄、詠歌大概、八代集秀逸、別本八代集秀逸(家隆撰)、時代不同歌合、百人一首、歌林良材

【主な派生歌】
瀬をはやみ岩きる浪のよとともに玉ちるばかりくだけてぞふる(藤原定家)
春のゆくみ吉野川の瀬をはやみせくもかひなき花のいは波(後鳥羽院)
めぐりあはむ雲のはつかにみか月のわれても末に影へだつなよ(三条西実隆)

恋ひ死なば鳥ともなりて君がすむ宿の梢にねぐらさだめむ(久安百首)

【通釈】恋い焦がれた果てに死んでしまったら、鳥にでもなって、あなたが住む家の梢にねぐらを定めよう。

【語釈】◇鳥ともなりて 下記「長恨歌」を踏まえた句。

【本説】白居易「長恨歌」(→資料編
在天願作比翼鳥 在地願為連理枝(天に在りては 願はくは比翼(ひよく)の鳥と()り 地に在りては 願はくは連理(れんり)の枝と()らん)

【他出】後葉集、続詞花集

慶賀

吹く風も木々の枝をばならさねど山は久しき声ぞ聞こゆる(久安百首)

【通釈】吹く風も木々の枝を鳴らさないけれども、山には万歳の声が聞こえるのだ。

【語釈】◇枝をばならさねど 漢籍により、天下泰平を言う。◇山は久しき声ぞきこゆる これも漢籍に由来し、すぐれた政治が行なわれていることの表現。

【補記】千載集には下句「山はやちよのこゑきこゆなり」として載る。強い調べの久安百首を採った。

【参考歌】
吹く風は枝も鳴らさで万世とよばふ声のみ音高の山(藤原俊成)

百首歌めしける時、旅歌とてよませ給うける

狩衣(かりごろも)袖の涙にやどる夜は月も旅寝の(ここ)ちこそすれ(千載509)

【通釈】狩衣の袖を涙に濡らして旅宿する夜は、月も私と一緒に旅寝している心地がするのだ。

【語釈】◇狩衣 身分の高い男子は略服として用いた。ここでは旅装束。◇袖の涙にやどる 袖を涙に濡らして旅宿をする。◇月も旅寝の心ち 私だけでなく、月もいっしょに旅寝する心地。涙に濡れそぼった袖に、月の光が映じていることを言う。

【他出】久安百首、定家八代抄

神祇

闇のうちに和幣(にきて)をかけし神あそび明星(あかほし)よりや明けそめにけむ(久安百首)

【通釈】闇夜のうちに和幣(にきて)を掛けて奏し始めた神楽――明けの明星と共に、「明星」の歌によって夜が明け始めたのだろうか。

【語釈】◇和幣 にきたへの転。神への奉献物。木綿や麻などの布を木の枝にかけた。◇神あそび 神楽。◇明星 あけの明星、金星。また神楽歌の名でもある。◇明けそめにけむ 夜が明け始めたのだろうか。神楽は夜を徹して行なわれた。

【参考】神楽歌「明星」(「星」とも)
きりきり 千歳栄(せんざいやう) 白衆等(びやくすとう) 聴説晨朝(ちやうせちしんてう) 清浄偈(しやうじやうげ)や あかぼしは明星(みやうじやう)は くはや 此処なりや 何しかも今宵の月の ただ此処に()すや ただ此処に坐すや

百首歌めしける時、神祇歌とてよませ給うける

道のべの塵に光をやはらげて神も仏の名のるなりけり(千載1259)

【通釈】路傍の塵にまじって智徳の光をやわらげて、我が国の神は、仮に仏がそう名のっているのである。

【語釈】◇道のべの塵 道のほとりに落ちているような、そこらへんの塵。◇塵に光をやはらげて 仏が智恵の光を隠し、煩悩の塵に同化していることを言う。《和光同塵》を踏まえた言い方。◇神も仏の… わが国の神は、仏が仮に名告っているのである。本地垂迹を言う。

【他出】久安百首、定家八代抄

題しらず

うたたねは荻ふく風におどろけど永き夢路ぞさむる時なき(新古1804)

【通釈】転た寝は荻を吹く風によって醒めたけれども、煩悩の迷いの永い夢が醒める時はないのだ。

【補記】出典不明。後鳥羽院の『時代不同歌合』にも採られている。

讃岐につかせ給ひしかども、国司いまだ御所をつくり出さざれば、当国の在庁、散位高季といふ者のつくりたる一宇の堂、松山といふ所にあるにぞ入れまゐらせける。されば事にふれて都をこひしく思しめしければ、かくなん

浜ちどり跡は都へかよへども身は松山に()をのみぞなく(保元物語)

【通釈】浜千鳥の足跡ならぬ筆の跡は都へ通うけれども、我が身は松山で千鳥よろしくただ哭いてばかりいる。

【語釈】◇浜ちどり 足跡から跡を導く枕詞。◇跡 書き残した跡。◇松山 讃岐国の歌枕。坂出市の東部、瀬戸内海に臨み、古来港として栄えた。

【主な派生歌】
松山に波こえざらば浜千鳥かへりてあとは残らざらまし(香川景樹)

讃岐国にてかくれさせ給ふとて、皇太后宮大夫俊成にみせよとて書きおかせ給うける

夢の世になれこし契りくちずしてさめむ(あした)にあふこともがな(玉葉2368)

【通釈】夢のように果敢ない世で親しんできた縁がこのまま朽ちることなく、迷妄の夢から覚めて成仏する朝に、あなたと再び逢いたいものだ。

【語釈】◇契り 俊成との友情という宿縁。◇さめむ朝 迷いの夢から醒める朝。

【補記】俊成の家集『長秋詠藻』に収められた、崇徳院の俊成宛の遺言である長歌の反歌(玉葉集は反歌のみ採り、長歌は採っていない)。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成24年01月15日